二人目の少年の想い……。
─ある少年視点─
(あぁ……。そうか……)
僕は、死んだんだ。
触れられない指先。
僕が触れようとすると、何度でも彼女の身体をすり抜ける……。
(姫花……──)
妖魔の急襲。
僕ら、日の本キリスト教会の修道院は、このあたりじゃ一番大きい。
僕は……。
姫花とは幼なじみだけど、二人とも親が居なくて。
僕は男だけど、姫花と一緒に成人するまでって約束で、大婆様に育てられたんだ。
(姫花……──)
幸い、死んだのは、僕一人だけだ。
ボロボロに破壊された修道院で、みんな僕だったものを取り囲んで泣いている。
みんなが、助かって良かった。
「星夜……。星夜……っ!!」
僕の名前を姫花が、呼ぶ。
悲しみにくれているのか、誰も僕には気づかない。
みんなだって、浄霊師なのに……。
僕が視えないの──?
抜け殻になった僕に、みんなが寄り添う目の前の光景とともに、僕の記憶が、走馬燈のように頭のなかをグルグルと駆けめぐり始めた。
──修道院は、キリスト様をご本尊に、僕以外は女の人ばかりだけど熱心に毎日祈っている。
みんな……誰も罪も無い、穢れの無い人たちばかりだ。
けど、みんな、口を開くと後悔しているとか、穢れているとか、罪深いとか、自分を責めている人たちばかり。
(なんでだろう──?)
いつも、そんなことを想いながら、僕と姫花は、キリスト様への祈りの傍ら、聖騎士団とも秘密裏に名高いこの修道院で、剣の修行に明け暮れていた──
(ギィィン! ギィィン! バシッ──!!)
「アマい!!」
「参りました……」
いつも敵わないこの修道院随一の手練れ──真莉愛さんは、僕と姫花が、中学一年生なのに、高校三年生だ。
大婆様からも、この修道院を担う次代の跡取りとして期待されている。
真莉愛さんも、孤児だ──
「脇がアマい!! 重心が高い!!」
「ハイ!!」
姫花にとっても、真莉愛さんは、憧れの存在だ。
スラっとした真莉愛さんの長身から繰り出される最上段からの壱の太刀。
姫花が、一瞬にして、真莉愛さんの足もとに転がされる。
練習用の木刀とは言え……躱し切れた者は、一人もいない。
最高齢の大婆様を除いては──
「ふむ。良う成った。時は来たれりじゃ。真莉愛。この大婆を打ち負かすとは。参ったぞよ! そなたに、この大婆の称号をくれてやろうぞ……!!」
「いえ。けっこうです。大婆ではなく、もう一つの名……聖修道騎士の名を頂戴致します」
「ふむ! そうとも言うの! そなたの名の由縁、聖修道騎士を今日から名乗るが良い!!」
大婆様と真莉愛さんの襲名試合が行われた後、この修道院に代々受け継がれて来た伝説の魔剣──
大婆様だけに許された聖魔大剣が、真莉愛さんに手渡された。
聖魔大剣……名をエクスデスガリバーと言った。
「今日から、聖修道騎士の名とともに、この大剣とともに生きるが良い!!」
「有り難く頂戴致します──」
ブンブンと──軽々、聖魔大剣を操る真莉愛さん。
「軽いな──?」
「ふにゃ? ヨロシクにゃあ? マリアっち!」
「なっ!? しゃべれるのか!?」
腕力だけじゃない、重そうな聖魔大剣を軽々と振るう真莉愛さんの凄まじく研ぎ澄まされた霊力にも驚いたけど──
(──しゃべれるの? 剣?)
僕が目を疑ったあの日……集団浄霊作戦の指令が、僕と姫花のいる修道院にも届いた。
「行くのは、私一人だけで良い。星夜。後は頼んだぞ。頼りにしている」
「わ、分かったよ。真莉愛さん。何も無いとは思うけど、修道院は僕が守るよ。真莉愛さんも、無事で……。帰って来て」
「案ずるな。心配など、いらん。帰ったら存分に稽古してやる」
「うん……」
僕が少し黙ると──姫花が、真莉愛さんに抱きついた。
「真莉愛さん! 心配だよ! 絶対、生きて戻って!!」
「相変わらず姫花は心配症だな? 無理はしない。必ず生きて帰るさ」
真莉愛さんのスラッとした背中に、腰まで伸びた金色の髪の毛が光る。
真莉愛さんは、孤児だけど、たぶんハーフだ。
もしかしたら、純粋な異国の人なのかも知れない。
聖騎士さながら、銀色の鎧を着込み、修道院の白いマントを羽織る真莉愛さん。
背中には、聖魔大剣が、背負われている。
(──今のご時世、その格好は、かなり目立つと想うんだけどな……)
最寄りの駅まで徒歩で行くであろう真莉愛さんが、大荷物を担いで、背中に背負った聖魔大剣とともに修道院を後にした。
「いって来るにゃあ!! 心配いらないのにゃ!!」
(しゃ、しゃべった!!)
