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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生者は二度死ぬ。 ~転生したら村人Aだったけど、聖剣が抜けたので勇者になります。~

作者: 華井夏目

 突然だが、


 俺は、異世界転生とやらをしたらしい。


 そう。最早、何番煎じかも分からないくらい擦りに擦り込まれた、あれだ。


 いや、うん。まあ・・・噂には聞いていたが、まさか自分がこれを体験するとは思わなんだ。


 最後の記憶は、えっと・・・なんだったか・・・


 確か、仕事を山の様に抱えてたような・・・いや、上司に付き合わされて酒を浴びる様に飲まされた気も・・・ああでも、帰宅中にブレーキ音みたいなものを聞いた気もする。


 とにかく、そんな訳で俺は異世界へと転生した。ここで俺はチート能力を駆使して異世界無双!そして異世界ライフを満喫~


 ・・・・・なんて事は無く。


 俺が転生したのは辺境の地にある小さな村のただの農民だった。


「フレッド‼てめえ、鍬どこやりやがった‼」


 アルフレッドという俺の名前を愛称で呼び騒いでいるのは親父のギルバート。言わずもがな仕事用具を探してるらしい。


「・・・小屋の前に無い?」


「ねえぞ‼」


 はあ、異世界に転生しても結局は同じ。物老ける時間もないくらい仕事に追われる。牛の世話をして畑耕して、それが終われば雑草と虫の駆除。毎日粥みたいな飯を食って、泥の様に働く。前世と何も変わらない。


 〝異世界転生なんて、なんにも華やかじゃない。〟




 そんな多忙な異世界生活にも一つの節目が訪れる。


 村の数少ない祭りの一つ、成人祭がやってきたのだ。まあ、言ってしまえば成人式だ。成人——この村では十五を迎えた村の数少ない若者に、その健康と活躍を祈って村を挙げてお祭りをやるのだ。


 その数少ない成人者の中に俺も含まれる。


 早いもので、この世界に転生してからもう十五年になる。そう思うと考え深いものがあるが、その大部分が仕事に追われてた気がすると思うと、なんとも頭が痛くなる。


 そんな祭りのメインイベントとも言えるのが、この村で古くから成人の儀として伝統となっている村の外れにある大きな岩に突き刺さった聖剣を抜くという儀式だ。


 なんともRPGのストーリーにありそうなイベントだが、ここ百年近く抜けた例はないらしい。


 親父に聞いた話ではその聖剣を抜いた者はあらゆる災いを退け、王国の敵である魔王を撃ち滅ぼす勇者となるだろう。——との事だが、それが本当なのかは定かではない。。


 まあ、今回も抜ける者はいないだろうな・・・


 なんて、思っていたのに——


「フレッド・・・・おまえ・・・・」


 そう声を漏らす親父の顔は悲しみからなのか呆れなのか顔が歪んでいる。でも、そうなるのも無理もないのかもしれない。


 なんせ、ほんの数秒前まで巨大な岩に深々と突き刺さっていた聖剣が、今や俺の手の中にあるのだから。親父だけじゃなく見物していた村人達が一様に呆然とした顔で俺を見ている。そんな顔をしたいのは俺の方だっていうのに・・・


 しかしまあ、まさか抜けちゃうとは・・・・・それも、よりによってなんで俺が抜いちゃうかなぁ・・・・


 でも、うん。まあ・・・これで、数多ある異世界転生物語の十八番『力の暴力で天下無敵の冒険譚』が実現できるのではないだろうか。いや、きっとできる。十五年経ってようやく転生者らしいイベントが起きたのだ。


 良くも悪くも俺の物語がこれから始まるのだ。




 ———そう・・・思いたかったのに———




「うぅ・・・・」


 魔王城最上階、玉座の間。幾度の戦闘を越えてようやくたどり着いた魔王の御前。これで、こんな戦いなんか終わりにする。そう思ってたのに——


 もう、身体は動かない。全身の至る所から血が抜けていくのが分かる。右脚と左足首、左腕が欠損し、左目は潰された。右肩から鳩尾にかけて切り裂かれ、骨は粉々、一部の内臓は内側から破裂している。


 ここまでくると痛みという感覚は最早無く、まるで焼かれている様な熱さを脳は認識するだけ。耳が拾うのは俺の荒い呼吸音と肺に溜まった血が波打つゴロゴロという音。残った右目は横たわる冷たい床と流した温かい赤い血を嫌味の様に見せる。


「・・・・・・・」


 なんとも、呆気ない人生だった。


 折角の異世界転生だっていうのに、もう終わってしまう。前世より長生きしていないのに。それもこんな・・・碌でもない死に方で・・・・・


 ああ、視界が暗くなっていく——


 ・・・今にして思えば、碌な人生を歩まなかった。前世でも、異世界でも。良いようにこき使われて、ボロボロに身体を壊して、なんにも残さずに死んでいく。


 なんとつまらなくて、面白味も、凄味もない人生なんだろう。


 こんな事なら、あのまま何にもない社畜の様な畑仕事を続けていれば、良かったな・・・


「でしたら、この私がもう一度命を授けましょう。」


 何処からか不気味な声が聞こえる。いや、声というにはどうにも不自然で、音と形容するのも違うような、とにかく気味が悪い感覚を脳が認識する。


「だれだ?」


「私ですか?私はあなた達が信教とする三神が一人。つまり、『神』ですよ。」


「かみ・・・ああ、神か。なるほど。転生、聖剣、魔物や魔王ときて次は神か。なんとまあ、大盤振る舞いな。次は天使か?それとも悪魔か?」


「何を言ってるのか分かりませんが、そろそろ起きてくださいます?腰を痛めそうです。」


 その言葉に俺は重い目蓋を開けた。視界の先には細い二本の脚、それが支える細身の長身の男が俺の顔を窺う様に腰を曲げていた。


「おはようございます、アルフレッド殿。良い人生は歩めましたでしょうか。」


「・・・魔王にズタズタにされて死ぬのが良い人生って言うなら。」


 俺の言葉に不気味な笑みを零した神とやらは今度は胡散臭い表情をして曲げた腰を伸ばし俺に話を続ける。


「あなたの経歴は調べさせていただきました。実に、興味深い人生を歩んできたようで。」


「そんな事ないだろ。俺は、ごく普通のどこにでもいる農民だよ。」


「ふふっ、異世界生まれの農民などどこにいましょうか。」


「——っ!」


 神の口から出た言葉に俺は驚く。なんでこの男はその事を知っているのか。


「おや?何を驚いていらっしゃるのでしょうか。私は『神』なのですから、それくらいの事は分かりますとも。全ての叡智はここにあるのですから。」


 そう言って男は自身の頭を指で小突いた。その煽る様な反応に俺は顔を歪ませると思わず本音を零す。


「・・・・胡散臭いな。」


「酷いですね~。あなたがこうして呑気に私と会話できているのは、他ならない私の力が有ってこそだというのに。」


「どういう事だ。」


「詳しい説明は諸事情から省きますが、あなたは今、死の瀬戸際にいるのです。まさしく三途の川を渡る一歩手前です。渡し船に乗る寸前です。そんなあなたをこの慈悲深き私は神の権能で引き留めているのですよ。当然、相応の労力を費やして。」


