浄霊師(エクソシスト)事変……!!
─謎の男視点─
(『妖魔』たち……──)
私のいる森の周辺地域では、幾つもの村々や小さな町が点在しており、古来より彼らの先祖たちが代々永きに渡り、今も尚、この土地を管理し守り続けている。
見た目も中身も変わらぬ普通の人間として。
「離せ! 離せよっ!! 俺たちが何したって言うんだよ!?」
「黙れ……。大人しくするんだ……。人間界の被害を最小限に抑えるためだ」
今、一人の妖魔の少年が、浄霊師たちに捕まったようだ。
彼は──彼らは、何もしてはいない。
普通の暮らしを同じ人間として、いつもと変わらずに営んでいただけである。
学校、病院、役場、スーパー、コンビニ……。
妖魔たちの住む小さな町、幾つもの村々には、しっかりとした生活基盤が整えられている。
今日も、一日を終え、家族とともに夕食でも食べて寛いでいたのだろう。
しかしながら、今日は違った。
「離せよっ!! あ、父ちゃん!! 母ちゃん!!」
「大人しくしろ。許可は取ってある。お前の父親と母親も連れて行く……」
突然にして、壊れゆく少年の日常──
日常とは、そう言うものだ。
不変なものなど何も無い。世界は、常に変わり続けている。
──『アノウィルス』。
私のいる広大な森の周辺地域では、一人の死者も出て居ない。
この土地に生まれ落ちた者たちは、永きに渡り、負の霊気を浴び続けている。
子々孫々(ししそんそん)……連綿と。
獲得した免疫機能は、永き世代に渡り変容し、固有の能力を更に獲得させ進化するに至る。
その能力こそが、妖魔と呼ばれるようになった由縁である。
見た目は普通の人間と変わらないが、生まれながらにして、驚くべき身体能力の高さと、強い妖力を有している。
しかしながら、彼らも普通の人間たちに混じり、息を潜めるようにして生きて来た。
能力の行使は、彼らにとって平和に縁遠く、力無き一般の人間たちから恐れられ、不幸な結末しか生んで来なかったからだ。
故に、今日と言う日も、彼らは何もしない。
普通に生きていた。いつもと変わらずに。
「俺たちは、何にもしていない!! 何もしていないんだ!!」
「心苦しいのですが、拘束させて頂きます。国から拘束令状が出ていますので……」
夜の帳が私の住む森に降り、周辺地域の村々では、叫び声が各所に木霊する。
星たちは、こんなに美しく輝いているのに……。
──平然と行われる人権侵害行為。
古来よりこの地に住む者たちは、部落差別なるものを長らく秘かに受け、虐げられて来た。
いかに、妖魔たちと言えども、繰り返し起こして来た反乱は、ことごとく歴代の浄霊師たちに鎮静化され取り抑えられて来た。
知られざる歴史の裏の事実。
故に、彼らはその後、いっさい何もして来なかった。
平和に生きて、普通の人間たちに混じり、協力して生きて来た。
やがて認められ、自由に恋愛もし、愛し合い、子孫たちさえも生まれた。
そして、理由なく能力を行使し、力無き一般の人間に危害を加えた妖魔は、仲間同士の掟により、厳しく処罰された。
時には、特定の浄霊師たちにより能力を永久に封印されることさえあった。
「朱雀ちゃんじゃないのか!? 頼むよ!! 拘束を解いてくれよ!!」
「ごめん。おじちゃん……。私も反対したんだけど……。任務と上からの命令で……。ごめんなさい」
浄霊師たちの中には、この村の出身者もいる。
他の妖魔たちと比べても、突出した能力を覚醒させた者は、強い能力を危惧され、国に委託された浄霊師法人団体の管理下に置かれ、浄霊師として育てられることもあった。
決して悟られてはいけない。
彼女は、スパイだ。
だが、私たちにとっては、エージェント──
私たち側の人間。同志。仲間だ。
彼女は、私たちの住む森の周辺地域に巨大結界を張り、負の霊気が漏れ出ないように、私たちを保護してくれる事を国に提案してくれた。
が、しかし、費用の捻出と経費もさることながら、拙い一介の浄霊師……しかも、妖魔出身の者が言う事に、誰が耳を傾けようか?
