『五人』……!!
─楓視点─
「アハ!! アハハ!! もーいっかい!!」
ヴィシュヌヴァにブッ飛ばされた俺は、多くの遺跡の残骸が浮遊するこの寂しげなプラネタリウムのような空間の果てまで、飛ばされてしまっていた。
ブッ飛ばされたとは言え、ヴィシュヌヴァの身体から突然噴き出した竜巻のような突風により飛ばされただけなので、特に大したダメージは受けてはいない。
現実世界とは違って、俺の『幽体』が例え何かと接触したとしてもこの異世界の中じゃ、ノーダメージだ。
それは、この異世界の中に来た時に空から落ちた衝撃を受けても何とも無かったコトで立証されている。
(それにしても……)
ヴィシュヌヴァが笑っただけで、この威力。凄まじい風だ……。
おそらく、ヴィシュヌヴァは風に霊力をのせて、あらゆる効果をも生み出すコトが可能なはずだ。神の子だし。あくまで想像だが。
なので、ヴィシュヌヴァが風に霊力を纏わせるとなると話は別。
おそらく、俺は、ダメージを受ける。
今は、ヴィシュヌヴァは俺との遊びの最中で、夢中になって無邪気にハシャイでいるだけだから良いものの……。
攻撃と防御が一体化された本気のヴィシュヌヴァを想像すると恐ろしい。なんせ、神レベルだ……。
が、ここは異世界の中。
現実世界とは違って霊的体力が0(ゼロ)になれば、元の世界へと強制送還されるだけだ。
このまま遊んでいても、怒らせてヴィシュヌヴァを本気にさせても、俺の魂と言うか『幽体』がどうこうなるワケでも無い……。
そう願いたい……──
「 楓ー……。どこぉー……?」
俺を吹き飛ばしたヴィシュヌヴァが、不安げに寂しげに……俺の名を呼んだ。
このまま見つからずに、破壊された遺跡の柱の影に隠れて浮かんでいれば、俺は休めるし……ヴィシュヌヴァに何度も吹き飛ばされずに済む。
それに、この地下迷宮を抜ける方法とか、夢葉や黒音ちゃん、ピピ郎がココに来た時のコトを想定しておかなければならない……。
(さて、どうしたものか……?)
俺がアゴ髭を触りながら考えあぐねていると、後ろから声がした。
「アハ!! 楓っち、見ーつけたっ!!」
(ぐ、ぐほぉっ!?)
突然のヴィシュヌヴァの後ろからの声に、俺は自分自身の唾液が喉に詰まり、ムセた。
「ガッ!? ハァハァ……。も、もう見つけたか!? ど、どうやって見つけた!?」
「ん? そりゃあ分かるよー? 僕ぁ、神様の子どもだからねー。あ、楓っち? わざと、見つからないように隠れてたの?」
「お、おぅ? そりゃあそうだとも……。これも遊びの内さ? 隠れんぼって、言ったかなー?」
楓っち。楓っちか……。そう呼ばれるのも悪くない。
いや、俺にはソンナ趣味は無い。改めて断っておく。
しかし、俺は霊的体力温存のために隠れてたのに瞬時にしてヴィシュヌヴァに見つけられてしまった。
しかも、唐突に俺は、隠れんぼをしていたのだと、ヴィシュヌヴァにそう言い切ってしまった。
「カクレンボ? 何それー? あ、楓っちのいる世界の遊びのコトだね? 霊的体力温存? あー、そうか! 楓っちは、人間だから、神レベルの僕ヴィシュヌヴァと遊ぶのは、凄く疲れるんだよね? よし!! 分かった!!」
ヴィシュヌヴァは、何か納得したかのように、エメラルドグリーンのクリンクリンの大きな瞳を輝かせて言った。
ヴィシュヌヴァのクリンクリンにウェーブした水色の髪の毛が、ヴィシュヌヴァの肩のあたりでキラキラと揺れている。
「じゃあ、さっきの続きをやろうよ!! 僕ぁ、楓っちにコショコショこそばされるから、笑った僕の風にのって、どこかに隠れててよ?」
「ふ、ふーむ……。わ、分かった……。(いや、さっきと同じじゃないのか?)」
どうする俺?
いかんともし難い今のこの状況。
このままヴィシュヌヴァと、いつまで遊び続ければ良いのだ?