「・・・はあ。つまり今の俺はあんたに生かされていると。」


「ええ、その通りです。ですから、あなたには相応に敬意と信仰を私に向けてほしいものです。」


「はあ・・・」


 つまり、それだけ面倒な事をやってるから黙って俺の話を聞けって言いたいのか。死に際に面倒な輩に絡まれたものだ。


 なんて俺が思っていると男は咳払いをして俺の気を無理やり向かせる。


「失礼、話が逸れましたね。あなたは、人生に未練がありますでしょうか。」


「未練・・・?」


「ええ。どうやら満足のいく人生を歩んだ様子ではなかった様なので。・・・よろしければ私の権能を使って現世に引き戻して差し上げましょうか?」


「そんなことが出来るのか?」


「ええ、できますとも。なんたって『神』ですから。」


 疑う俺の言葉に男は毅然とした態度で即答する。・・・やっぱり胡散臭い。


「もちろん、ただと言う訳にはいきません。蘇生を受け入れるからには、当然私の条件を呑んでいただきます。」


「条件?」


 俺が男にそう訊くと男は静かに笑みを浮かべゆっくりと条件を明かす。


「聖剣を、〝破壊〟していただきたいのです。」


 男の言葉に一瞬硬直する。そもそも言葉を理解する事すら困難だった。


 そして、脳がようやく言葉を理解し始めると俺の口から驚愕の声が溢れ出す。


「聖剣を破壊⁉何でそんな事をする必要がある⁈」


「いい反応ですね~、とても良い。しかしながら、あれは最早この世界には必要のない物だからですよ。」


「必要ない物?」


 俺がそう漏らすと、男が楽しそうな表情をして聖剣の根源を語り始める。


「そもそも聖剣とは、魔王殺害の為に精霊に作らせた魔法の剣。選ばれた勇者に魔法と力を与え、剣士でなくとも剣術を操る勇者とする装置。そう数千年前に言い伝えさせましたが、その実態は全く違うものなのです。」


「全く違うもの?」


「ええ。あれは、選定機なのです。」


 男の口から漏れた予想外の言葉に俺の思考は再び硬直する。


「せん、ていき・・・・?」


「はい。この世界を維持する為の『生贄』を『選定』する機械。それこそ〝聖剣〟と呼ばれる代物なのです。」


「・・・・は?・・・・はあ⁉」


 生贄ってなんだよ。それを選定するのが聖剣の役目?まさか、そんな事ある訳——


「驚かれるのも無理はありません。しかし、紛れもない事実でございます。」


 なんだよそれ・・・それじゃあ俺が戦った意味って——


「何でそんな事する必要があるんだよ‼」


「あなた方が住んでいるあの世界は危機的状況下にあったのですよ。あなたは知らないでしょうけれど。世界に蔓延る生命が世界から膨大なエネルギーを啜り取り、世界はその存続を維持することが困難となっていた。その為、数の増え過ぎた人間の中から魔力の高い者を選出し、それを仮想敵:魔王によって殺すことで世界へと返還する。それが、私達三神が密かに続けてきた『勇者システム』と呼ばれる世界存続プログラムです。」


「——何だよ、それ・・・じゃあ俺も!今まで勇者として死んだ奴らも!たかだかそんなもんの為に死んだっていうのかよ!」


「ええ、そうです。」


 激高する俺とは裏腹に冷静な男は簡単に言葉を返す。その態度に余計に腹が立つ。


 旅立つ前、勇者の使命を王から聞いた時に今まで魔王に立ち向かった勇者の事も聞いた。王宮の壁一面にびっしりと歴代の勇者の名が刻まれていた。王に訊けばどれも俺と歳はさほど変わらないと言っていた。


 その全てがこんな・・・こんな下らない理由で・・・・・


「ですが、あなたの場合は魔力が高いからというより、転生者というこの世界にとって異分子であるが為に、手違いで選ばれてしまったようです。——云わば『バグ』ですね。御愁傷様です。」


「はあ!!???」


 さらっと聞き捨てならない事実を明かされた。手違いだと!?いくら転生者だからってなんでそんな事になるんだよ!


 だが、男は軽い口調で言葉巧みに話を逸らす。


「それはそうと、その『勇者システム』ですが、もはや必要がない事が判明いたしました。」


「ちょっと待て!今の話——・・・は?必要ない⁇」


「ええ、皆様のご協力のおかげで世界は自立存続が可能な程、エネルギーを回復させました。それに伴い、勇者システムの撤廃が決定づけられたのです。おめでとうございます!」


「おめでとうじゃねぇよ!お前らが無理やりやらせてたんじゃねえか!」


 そう俺が声を荒立てると突然男の顔が眼前に迫る。余りにも突然の出来事に俺はぎょっとする。


「そ・こ・で!先ほど話に出た聖剣です。あれをあなたに破壊してほしいのですよ。勇者システムが撤廃となれば、あんな物は存在してはいけませんからね。」


「知らんがな!てか、そんなの自分でやればいいじゃねえか!神なんだから!」


 俺がそう言うと男は唐突に慌てた様子でその言葉を否定する。


「いいえ、とんでもない。私達三神が世界に与えたシステムに私が直接干渉する訳にはいきません。」


「なんで?」


「神が直接手を下せば、信仰心に揺らぎが生じるでしょう。あなた方人間達の信仰心は私達の命です。揺らげば私達の命が危ないのです。」


「だから、代わりにやれと?」


「ええ。悪い条件ではないと思いますけれど?あなたは命を取り戻し、私は仕事が片付く。お互いの利害は一致しています。」


「・・・・・・」


「もちろん。任務遂行に必要な装備は支給させていただきます。それを補助するスキルもお渡ししましょう。」


「随分と大盤振る舞いだな。」


「当然です。ちゃんと仕事していただきたいですからね。それに、本来あれは人間ごときが破壊できるような物ではありませんから。」


「破壊できない?」


「ええ。聖剣は勇者システムの運用に欠かせない代物、1本として欠落する事なくこの世に在り続けなければなりませんから。どのような事態が起こり得ようとも破損する事の無いように創造されているのですよ。ですので、私の権能の一部をお貸しします。その力で是非全ての聖剣を破壊していただきたいのですよ。」