そんな者は、誰一人として、いなかった。
彼女への監視が、一層、強まっただけである。
それ故、仲間内でさえ彼女のスパイ行為を知る者は限られている。
ごく少数だ。
彼女の心の内を想うと、つらくなる……。
「おっちゃん。今は、つらいけど我慢してね。必ず助けるからね?」
「そ、そうなのかい? 分かった……。朱雀ちゃん……。信じるよ……」
家族と離れ離れにならないためにも、幼少期より家族以外の人前では、能力を行使する事は、固く禁じられていた。
故に、彼らは、何もしない。
この地の児童教育の一環として、最も重要視されていたのが、自己抑制能力の獲得である。
そして、魂の系譜──
ただの人や動物の霊体だったもの……。
この現実世界に留まり続けていた魂たちは、永き年月を経て変容した。姿形ともに。
妖怪、怪物、化け物……。
かつての古より、そう呼ばれ続けていた。
視える者にしか、視えないその存在。
特に、この私の今いる土地での、彼らの存在は大きく、妖力の強さも、その数と大きさに比例した。
しかしながら、彼らとて、何もしてはいない。
ただ、その姿から、恐れられ、忌み嫌われ、避けられた。
ただし、霊的なエネルギーそのものは、負を帯びており、何もせずとも、ただ存在しているだけで厄災を招いてしまう事例も少なくは無かった。結果的に。
そこで、共に生きる者として、その負の霊力を反対に利用し、彼らを召喚させたり自身の身体と一体化させて使役する存在として、歴史の裏舞台で暗躍していたのが、妖魔と呼ばれる人間たちであり、知られざる既存の歴史的事実として、その事は秘密裏に刻まれていた。
古き歴史を遡れば、浄霊師側の人間たちと、妖魔側の人間たちは、同胞であり、国や公の機関からも好待遇であった。
変わったのは、近代。
かつてよりも幾分かは、平和な世の中になり、皮肉にも戦と彼ら妖魔たちの必要性が、無くなってからである。
慰霊に特化した浄霊師たちは、現代まで生き残り、その高い地位を獲得したが、戦闘に特化した妖魔たちは、その能力を存分に発揮できる活躍の場が無くなり、その姿を消した。
とは言え、妖魔たちの中でも能力が依然として高い一部の者たちは、尚も時代の影としてその能力を買われ、需要が高まれば依頼に応じ、暗躍し続けている。
しかし、それも限られたごく一部の一族の者たちだけであり、その存在すら、ほとんど知られる事は無かった。
同族間……──仲間内でさえも。
「ウオオォォォッ!! 邪魔すんじゃねぇっ!!」
(──ドッゴォォォ……ン)
「「白虎ーっ!!」」
拘束されたご両親を助けるために、浄霊師の手を振りほどいた少年。
この少年も妖魔で、この地に古来よりまつわる化け猫の霊を先祖代々、受け継ぎ、宿している。
白虎少年は、化け猫よりも、さらに巨大な虎のような姿へと自身を変貌させた。
少年の変身時における凄まじい爆音が、夜の闇に鳴り響いた。
少年は、大人の浄霊師に霊力で拘束されていたが、子どもと見なされていたからだろう、拘束力が甘かったようだ。
しかしながら、その潜在的な妖力は、既にご両親をも上回るほどのものであった。
危険を察知し、少年は突如として覚醒させたのだ。
妖虎としての能力を。
禁じられた妖魔の能力が、白虎少年から解放された。
能力を解放させた少年に、少年のご両親が叫び声を上げていた。
「グオオォォォッ!! グロロロロロォォッ!!」
(パン……──!!)
白虎少年が、咆哮したその瞬間──
慌てた浄霊師が、所持していた簡易式の銃を、巨大な妖虎へと変貌した白虎少年の背後に向けて発砲した。
幸い、巨大な妖虎へと変貌を遂げていた白虎少年の身体は筋肉で分厚く、ピストルの弾丸では、貫通しきれなかった。
この出来事が、私たちと、侵略者である浄霊師たちと戦う始まり──契機となった。
これを合図として私たちの作戦は、ついに決行され、動き出す事になる。
「オレだぢは、何もじでねぇぇ!! 先に手ぇ出じだのば、お前らだぁぁぁっ!! ガロロロロロッ!! 畜生ォォォッ!!」
尚も叫ぶ、白虎少年の巨大な妖虎の身体から血液が流れ出ている。
この事実は、私たちの同胞が、浄霊師たちにより殺害されかけた瞬間として、永きに渡り記憶に刻まれる事となった──