しゃべる魔剣に何度も驚かされたあの日から数日──
ほどなくして、入れ代わるようにして、妖魔と名乗る男が、夕闇とともに修道院に現れた。
そして──
グルグルと回る走馬燈の最中、僕は、さっきまでの出来事を……思い返していた──
──妖魔を名乗る男。
単独潜入だった。
僕ら日の本キリスト修道院に。
「コングラチュレーション!! おめでとう。俺の初仕事にビンゴぉ!! てか? ハハッ! ついてるぜ? レディーたち! 全員、俺の嫁に来ないか?」
突然──
修道院の扉を開け放ち、そう叫んだこの男。
扉の外の修道院の結界が、めちゃくちゃに破壊されているのが、見えた。
音も立てずに一瞬で?──どうやって?
「ハッハー!! 奇襲なんて卑劣な真似は、趣味じゃねぇ。女を抱くのは俺の生きがい。レディーファースト!! 来る者拒まずだぜ?」
「何者じゃ!? ワシが、相手をしようぞ? 問答無用じゃ……」
「チッ……! 婆さんかよ? 残り少ない余生だろ? 寝てろよ?」
イケオジ風なこの男が、光沢のあるブラックスーツをゆっくりと脱ぐと──細身ながらも筋肉質な男の上半身が、露わになった。
「あ? 興味ある?」
「無いわいっ!?」
「婆さんじゃねぇ。後ろのレディーたちに、聴いてんのっ!!」
男が、叫ぶと──瞬く間に全身が黒光りし、巨大な蜘蛛の姿へと変貌を遂げた。
僕には、ほとんど視えなかったけど、一瞬にして蜘蛛の糸のようなものが、修道院全体に張り巡らされ、大婆様も僕も姫花も、みんなが、グルグル巻きにされて身動きが、取れなくなった。
「せ、星夜……」
「ひ、姫花……!!」
「おおっと!? レディーたちの中に可憐な美少女? まだ、食うには早えぇってか? んー……って、男のガキもいるのかよっ!? ショタは趣味じゃねぇし? 参ったぜ」
「ほざけっ!!」
僕と姫花をみつけた蜘蛛男──
その男を睨み付けた大婆様が、「ほざけっ!!」と一喝した後、呪文のようなものを唱え始めた。
「古より来られたし異世界の名のある精霊王よ。我が手に宿る召喚の呪力と引き換えに炎を宿せ。出でよ!!炎魔大剣!!フーコぉ!!」
大婆様の蜘蛛男に絡め取られた手のひらから、火柱が立ちのぼり、炎の中から一つ目玉の化け物──炎魔大剣フーコが、現れた。
「ジャジャーン! おひさー? なのらぁー!!」
「なんだぁ!? この剣のバケモノはぁ!?」
突然、大婆様に召喚された炎魔大剣フーコに、蜘蛛男が、驚きを隠せない。
「大!炎上!! 嫌ーん!! なのらぁー!!」
炎魔大剣フーコが、よく分からない言葉を発して、その刀身が誰かに操られることもなく、ひとりでに勝手に踊るようにして回転していた。
そのたびに、蜘蛛の糸がプツリと消え、とらわれていた修道院の全員が蜘蛛の糸から解放された。
けど、同時に修道院の建物自体も、滅茶苦茶に破壊され、蜘蛛男が唖然としている。
「な、なんだ? ジーザス!! んなことって、あるのかよ!? 笑えるぜ!! 破壊する手間ぁ、省けたぜ?」
と、蜘蛛男が、しゃべった瞬間──
「チェックメイトぉ──!!」
(プスリ……──)
炎魔大剣フーコの大きな刀身が、蜘蛛男の腹に突き刺さっていた。
「んじゃ、シスタぁー。バイバイなのらぁー。またね? よろしくぅー」
そう、言い残して──炎魔大剣フーコが、消えた。
大婆様の召喚の契約時間が、切れたんだと想う。
「カハッ……!! ハァハァ……。な、なにが、よろしくぅーだ? エキサイティング!! 何者だ? だが、俺もヤバいぜ……。不本意だが、婆さんも道連れだぜっ!! 麗しのレディーたち! アディオス!!」
蜘蛛男が、溶解液と思われる蜘蛛の糸とは明らかに違う粘液のようなものを大婆様めがけて口から吐き出した。
「大婆様!!」
「星夜……!!」
(ゴン……──)
「ぐえ……」
大婆様は、難無く腰に帯刀していたレイピアを抜刀して、蜘蛛男の溶解液を誰もいない方向に弾き返したのに……。
間に入ろうとした僕は、大婆様の腕に当たり、床に転げて頭を打ったんだ。
(──僕は、死んだんだ……)
「死んでない!! 気絶して、幽体離脱してるだけ!! 視えてるから、星夜!! 早く、肉体に戻って!!」
「ハイ……」
どうやら、僕は、生きてたようだ。
姫花に、振り向き様に言われた僕が、ようやくその事実に気がつくと。
それと同時に、僕は僕の肉体に引き寄せられ──目が覚めると、みんなや、大婆様……それに、姫花が、いた。
「おぉ! 星夜!! 目が覚めたかっ!? すまんかったのぉ……」
「もう!! 星夜の馬鹿ぁ!!」
わんわんと、泣く姫花に、目覚めて早々……抱きしめられる僕。
僕は、何にも出来なかったんだけどな……。
ドジ踏んだだけ……。
「姫花、ゴメン。カッコ悪くて……。何にも出来なかった」
「良いんだよ。星夜。生きてさえいてくれれば……」
姫花に、抱きしめられる僕。
(強くならなきゃ……──)
僕は、恥ずかしくて、本当に、そう想ったんだ──