 男の話の中で妙に引っ掛かりを覚える言葉が耳に入り俺は詳細を男に尋ねる。


「『1本として』とか、『全ての聖剣』とか言うって事は、聖剣は俺が使ってた一本だけじゃないのか?」


「ええ、聖剣は全てで13本あります。」


「13本⁉何でそんなに多い⁈」


 衝撃の数字に俺は声を荒げた。口でも言ったが何でそんなに多い??!


「世界各地から生贄を募らなければなりかねませんからね。あなたもご存じの通り、この世界には四つの国があり、それらに囲まれる様に魔王城が存在します。その様に設計をいたしました。」


 設計をいたしましたって・・・


「そして、各国にそれぞれ3本ずつ聖剣は点在し、人間は計12本の聖剣を擬似的に保有しております。その12本に加え、先ほどあなたが戦った魔王が最後の一本である聖剣「ユグドラシル」を保有しております。」


 更なる衝撃の事実にまた俺は声を荒げる。


「魔王が持ってたのも聖剣なのかよ⁉」


「ええ、もちろん。聖剣ユグドラシルは勇者達の聖剣の加護を打ち消し、世界へ魔力を返還させる役目を担っていますから。」


 魔王を目の前にして確かに感じたあの脱力感。あれは、嘘でも気の迷いでもないんだ。全てはこのクソみたいな神が敷いたレールの上・・・


「じゃあ・・・本当に、殺される為だけに勇者は選定されるのか。」


「はい。そう言っていますでしょう?」


 神は平然とそんな事を口にする。その態度に吐き気さえ覚える。


「さあ、いかがなさいますか?私の依頼を引き受け第二、いえ第三の人生を歩まれますか?それともこのまま永久の眠りへと堕ちますか?」


「・・・・・・」


「お節介かと思いますがあなたの為に助言を差し上げますと、何を取ろうとも命に変えられるものはありません。全能たる神ですら命は惜しみます。」


 男の言葉と挑発するような態度に俺は余計に頭を抱える。果たしてこのクソ野郎の提案に乗るべきなのかどうか。


 悔しいがこいつの言う通り人生に未練があるのは事実だ。何もないままこんな下らない事に巻き込まれて呆気なく死んだのだから。生き返れるものなら生き返りたい。


 だが、それを条件に聖剣を壊せ?自分の命惜しさに、またこんな神の思惑に巻き込まれるべきなのか?


「・・・・・・」


 これだって神の敷いたレールの上。また、良い様に利用されていいのか?


「ん?どうなさるのですか?私だってあまり暇ではないのですよ?


 未練はある。後悔だって。それを餌にこいつが俺を誑かしている事くらい分かってる。でも、何が正しいのかなんて分からない。


 だけど・・・だからといって、この下らないシステムの為に死んで言った勇者達。そして、これから死んでいく勇者達を『他人だから』と言って見殺しにするなんて——そんな真似はしたくない。


 人として。いや、二度も死んだ身としても。


「いいよ。やる。ここまで来たらとことんこき使われてやろうっての‼」


「御英断、感謝します。・・・それでは良い人生を。」



<  ◇◆◇  >



 意識がゆっくりと現世へと戻る。あの神は宣言通り死にかけの俺を蘇らせたらしい。煉瓦の壁と枯れた草木が視界に入り、空を仰げばどんよりとした暗い曇天が広がる。そして、俺がゆっくりと息を吸うと突然鼻の奥を刺す痛みが襲い、喉がひっくり返るほど酷くせき込んだ。


 その原因が周囲から漂う腐敗臭だと気づくのにそれほど時間を必要としなかった。何せ俺が倒れていた場所には山の様に腐った人の死体と無数の人骨が転がっているのだから。


「お目覚めでしょうか?」


「うわぁ!!!!」


 突然背後から声が掛かる。俺はびっくりして飛び上がり急いで後方を確認すると一体の死体の上に不気味にもくるみ割り人形が立っていた。


 そのくるみ割り人形が顎をカタカタと動かして声を発する。


「目が合うなり奇声を上げるとは失礼な人です。」


 その声はさっきまで話していたあの神だった。


「お前、まだいたのかよ。」


 俺がそう言うと擬態なのか憑依なのか可愛くもない人形になった神は、関節のないその腕や体を動かして俺の言葉に答える。


「ええ、あなたにお渡しした力の説明を忘れておりましたので、説明をする為にお目覚めを待っていた次第であります。言わば『チュートリアル』です。」


「そんなゲームみたいに言われても、お前(神)が言うと一気に聞く気が失せるんだが・・・」


「まあまあ、そうおっしゃらずに。今、あなたがお持ちのそのハンマー。それがこの私が貸し与えた権能、聖剣破壊の特製ハンマーです。人間であるあなたが扱いやすい様に最もなじみのある形状に私が成形いたしました。」


 神の発言に釣られる様に自分の身体を調べると腰のベルトに細かな装飾が施された金色のハンマーを見つける。材質は金属と木製の柄、長さはおよそ30センチ程度で一般的な片手で振る様な物だ。


 これが、聖剣破壊のハンマー・・・・


「『聖剣破壊のハンマー』と毎回呼称するのは不便でしょうし、なにか名前を付けましょうか。名前は・・・そうですね。適当にコニョピーシで良いでしょう。」


 え、ださ・・・


「使い方は至ってシンプル、そちらのコニョピーシを聖剣に向かって振り下ろすだけ。そうすれば聖剣はまるでガラス細工の様に簡単に破壊できるでしょう。あなたがどれほど知性を欠落させていようと使いこなせると断言いたします。」


「失礼だな。お前に心配されるほど俺は馬鹿じゃねえよ。」


「その代わり、それ以外の物に対してはただのハンマーですので戦闘に使うのはお勧めできません。聖剣同様どのような事象であれ破壊こそできませんが、その事は十分に留意していただきますように。」


 またさらっと凄い事を・・・破壊不可能のハンマーってだけでも相当な兵器なのでは?


