状況の人、冤罪を被る3
ステイタス画面に洋子のスキャン結果が表示され始めた。うむ、小指と薬指を差し出した分の仕事はしてくれている。
画面には体力等も含めて各種魔法属性やそれに該当する数値が並べられるがゲームにはそれほど熱中したわけではない龍海にはその辺の絡みはよくわからない。
例えゲームの知識があったにしても、理解できるのは一部の属性や能力の意味くらいであり、この世界の相場と比べてどれくらいのキャパなのか? どれほどの強さなのかは、これからもっと情報を集めなければ判断が出来ない。まだまだ宿題は多い。
だが、称号を記す欄には確かに勇者と出ている。
このステイタス画面のフォーマットは天界基準で作成されているだろうし、表示内容に対する信憑性は高いと考えて良いだろう。つまり彼女は、召喚要請の条件に合致している、勇者の素養がある、と言う事だ。
因みに龍海の称号欄には、
「装輪・装軌車及び火器整備士」
と記されてあった。
――や! 確かに陸自でそういうMOSは取ったけど! てか、あれ称号か? 資格だろ!?
などと、称号欄の基準等々に釈然としない龍海であった。
と、それはさておき。
「やはり君は勇者の称号を持っているようだね。だから召喚されちゃったんだ」
「なによそれ! そりゃお城の人たちもそんなこと言ってたけど訳わかんないよ! 何であたしが勇者? ただのJKなんだけど!」
「ただのってわけじゃねぇだろ? さっき、トラックやクレーン車にやたら詳しかったけど? あんなん普通のJKは知らんだろ?」
男子もほとんど知らないんじゃね?
「パパがサイガ建機レンタルって会社の専務やってんの! 小さいころから会社で良く乗せてもらってたから自然と覚えただけなの!」
因みに伯父、つまり父親の兄が社長らしい。んで常務が叔母と、絵に描いたような一族経営企業だそうな。
と、まあそれもさておき。
「で、城に召喚されたのになんであんな街中で、布切れだかマントだか被ってたんだ? どうやって城から出してもらったんだ?」
「フケたの」
「は?」
「昨日の夜……ううん、今日かな? 部屋抜け出して、城から出る馬車に潜り込んで街に出て隠れてたの。そしたら、あんた見つけたから……」
「許可貰ってねぇのかよ! じゃあ、今頃は城の連中が君のこと探してんじゃ!?」
「そんなこと知らないわよ! それに戻る気なんか無いわ! こんなただのJKに魔物だか魔王だかと戦えって何考えてんだか!」
「え? 魔王と? あ、隣国の魔導王とか言う奴か?」
ふむ、一応召喚理由は聞かされているようだ。
西の魔導王国と唯一国境を抱えるアデリア王国。北と東の大国から緩衝地帯扱いされているのはトレドからも聞いた。
しかし異世界から勇者を召喚してまで魔導王国と事を構えようとはどうしたことか?
戦を仕掛けるなら両大国に支援を申し出れば受託されるのではないか?
――いや、待て……
龍海の胸の内に何かイヤな感触が蠢いた。
「何よ、黙りこくっちゃって?」
「ん? ああ、なんでもない。じゃあ、洋子ちゃんさあ……」
「気安く呼ばないでよ!」
「え? ああ、ごめん。じゃ、雑賀さん? とりあえず城に戻って詳しい話、聞いた方がよくないかな?」
「だからイヤだってば! 知らないおっさんに突き飛ばされて死んだと思ったら、いきなりワケわかんない世界に引っ張り込まれて、おまけに戦争だの魔王討伐だの、まっぴらごめんよ!」
――おっさんかよ! 俺ァまだ30代の! ……まあ、JKから見りゃ、立派におっさんか……
龍海は抗議を諦めた。上がりかけた血圧を抑えるべく一呼吸。
「まあ気持ちはわかるけどよ? でも、この先どうやってこの街から抜け出すんだ? よしんば抜け出せたとしても、どこへ行ってもずっとお尋ね者並みに追い回される事にもなりかねないんだぞ?」
「しつこいな! イヤって言ってるでしょ!」
「そうは言ってもさぁ、こんな右も左もわからないところで一人で生きて行けるのか?」
「うるさい、うるさぁーい! イヤと言ったらイヤなの!」
グウウウゥゥゥ……
ヒステリックに金切り声を上げ出す洋子。その不快な高音に眉を顰めかけた龍海であったが、彼女の腹の虫の咆哮を受けて毒気を抜かれた。洋子も聞かれた恥ずかしさで思わずお腹を押さえて顔を真っ赤にしている。
城でもおそらくは食事くらいは出されただろう。しかしショックで喉を通らなかったであろう事は容易に想像できる。自分と同じ頃合いに召喚されたのなら丸一日くらいは何も食べていないことになる。
無視するわけにもいかない。
空腹を抱えてイラついたままでは、冷静に話し合う事など期待できない。とりあえず何か食べさせないと。
しかしどうしたものか? 脱走してきたのが本当ならば外で食事などと言う迂闊な真似は避けなければ。
――再現で食い物を……でも生き物はダメって言ってたよなあ。食い物は基本、生き物の成れの果てだし。
しかし龍海はダメもとで念じてみた。すると、
ストン……
出た。
「え! モ〇のハンバーガー!? それって……え? まさか、それが魔法なの?」
いきなり現れた馴染みのファストフードに洋子の目が見開いた。口元も開いている。そこから涎が垂れるのは時間の問題であろう。
で、龍海もまた驚いていた。てか、眉を顰めていた。
生き物は再現できないと、確かに女神は言っていたはずなのだが。
――……生きてなきゃいいのか?
些か釈然としないが、取りあえず今出したハンバーガー、包み紙を開けて一口試食してみる。
「あ、ああ……」
洋子の口から涎より先に声が漏れた。
――別に独り占めなんかしないから! 試食だからね! 毒味だからね!
普段食べるよりじっくり咀嚼して、日本で食したハンバーガーとの違いを確かめながら飲み込む。
鼻を通る匂い、舌に感じる味わい、口内に広がる食感は、ちょくちょく食べていたあの味と寸分違わぬ印象を受けた。
「大丈夫そうだ」
龍海は更にハンバーガーを再現させ、「はい、どうぞ」と洋子の前に差し出した。
「い、いいの?」
「当たり前だろ? それに腹も膨れりゃ落ち着いて話も出来るさ」
「あ、ありがとう! いただきます!」
洋子は掻っ攫うようにハンバーガーを受け取った。全速力で包装を開ける。やがてハンバーガーが顔を出すと、徐に被りついた。
「はむっ! んぐ! もぐ!」
そして一心不乱に食べた。急いで掻き込んでいるのでソースがはみ出して、床にポタポタと落ちる。少々品の無い食い方だが召喚以来、何も食べていなければやむを得ない食べ方だろう。
しかし、これでは喉を詰まらすのが目に見えている。龍海は紙パックのオレンジジュースも出して渡した。
缶やペットボトルは廃棄場所も方法も限定されるので世相に影響が出るかもだが、紙なら始末しやすいだろう。詰まるところ燃やしてしまえばいいワケで。こちらの製紙技術も不明だし、灰にするのが一番と判断した。
さて、洋子の方に気を戻すと彼女の食の勢いは凄まじく、一個目のハンバーガーは間もなく全てが胃に収まるところだった。
龍海は続いてもう二個ほどハンバーガーを再現して渡してあげた。