急襲……。
─会長視点─
「ギャハハ!! カノウビャクエー!! カノウビャクエー!!」
ワシの目の前の黒ずくめの喪服を着たご婦人が、白眼を向いて口をパクパク開きながら、ワシへと語りかける。
まるで、人形のようじゃ。
じゃが、まだ死んではおらん。完全に操られておるようじゃ……。
ワシの寺の結界を抜けて来たこのご婦人。
おそらく誰かが、霊気か妖気を完全に遮断した上でこのご婦人の身体を操り、ココに来させたのじゃろう。
おそらく、一般の方。
たまたま、運悪く術師に見繕われて操られているだけなのじゃ。
(気の毒なのじゃ……)
ワシは、操られているご婦人の事をそう想いながらも、自身への結界術を強めるために心の中で詠唱を繰り返す。
(永遠に響きを永遠に導きを。無限に続く永劫の彼方。輪唱連破、久遠の壁。我隠したる懐深く、件の者を白日の光へと浄化せしめよ。洗い給え清め給え、永久より深く……──)
ワシは、光透玉詠唱結界士。
浄霊師仲間たちからは、そう呼ばれておる。
「ギャハハ!! 『討伐浄霊作戦』も明日と迫っているのに、カノウビャクエ!! お前んトコだけだぜ? 現地入りシてねーの? 仕方ねぇから、わざわざ俺の方から出向いてヤッタぜ?」
ふむ。
コヤツは、ワシの寺の殲滅担当と言うワケじゃ。
「自爆テロかの……?」
「遠隔操作だからなぁ? 自爆なんざぁバカのするコトだぜ?」
白目を向いて操られている黒ずくめの喪服姿のご婦人の身体を借りて、パクパクと尚も男口調で、ワシへと語りかけるコヤツ。
「誰かの……?」
思い当たる節は、無い。
しかしながら、ワシらと相反する勢力があってもおかしくは、無い。
刻を稼ぐ……──
「カッハー!! お前に名乗るほどの名は、持ち合わせてねーよ? だがなぁ、『黄金宝玉』と呼ばれたお前を倒して、俺は超越する!!」
次第に強く、ワシの目の前で操られたご婦人が、尚も激しくガクガクと身体を震わせておる……。
(来るか……──)
ワシと同じく、コヤツも術の発動には時間を要するようじゃ……。
じゃが……。
(大きい……──!?)
膨れ上がったコヤツの──これは、妖気。
この世ならざる者の力……。
道理でワシもコヤツの名を知らんはず。
いや、もしかしたら、名の通った妖魔の一柱なのかも知れん。
人間の浄霊師の霊気では、なかなかここまでは、捻り出せんはず。
ワシも何度か封じたコトはあるが、今までの妖の者たちとは──
「ママさん!! 裏口から逃げるのじゃーっ!!」
もっと早く。もっと早くに言っておくべきじゃった。
コヤツと遭遇した刹那に……。
ママさん──
「ハッ!! もう、遅ぇーよ? ビャクエ……。お前と俺の術式、どっちが強ェーか、勝負しようぜ? 果たして後ろの女まで守り切れるのか……な?」
コヤツの広範囲に及ぶ術式。
威力も絶大。
ワシの直感が、そう告げておる。
ワシの『光透玉結界術』──
しかし、ワシの後ろのママさんまで逃がし切れるかの……。
おまけに、ワシの目の前の操られとるご婦人も救えるかどうか……。
(守らねばならぬ……──)
「カハッ!! 準備は良いか? ビャクエー!? 俺とお前の一騎討ちだぜ!! 何もかも守り切れると想うなよ? 行くぜっ!!」
操られたご婦人であったモノが、白目を向いたままパクパクと口を開かせながら喋る。
右手の人差し指と中指を、そのモノが細く口先を尖らせ息吹をかけるようにして口もとに当てがうと──炎のようなモノが揺らめき始めた。
何か呪文のようなモノを尚も唱えておる……。
そのモノが息吹をかけるようにして、さらに左手のひらで右手の二本の人差し指と中指を包み込むようにして深く握りしめると──、このモノの顔の真正面に巨大な赤い炎の玉が現れた。
「高等術式!『神々の霊力』!! 扱えるのは何もお前たち人間の浄霊師だけじゃあねぇんだぜ? 神は俺たち妖魔たちにも平等だ!!」
(救えるかの……──)
ワシは、目を細めて目の前におる操られたご婦人を見つめる。
ペラペラと、ワシの目の前のソヤツがよく喋るウチに、捕らえるための結界術をヤツが術式に集中しておる隙に気づかれぬよう、ワシの足もとの影をひろげるようにして、張り巡らせる。
「それと、もう一つ。人間は、俺たち妖魔たちの味方でもあるんだぜ? 敵じゃねー。流行り病の『アノウィルス』の話は、知ってるよな? 人間って、エグいよなっ!?」
ペラペラと、よく喋るヤツかと思いきや、コヤツの話に耳を傾けたワシの心が動じ、隙が生じた──
「ハッ!! 揺らいだか!? ビャクエー!? まだまだ甘いぜっ!! 救えねー世界を、目の当たりにするが良いぜっ!! 『無限奈落!!炎神天火』!!」
ヤツが、そう言い放った直後。
寺の結界の内側から放たれたヤツの巨大な炎の玉が爆発し──ヤツのケタタマシイ笑い声が響き渡り、ワシの寺は炎の海に包まれた……。