「それからあなたに与えたスキルですが・・・・説明するより体験していただくのが一番でしょう。」


 神の言葉に俺が首を傾げていると不意に背中から誰かに押されるような感覚と強烈な痛みを感じた。痛みから息を詰まらせ、脚の力が抜けて俺は崩れ落ちる。


 突然襲った痛みの原因、それはすぐにわかった。なにせ、視線を下ろせば胸から剣の切先が突き出ているのだから。


 また、俺は死ぬのか・・・?二度ならず三度も・・・


 俺が完全に脱力したのを確認すると、襲撃者は満足したのか荒々しく刺さった剣を引き抜く。それに引っ張られるように俺の身体は後ろ向きに倒れ、俺を襲った正体と目が合う。俺を襲ったのはスケルトンナイトだった。確かに攻め入った時、城内に腐るほどいたな、こいつら。


 なんて、くだらない事を思いながら立ち去るスケルトンナイトの背中を眺めると神が口を開く。


「あの・・・そろそろ茶番は終わりにいたしませんか?」


「なんだ、茶番って・・・俺、今心臓を刺されたんだぞ。もう、長くはねえ・・・」


「はぁ・・・そう思うのでしたら、刺された胸に触れてみては?」


 呆れた口調の神。その態度の意味が分からないまま言われた通り刺された胸を触る。


「は?」


 思わず声が漏れ飛ぶように起き上がる。だって、刺されたはずの場所に傷なんてどこにもないからだ。確かに服に穴が開いている刺された事もこの目で確認している。そもそも痛みがまだ深く残っている。なのに、傷だけが無い。


「まさか、これって・・・」


 そう俺が漏らすと神が平然と答えを返す。


「はい。あなたに与えたスキルは『不死アンデット』です。今回の様に簡単に死なれては代役の選任であったり証拠の後始末であったりと、色々と面倒ですからね。そういった事にならない様にあなたには死なない身体になっていただきました。」


「だったら、痛覚の無効かとかあってもいいだろ!これじゃ身体は死ななくても精神が死にそうなんだか⁈」


「何を仰っているのですか。痛みが無くては身体も精神も腐ってしまうではないですか。」


「・・・は?」


「痛みがあるからこそ、生物は危機感を覚えるのです。痛みがあるからこそ生物は生存本能が働くのです。だから、痛みを無くすなどとんでもない。生物としての理性を忘れてはなりません。せいぜい、死なない身体で死ぬような痛みを味わいながらお仕事に励んでください。」


「——っ!このっ‼」


 俺はハンマーを神に向かって思いっ切り振り下ろした。


 が、もうそこに神の姿は無く。代わりに俺の怒りを受けた死体が顔をこちらに向ける。その視線に気まずさを感じながら腐った肉体に突き刺さったハンマー、いや、コニョピーシを抜き取り、頭に付いた血とも肉とも呼べない物を拭いとる。


「まったく、神なんて名ばかりのクソ野郎だな!」


「それと、もう一つ忘れていました。」


 何故か再び現れた神に、俺は即座にコニョピーシを振り下ろす。だが、謎の回避力で巧みに躱されてしまう。何度振り掛かっても、コニョピーシは虚しく空を切るだけ。


「聖剣ユグドラシルはまだ破壊してはだめですよ。あれは世界の心臓に直接つながっていますから。私の許可なく破壊すると世界が崩壊しかねません。ご注意を。」


「待てやゴラァ‼」


「それではご機嫌よう。」


 振り下ろしたコニョピーシが虚しくも転がっていた頭蓋骨を粉砕する。


 あのクソ野郎、今度会ったら絶対粉々にしてやる。



<  ◇◆◇  >



 神と壮大な別れをした俺は今、何も無い平原をひたすらに歩いていた。


 聖剣を破壊する。そんな使命をクソ神から受けた俺は、先ずは俺が使っていた聖剣を破壊しようと思い、言葉通り死ぬ物狂いでもう一度あの魔王城の玉座の間に潜り込んだが、そこには既に聖剣は無かった。


 誰かに回収されたのか。それとも所有者が亡くなったら自動的に回収されるのか。そもそも玉座の間に戻るのに数日間もかけてしまったから消えた理由は計り知れる所ではない。


 唯一所在が分かっていた聖剣が無くなり、手掛かりが何も無いまま俺の物以外の聖剣も探し出して破壊しなければならなくなった。なんとまあ、我ながら面倒臭い仕事を請け負ってしまったのか。今になって酷く後悔している。


 おまけにこんな酷いスキルまで手に入れて・・・


「腹減った・・・・」


 町を目指して平原を彷徨い始めて数日、魔王城から目覚めてからでもあるが今日まで食事どころか水分すら摂っていない。おまけに玉座の間に戻るのに何度も致命傷を負ったが為に体力もかなり消耗してる。


 まったく、あんな仕事を依頼するくらいなんだから食料と水くらい用意してくれたっていいだろうのに・・・この、クソ神が・・・・


「はあ・・・・」


 そんな憤りも零せないほど疲労がたまっている。早く、町に着かなければ・・・


 しかし、流石に体力の限界を迎えた俺は近くの露出した岩の元にうずくった。


 もう動けない。空腹と脱水で目が回る。強烈な吐き気と頭痛が襲い掛かり、身体中から力が抜ける。


 これでも、死ぬことが出来ないって言うんだから、とんだクソみたいな身体にしてくれたと神を呪う。


「あなた・・・大丈夫?」


 遠のく意識を引き戻す様に女の声がした。


 俺は重たい目蓋をどうにか開けると、そこには鎧に身を包んだ女と男達がいた。


「はら、へった・・・」


 擦れる声で女に懇願すると女は男達に食事と水を分け与える様に言った。




「いやぁ、ありがとう。助かった。飢餓と脱水で死ぬところだったから。」


 食事と水を分けてくれた女騎士達に俺はお礼の言葉を口にする。・・・まあ、多分死ななかっただろうけど。


「びっくりしたよ。魔物が出る荒野で野垂れてる奴が居るんだから。」


「いやぁ・・・あはは。」


「あんなところで何やってたんだ?」


「それは・・・」


 大楯を担いだ大男にそう尋ねられ俺は言葉を濁らせる。


 これは正直に話していいものなのか?確か、王の話だと魔王城に行って帰ってきた者は一人としていないって言っていたような——なら、ここで『元勇者です』だなんて馬鹿正直に話すのは避けた方が良いか?


