思惑……。
─謎の男視点─
私が、ここに流れ着いてから、もう数年が経とうとしている──
深い緑に覆われた高台から見えるこの絶景。
水平線から昇る太陽は美しく、いつもと変わらぬ静かな青い海が、一日の終わりには、紅色に染め上げられる。
今日も青かったこの空とともに、紅く……。
私が今、立っているこの場所は、行き場の無い魂たちの集まる場所。
切り立った断崖絶壁。
潮の流れと独特の地形もあり、湾曲したこの海岸には、多くの身投げした者たちが集まる。
私も、その一人だった──
身投げした者たちの魂は、這いずるようにして海辺から陸へと起き上がり、登って来る。
骸より抜け出た多くの魂たちは、甚大な損傷を負った姿で、重く身体を引きずりながら、この地に宿る無念の魂たちと惹かれ合う。
互いに。磁石のように……。
古来より、この地は、そうした行き場の無い魂たちが、拠り所として集う場所だったのだろう。
自然と霊道が開かれ、この世ならざる者たちが往来する事となる。
彼らは何もしない。
ただ、長い年月を掛けて、集まりすぎた魂たちの負の霊気は、大きくなり過ぎた。
そして、この地は自然と、この世ならざる者たちを呼び寄せる事となった。
結果、彼らが何もしなくとも存在しているというだけで、周辺は愚か、その者たちの思念は空を超え海を超え……様々な厄災を生じせしめた。
──誰も近寄れない陸の孤島。
ここには、命ある生ける者たちが訪れる事は古からの言い伝えもあり、皆無。
幸い山深く、海からも陸からもこの地へと生きて到達しようと想う者たちは、誰一人として居なかった。
ただし、自らの死を望む者は、別。
私の背後には『樹海』と呼ばれる広大な森が広がり、この土地独特の狂った磁場は、生ける者たちを深く迷わせ、死を望む者たちを絶え間なく誘い招き入れた。
通称、『首無しの森』。
表向きは『指定国立天然記念自然公園』と銘打たれている。
許可無く森へ侵入する事は許されていない。
最も森に面した入り口付近の場所では、慰霊碑が立ち並び、進入禁止の立て札やロープが張られている。
献花や線香の煙……。
地元住民による祈りは絶えない。
しかし、それらの祈りも虚しく、命の電話と呼ばれるものさえ設置されてはいるが、招かれたほとんどの者たちが立ち止まる事は無かった……──
( ──……。『アノウィルス』か……── )
それは、この地から生まれた。
世間では様々な憶測が飛び交いながらも、本当の事は誰も知らない。私たちを除いて。
後に私は知る事となったが、様々な条件が重なり合い、この土地は『魔界』と呼ばれる場所と非常に酷似した場所へと急速に変わりつつあるという事だ。
生まれたくても生まれられなかったもの。
生きたくても生きられなかったもの。
生き物とも霊体とも魂とも呼べぬもの。
成れの果て。出来損ない。
視える者には死を予感させる黒い塊。霧あるいは靄のようなもの。
次第に、この土地に集積された負の霊気から生じた想念は、『魔界』で言うところの『魔瘴気』『魔素』とも呼ばれ、延々と噴き留まることを知らず、自らも増殖機能を有し、生まれ続けた。
生物学上では、現存するウイルスとは似て非なるもの。
しかし、便宜上、世間ではウイルスの一種と呼ばれるようになる。
生命体のカテゴリーには入らない。
命無きもの。魂無きもの。
そして、私が今いるこの地と酷似した場所も、世界には幾つも点在しており確認されている。
先月、日本の浄霊師が単独でこの地へと赴いて来た。
国からの指令か、神からの指令なのか……。
情報は漏洩する。そう言うものだ。
私たち側にも『神の声』を聴ける者もいるし、浄霊師たちの中にも、私たち側の者は存在する。
そして──
神とて一人では無い。
宇宙と言えども一つでは無い。
その数だけ神も世界も存在し合う。
思惑を異にする者。
妨げる者。協力する者。
複雑に絡み合う世界が、今日も水平線の彼方に沈みゆき、夜になる。
夜になれば、この『魔界』と酷似した場所も、より活性化される。
(仕事の時間だ……──)
「報告致します……。只今、複数の浄霊師たちが、上陸。周辺地域に待機しながらも、続々とこの地に結集しつつあります。同時に、複数の浄霊師法人団体への襲撃を計画どおり実行開始致します──」