「どうした?」


 なかなか答えが返ってこない事を不審に思った大男が俺に訊き返す。


「いや、その・・・薬草を探しに。」


「やくそう?薬草がこの近くあるのか?」


「いいや?」


「はい?」


 きっぱりと否定した俺に大男は怪訝な表情で首を傾げた。


「やけどに効くっていう薬草がこの近くにあるって噂で聞いたんだけど、それらしい物が無くて。それで探すのに夢中になってたら・・・」


「迷子になっちゃったと。」


「はい・・・」


 苦し紛れに言った嘘だったが、何とか女騎士達は納得したらしい。男達が大変だったなと同情の表情を俺に向ける。


 まあ、ある意味では大変だったが・・・


 なんて思っていると俺は女騎士のある物に目が留まる。


「なあ、それって・・・・」


 そう尋ねると、女騎士は可憐な微笑を浮かべて誇らしげに答える。


「あら、気付いた?そう、聖剣。私は勇者なのよ。」


「勇者・・・」


「ええ。」


 まさか、こんなにも早く聖剣が見つかるなんて思わなかった。いくら魔王城が近いからってこんなに早いなんて・・・とはいえ、このチャンスを逃す訳にはいかない。どうにかして破壊できる機会を窺わなければ——


「とりあえず、近くの町まで送るわね。一人で返すのも危なそうだし。あ!私、勇者のアンジェリカ。よろしくね。」


 勇者の女騎士がそう言うとそれに釣られるように他の面々も簡単にだが次々と自己紹介をする。


「サポーターのジョゼフ。」

「ガゼット。役職はタンクだ。」

「ヒーラーのロバートだよ。」


「俺はアルフレッド。フレッドって呼んでくれ。」


 紹介を終えた俺達は彼女ら四人のパーティーに伴って近くの町へ向かう。



<  ◇◆◇  >



 アンジェリカ達の護衛もあって俺は難なく町へと辿り着いた。俺も魔王城攻略前に立ち寄った町だが、変わらず穏やかな営みがここにはある。


「ここまで送れば流石に大丈夫よね?」


「ああ、ありがとう。送ってくれて。」


「いいのよ。それじゃあ、またね。」


 そう言ってアンジェリカはガゼット達の元へ近づき真剣な表情で内密な会話をする。内容は聞き取れないが、十中八九魔王に関してだろう。


 ここで、彼女を止めないと彼女は死んでしまう。こんな面倒な仕事を早く終わらせる為にもここでどうにか聖剣を破壊しなければならない。でも、どうやって?回りくどいやり方をしても彼女は止まらないだろうし、そもそも俺はそんなに頭が回る方じゃない。


 やっぱり、ここは多少強引でも彼女を説得するしかないか?・・・


「なあ、アンジェリカ。少し二人っきりで話せるか?」


 振り返ったアンジェリカは少し戸惑った表情を見せるが快く了承する。


「ええ。いいけれど。」


 俺は彼女を連れて人気のない場所へ移動する。アンジェリカは少し不審に様子を窺いながらも素直に俺の後をついてくる。そして、暗い路地に立ち入ったところで彼女は徐に尋ねる。


「それで?話って何?」


 俺はアンジェリカの方へ向き直り低い声で提案する。


「あなたの聖剣を俺に渡してほしい。」


「は・・・はあ?」


 顔を歪めて困惑するアンジェリカに俺は聖剣に関する事を全て正直に話した。俺が直接目にしたもの、神から明かされた真実。そして、自分が背負った責務を。


 アンジェリカはそれを静かに聞き入る。だが、話が進むにつれその表情は次第に暗くなっていく。


 そして、俺が全てを話し終えると彼女は小さく声を漏らす。


「そう・・・」


 気落ちした声に俺の心は痛みつけられる。同じ経験をしている者として彼女の心境がひしひしと伝ってくるようだった。


「信じられないよな・・・」


「・・・ええ、全くね。」


 だが、彼女はそう言うとどういう訳か突然腰の聖剣を抜きその切先を俺に向ける。


「ちょちょちょ!何すんだよ!」


 手を挙げて慌てて理由を尋ねると彼女は鋭い視線を向け不機嫌な声を漏らす。


「悪いけど、そんな下らない嘘に騙されるつもりは毛頭ないの。」


「待てって!信じられないのは分かるが本当に——」


 俺の言葉を待たずにアンジェリカは俺の首を切り落とした。身体から離れた頭がレンガの地面に叩きつけられる。


「残念だわ。折角助けてあげたのにこんなクズ野郎だなんて。」


 そう吐き捨てて彼女は立ち去る。ガチャガチャという鎧の音が耳の奥底に喰い込む。


 なんで・・・全て真実なのに・・・


 確かに信じがたい事実かもしれないけど、だけど、これは考えるに値する真実であるはずだ。それを一蹴して俺を切り捨てる事なんてないだろ!


 切り落とされた首からゆっくりと生える自分の身体に若干の気色悪さを覚えながら切り落とされた身体から改めて服を着直す


 すると、背後からムカつく声が聞こえてくる。


「説得は無意味ですよ」


「出やがったな!クソ野郎!」


 遭遇早々俺は振り向き様にあのくるみ割り人形目掛けてコニョピーシを振り下ろした。だが、変わらず謎の回避力で人形は俺の攻撃を避ける。


「再会早々殴り掛かるなんて相変わらず失礼な人ですね。」


「お前がそれだけの事をしたんだろ!」


 そんな憤る俺の言葉を無視して冷静な口調で神は言葉を返す。


「誤解しないでいただきたい。勇者システムが必要だったのは本当ですよ。あれが無ければ世界は今の世界はなかったでしょう。」


「それだけじゃねぇよ!こんなふざけたスキルを渡した事は千歩譲っていいとして、あんなところに食料も水も無しに放り出すなよ!死にかけたわ‼」


「死なないのでよろしいのでは?」


「死なないから良いって問題じゃ——!」


「それより——」


「聞けよ!」


「彼女を説得しても無意味ですよ。聖剣を破壊したいのでしたら無理やりにでも奪い取っていただかないと。」


「・・・なんで?」


「彼女には聖剣の呪縛が掛かっていますから。彼女の方から聖剣を差し出すなどという事は万に一つも起こり得ません。」


 聖剣の・・・呪縛・・・・?


「何だよ、聖剣の呪縛って。」


 言葉の意味が分からず神にそう尋ねると、変わる訳のない人形の表情が憎たらしく煽る様な表情に変わったような気がした。


「あら?てっきり分かっていると思っていましたが、分からなかったんですね。」


 憎たらしい発言に俺は感情のままにコニョピーシを振り下ろす。しかし、当然の様に人形には当たらず人形がいた木箱にコニョピーシの頭が突き刺さる。


 俺からの明確な殺意を受けても尚、冷静な様子で神は話を続ける。


「聖剣の呪縛とは文字通りその責務を全うする為に設けられた呪いの事です。あなたも元勇者なら感じたでしょう?聖剣を抜いた瞬間、今の自分は何でもできるという高揚に包まれたあの優越感。王からその使命を言い渡された時に感じた使命感。そして、魔王の玉座で感じた死んでも戦い続けなければならないという——その狂気を。」


 ・・・どれも、思い当たる節がある。いや、はっきりと体験したと言っていい。——まさか、あの時の感情も全て神によって操作されたものだっていうのか?


 そう分かると更なる憤りが沸々と湧き上がってくる。


「クズが・・・」


「酷い言われようですね。私達はただ責任を全うしていただける様にそのような思考へ〝ほんの少し〟誘導しているだけに過ぎません。あくまで、彼女達の行動はご本人様の意志によるものでございます。」


「それを洗脳っていうんじゃないのか!」


「まさか、私が直接操っているわけではないので洗脳ではありませんよ。」


 何が違うというのか・・・!


 あまりにも身勝手な神に力が拳に強く籠っていく。


 結局、全てこのクソ神の思うまま。運命も、気持ちも、全て。こいつらにとっては単なる道具でしかない。


 本当に、吐き気がする。


「それより、彼女を止めなくてもよろしいのですか?」


「は?」


 憤りの抜けない声でクソ神に訊き返すと憎たらしい呆れ声で確認する様に神は言う。


「お忘れのようですが、ここは魔王城から一番近い町ですよ?」



<  ◇◆◇  >



 息が、苦しい。体中から汗が噴き出し、過労で脚が引き裂けそうだ。


 神に言われて我に返った俺は嫌な胸騒ぎを感じながら町中を探し回ったが、アンジェリカ達は町のどこにもいなかった。だから、全力で魔王城へ帰ってきたのだが、既に至る所で戦闘の跡があり、あろう事か最深部の玉座の間の扉が開いている。


 早まるな!そう思いながら息を途切れさせ入口に立つとタンクのガゼットの声が玉座の間に響く。


「ダメだ!俺達じゃ敵わない。」


 案の定、アンジェリカ達は魔王との戦闘の最中だった。禍々しいユグドラシルの光が揺らめき放たれる斬撃が玉座の間の床を抉る。


「でも戦わないと!」


「どうやって⁈ロバートが死んでるんだぞ!」


 諦めきれないアンジェリカの言葉を否定してジョゼフがそう叫ぶ。その言葉を証明する様に奥に真っ赤に染まったロバートの亡骸が横たわっている。


「とにかく攻撃する!魔王の隙を作るの‼」


 二人の言う事を聞かないアンジェリカはそれでも立ち向かおうと魔王に突撃する。その無謀な行動に辟易しながら俺は無い体力を振る絞って走り出し、剣を振りかぶるアンジェリカの腕を掴んで彼女を止める。


 強引に止められたアンジェリカは強情に「放して」と要求するが俺の顔を見ると驚愕した表情を見せて硬直する。


「はあ・・・はあ・・・魔王とは戦うなって、言ったろ。」


「は⁉あんたっ、何で生きてんのよ!私、確かに首を・・・」


 そんな声がアンジェリカから漏れる中、魔王から容赦のない攻撃が降り注ぎガゼットが大楯でその攻撃を一身に受け止める。


「んな事はどうだっていいんだよ!さっさと逃げるぞ!」


 俺はそう言って掴んだ腕を引っ張るとアンジェリカはそれより強い力で抵抗する。必死に俺は彼女を連れ出そうとするが、彼女も必死に戦うと俺に信念を訴えかける。


「馬鹿なこと言わないで!私はここで戦わないといけないの!魔王がどんなに強くたって、その為に私は今まで生きて来たんだから!あんたみたいな無責任クズなんかに邪魔される覚えなんかない!」


 余りにも聞き分けのないアンジェリカの姿に俺も苛立ち、彼女の胸ぐらを掴んで頬を叩く。


 乾いた音が響いた。


 アンジェリカは叩かれた頬に触れて揺れる目で俺の顔を見る。俺は胸ぐらを掴んだまま声を荒立てて今一度彼女に真実を伝える。


「言っただろ!勇者はここで死ぬように仕組まれてるって!あの魔王の剣は聖剣の加護を打ち消し弱体化させる。だから元々勝ち目なんかない!それはお前が一番実感してるだろ!それでも立ち向かわなきゃいけないと思うのは、聖剣がそう洗脳してるからだ!」


「で、でも、ここで魔王を倒さなきゃ王国が——」


「魔王が王国を襲撃した事が今まであったのか⁈どこかの町が被害に遭ったことが一度でもあったっていうのか⁉——ないだろ‼そりゃそうだ、全ては三神が描いた嘘のシナリオでしかないんだから!」


 少なくとも、魔王城からあれだけ近い町があんなにのどかな生活が出来るのは明らかに不自然だ。魔王が王から伝えられた通りの存在なら、魔王とは言わずともその配下による被害があってもいいはずだ。


 なのに、町には襲われた跡なんて無かった。野生の魔物に襲われたらしき痕跡こそあるものの、魔王軍による大規模な侵攻があった様には思えなかった。


 俺の説教じみた説得を受けてようやく現実を受け入れたのか、アンジェリカが弱々しく口を開く。


「戦わなくても、良いの?」


「そう言ってる。分かったらさっさとこんなところから出るぞ!」


 安心させる為に俺はそうはっきり言うと彼女の手を引く。


 だが、突然アンジェリカが膝を突き座り込んだ。


「えっ、うそ・・・なんで・・・・」


「なにやってる!」


「なんで?・・・腰が、立たない・・・」


「ちっ、クソっ!」


 急いで俺はアンジェリカを持ち上げようとするが異常なまでに重くて持ち上がらない。


「お、もっ・・・おい、力貸せ!」


 俺の声を受けてジョゼフが呆れながら力を貸してくれるが、二人掛かりでもアンジェリカを持ち上げられない。いくら鎧を着ているからといってこんなのはおかしい。何か別の力が働いてるとしか——


 ・・・まさか、聖剣の呪縛——!


 俺はすぐにコニョピーシを彼女の聖剣へ振り下ろした。すると、甲高い金属音と一緒に聖剣から少女の悲痛な悲鳴が響き聖剣は二つに割れる。


 瞬間、今までの過重が嘘の様にアンジェリカが軽々と持ち上がる。


 呪縛の解けたアンジェリカを二人掛かりで担ぎ上げると、今まで魔王の攻撃にたった一人で耐え受け止めていたガゼットへ声を掛ける。


「よしぞ!ガゼット、お前もだ!」


 だが、彼は背中を向けたまま静かに言う。


「先に行け、俺は時間を稼ぐ。」


「馬鹿言うな‼死ぬだけだぞ!」


「誰かが魔王を止めねえと脱出は無理だろ。」


「ダメよ、ガゼット。あなたも一緒に——」


「アンジェ。短い間だったがお前と組めてよかった。」


 アンジェリカの弱気な声にガゼットは大楯を構え直して彼女に感謝を伝える。そして、魔王の攻撃に膝を突きながらガゼットは俺の名前を叫ぶと僅かに笑みを浮かべながら言う。


「生意気な小娘だが、頼む。」


 ガゼットの言葉を受け俺はジョゼフと共に引き返そうとするアンジェリカを引いて玉座の間から撤退する。


「ガゼット!!」


 アンジェリカの悲痛な叫びが響く。それでもガゼットは止まらない。魔王の攻撃をその体躯と大楯で受け止めている。そんなガゼットの決死の足止めを無駄にしない様に俺達は出口へと走った。


 だが、余りの波状攻撃にガゼットから防ぎ漏れた攻撃が俺達へ迫る——


「伏せろ!」


 ジョゼフの深刻な声が聞こえ俺達は咄嗟に伏せるが一足遅かった。攻撃の一射が俺の頭部を抉り取る。


「あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」


 これまで感じた事ない激痛と共に右目を含む頭部右半分が欠損し、傷口から大量の血と脳であった物が零れ落ちる。視界が揺れ、平衡感覚が狂い出す。聴覚が遠のきすぐそばのアンジェリカの声が聞こえない。


 それでも死ぬどころか徐々に傷が治っていくあたり『不死』ってスキルは伊達じゃないというか、色々と常軌を逸している事をひしひしと感じる。


「——フレッド!!!」


「——っ、何してる、走れ!」


 そう言って今にも倒れそうな身体をどうにか奮い立たせて走った。ふらつく身体を逆にアンジェリカに支えられながら出口を目指す。だが、そんな俺達を追いかける様に魔王からの攻撃が更に激しくなり、攻撃すぐ脇を通り抜けた。


 ダメなのか。そう思った時、ジョゼフがアンジェリカから離れ、魔王の攻撃を受け止める。


「何してる!さっさと行け‼」


「ジョゼフ‼いやぁ!!!」


 彼らの雄姿に押されるように暴れるアンジェリカを引いて俺達はなんとか玉座の間から逃げ延びる。そして、そのまま振り返る事なく広い回廊、目が回りそうなくらい長い螺旋階段を下りて出口を目指した。


 その途中、あんなに暴れていたアンジェリカは少し落ち着いたのか未だにふらつく俺の身体を支えながら徐に尋ねる。


「あんたって・・・何者?」


「何者って、言っただろ。お前と同じ元勇者だよ。」


「そうじゃなくて、あんたのその身体・・・いったい、どうなってるの・・・?」


「・・・・化け物だよ。不死(アンデット)って馬鹿げた呪いを神からもらったんだ。」


「なによ、それ・・・大体、神から呪いを貰っただの、勇者は死ぬように仕組まれてるだの。あんた、正気?」


 あんまりにも気色悪そうに言うアンジェリカに思わず笑みが零れる。


「全くだな。まったく笑い話にもならねぇよ、こんなの。」


「だったら——」


「だが、それでも信じちまったんだよ。例えそれが、死の瀬戸際に見た幻であっても。勇者の真実を知って、それが自分の中の真実と重なって・・・死んでしまう人達の運命を変えられるなら、その役目が俺にしかできないのならって・・・・」


「・・・・・・」


「ハッ、今にして思えば下らない理由だよ。たかだか赤の他人の為にこんな呪われた体になっちゃ世話ねえのにな。」


「そんな事ないわよ。」


 俺の言葉をアンジェリカは否定した。そして——


「そのおかげで私はまだ生きてる。真実がどうかはさておき私の命をあなたは救った。それだけでも価値がある事だと私は思うわ。」


 涙の痕が消えない彼女はまっすぐ前を見据えて俺にそう語り掛けた。その姿はまさに勇者というのに相応しく、甲斐性なし俺なんかとは大違いだ。きっと育ち方が違うんだろうな。


 だが、彼女の言葉に俺の心は僅かに救われる。こんな身体になった事にも多少なりとも価値があったのだと、こんな俺でも何かを残せたのだと思わせてくれた。


 それなら、俺がやる事はただ一つ——


「クソっ!ここまで来て・・・」


 だが、城の出口が間近に迫った時、魔物の群れに出口を塞がれた。魔王城の出口はここの一カ所しかないってのに——


「・・・先に行け。」


 そう言ってアンジェリカの肩に回していた腕を離し、腰に収めていたコニョピーシを抜いて魔物の群れに向かう。聖剣以外にはただの金槌だが時間稼ぎぐらいはできるだろう。とはいえ、どこまで持つかはたかが知れてるな。


「何言ってるの、私も——」


「〝戦う〟なんて言わないよな。何の為に俺やガゼット達は戦ったと思ってる。ここを抜ければ助かるんだ。お前は自由に生きられるんだ。」


「——っ、でも・・・」


 悲し気に眉をひそめて言葉を詰まらせるアンジェリカに俺は不安を誤魔化すように笑みを浮かべながら皮肉交じりに言う


「なぁに、どうせ俺は死なん。どんなに傷を負ったところで平気だよ。それに、一度ここから抜け出してるしな。どうにかなるさ。」


「・・・・・」


 俺の言葉にアンジェリカは一層悲しげ表情を浮かべるが、構わず俺は魔物の群れへ突撃する。そして、出口に一番近い奴らをどうにか抑え込んで叫ぶ。


「行け!!!」


 ここまでしてまだアンジェリカは躊躇いを見せる。だが、覚悟を決め俺が作った道を走り抜け魔王城から抜け出した。それを確認すると俺は急いで魔王城の扉を閉める。


 これで、ここにいるやつはもう彼女を追えない。


 そう、安心するのも束の間。俺の背後を狙って魔物が俺の左腕を噛みちぎった。途端に傷口から血が溢れ出し激痛が脳へと伝わる。


「あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」


 痛みが脳を支配していき俺はその場でうずくまる。それを良い事に魔物は俺の背中を爪で抉り、それを拍子に倒れたら今度は右足に噛みついて俺を振り回す。俺の身体は地面に叩きつけられながら遂には遠心力に引っ張られて右足とも別れる。


 余りの痛みに流石に声も出なくなってきた。


 身体は元の形は戻るっていうのに痛みはいつまでも残る。なかなか引いてくれない。この理不尽に段々怒りが込み上げてくる。


 なんで、こんな辛い目に遭わないといけないんだ。なんでこんな、痛い思いをしないといけないんだ。


 俺はただ、人を救いたかっただけなのに・・・ただ何かを残したかっただけなのに——


 ああ、もう。ほんと——


「クソったれ!!!!」


 そう叫び俺は、群がる魔物達をがむしゃらに叩いた。


 骨を砕き、腕をへし曲げ、頭をかち割った。


 ただ一心に、ただひたすらにコニョピーシを振り続けた。


 魔物が動かなくなるまで、その声が聞こえなくなるまで——


 殴り続けた。




 ——次に正気に戻った時には俺以外に生き物はおらず、大量の死体の山と血の池だけが辺りに広がっていた。


 上がる息を整えながら俺は死体の山の一つに腰を下ろす。まだ生温かい体と血が肌やら服を介して伝わってくる。


「全く、つくづく酷い仕事を引き受けたもんだ・・・」


 不意にそんな言葉が俺の口から漏れた。全く持ってその通りだと我ながら思う。俺が前世で伝え聞いた夢の様な物語からは程遠い。もしかしたら俺は地獄の罰を俺は受けているんじゃないかと錯覚しそうなくらいだ。


 まったく、異世界転生なんかなんにも華やかじゃない・・・


「アンジェリカは逃げ切れたかな。」


 彼女が生きていなければここまでした意味がない。彼女がどうなったか知る術はないが、無事を祈るばかりだ。


 そんな時、突然城の扉が大きな音を立てて開いた。もう俺は疲労困ぱいだが新手を警戒して無い力を振り絞り立ち上がる。


 すると、扉の陰から現れたのはアンジェリカだった。どこで手に入れたのか剣を片手に持ったアンジェリカはボロボロの俺を見つけると急いで駆け寄り俺の身体を支える。


「なんで戻って来た・・・」


 俺のそんな言葉に彼女は真っ直ぐな声で答える。


「あんたに助けられたんだから、私だってあんたを助けるわよ。」


 そう言うとアンジェリカは俺の腕を自分の肩に回し腰を支えて俺を運び出した。さっきも思ってたが俺の身体を軽々と支えられるあたり、彼女は俺みたいな偶然聖剣に選ばれた勇者じゃないらしい。


 なんとまあ、頼もしいこって・・・・


 そんな事を思いながら彼女に運ばれ魔王城の外へ出ると、そこには無数の死体が転がっており、折れた武器が散乱していた。どうやら俺が中で戦っている間、彼女はここで魔物達を一掃していたらしい。聖剣の加護が無いなかでよくこれだけ戦えたものだと俺は密かに驚愕する。


 すると、アンジェリカが突然変な事を言い出す。


「付き合ってあげる。」


「・・・は?」


 いきなりこいつは何を言い出すのかと困惑しているとアンジェリカは言葉の意味を明確に話す。


「あんたの聖剣破壊、私も付き合ってあげる。」


「・・・いいよ。お前は国に帰れ。」


「どうせ、国に戻ってもやる事なんてないし、あんたの事も放っておけないから。」


「余計なお世話だよ。」


「こんなボロボロになっておきながらよく言うわ。」


 何を言っても食い下がらないアンジェリカに少し押されながら俺は苦し紛れに忠告する。


「・・・・こんな事に首を突っ込むべきじゃない。」


「なんで?」


「折角、神が敷いたレールから抜け出せたっていうのに。またそのレールに乗るのか?これから自由に生きられるっていうのに。それにこれは恐らく——いや間違いなく世界に刃向かう行為だ。これ以上の危険だって当然あるし、色んな奴から追われる事になる。お前の国の奴らからだって——」


「知ったこっちゃないわ。」


「アンジェリカ!」


「ついて行くって決めたの。あんたが何と言おうと心変わりする気はないわよ。」


「——っ!分からねえ奴だな!」


「それに!私だって救いたい。私達みたいに聖剣に操られて死んでしまう勇者達を。一人の騎士として止めたいの。もう誰にもあんな思いをしてほしくない。」


 俺の服を強く握りしめ真剣にそう話す彼女に、俺は何も言えなくなった。


「・・・・・・・どうなっても知らねえぞ。」


「ええ。」


 そう言ってアンジェリカは俺を担ぎ直した。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

いやぁ、ちょっとした息抜きで描くつもりが意外と時間を喰いました。ちょっと反省です。

でも、まあ。描きたい描きたいってモヤモヤしてたのでこうして形になってよかったです。

少しでも皆様に楽しんでいただけたら嬉しいです。


ご感想等ありましたら誰でも書けるようにしてありますので是非気軽に書いてください。

(ただし、誹謗中傷などのコメントは控えていただきますようお願いいたします。)

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