(め、メンタル、が……)
「えー? めメンタルぅー? 何それー?」
ヴィシュヌヴァが大声で俺へと叫ぶ。
「ほらー? 僕のお臍? ここだよぉ? コショコショしてよー?」
ヴィシュヌヴァが、可愛らしい自分の臍をクリンと俺へと突き出し、お尻をフリフリしている……。
(ウッ……)
動じるな……動じるな、俺。
相手は、中学一年生だ。慌てるな。
ヴィシュヌヴァ年齢、1300歳? なら、婆さん過ぎるほど婆さんだ。
何も動じるコトは無い。俺の範疇の枠外。
(あわてるな……。俺……)
目を閉じて、俺は瞑想する……。
「あわてるなって、ナニをあわててんのー?」
(ウッ……)
またもや、ヴィシュヌヴァが、俺へと尋ねた。
「そうだよ? 楓くん? 何あわててんのー? 心が乱れてるよー? って、ここドコ?」
どこか、懐かしい声がしたかと思えば、黒音ちゃんが、急に俺の腹のあたりからムクムクと湧き出て来た。
(ん? あ、そうか……! 『魂』の契約っ!!)
「はろー。楓くん? 久しぶり? って、誰コイツ?」
驚く俺を他所に、黒音ちゃんが、目の前の中学一年生に視える女子なヴィシュヌヴァを見て、早くも臨戦態勢だ。
黒音ちゃんの、ノースリーブな黒サマーセーターの胸の輪郭が、「たゆん──」と揺れた。
「誰って、君こそ誰なワケ? あ、コソコソ楓っちに、くっついてた女の人? おっぱいがデカけりゃ良いってもんじゃ無いんだよ?」
「な!? ナニ!? コイツ? 楓っち!? ハァ!? 人の胸のコトいっちょ前に言っといて、ナニあんた? 無いじゃない?」
「無いって、ナニが? 僕のナニが無いって言うのさ?」
ここまで、ヴィシュヌヴァと黒音ちゃんの言葉の攻防を交えた後で、今度は、夢葉が、俺の腹のあたりからムクムクと湧き出て来た……。
「あー!! ナニナニ!? 可愛いっ!? 女の子っ!? あ、楓!? 大丈夫だった? 久しぶり!! って、怪我は無い? ふーん? 君は、誰なの? あ、だいたい察しはつくよ? 君は、風の神様でしょ? 名前は、何て言うの? 私は夢葉。君の名前は?」
黒音ちゃんと比較して、夢葉は、神レベルのヴィシュヌヴァに対しても物怖じせず、めちゃくちゃ友好的だ。初見なのに。
コミュニケーション能力……いわゆるコミュ力が、凄まじい夢葉。
白いチャイナドレス姿の夢葉の胸が、ぴったりと服に張りついて、「たゆん──」と揺れる。
「アハ! 初めまして! 僕ぁ、ヴィシュヌヴァ! 夢葉ちゃん? って、言うの? 夢葉ちゃんの『雷光烈拳』? 凄かったねー!? 人間技とは想えないよー?
僕にも教えてよっ!!」
早くも、ヴィシュヌヴァと夢葉が打ち解けている。
黒音ちゃんを、脇に置いといて……。
「うぅっ……。フンッ!」
何か悔しさを悟った黒音ちゃんが、胸を「たゆん」と揺らして、そっぽを向いた。
まあ、分からんでも無い……。
相性の悪さと言うモノは、いかんともしがたいほどに、ある……。
コレばかりは、仕方が無いのだ……。
「どうもー? お邪魔しますデスよー?」
俺の腹に紫色の魔方陣が浮かび上がったかと想えば、今度はイケメン吸血鬼なピピ郎が、金色に輝く長い髪の毛を掻き上げながら、俺の腹からムクムクと湧き出て来た。
「おや? 可憐な美少女さんデスねー? 可愛らしい。私の芸術的な美意識が、刺激されマスデスよ? おぉっ!? 我が主っ! 楓くん!! ご無事でシたかっ!? いや、お元気そうでナニよりデス!!」
イケメン吸血鬼なピピ郎は、目の前のヴィシュヌヴァに軽く驚きながらも、俺へと心配を寄せてくれた。
少し前に一緒にいたばかりなのに、感激して俺の両手を握りしめ、ブンブンと振り回すイケメン吸血鬼なピピ郎。
恥ずいだろ。ピピ郎よ。でも、嬉しい。
(フフ……。流石だ。流石は、ピピ郎なのだ……。ちょっと、ヴィシュヌヴァに困ってた俺の頼り無い心が癒される……)
華麗にして、イケメン吸血鬼なピピ郎よ。
俺は、数少ない男友達として、君を友として迎え入れたい。
「あ、私は、イケメン吸血鬼なピピ郎デス。あなた、お名前は、ナント言うのデス? 視たところ、神とお見受け致しマスが……?」
「僕ぁ、ヴィシュヌヴァ!! 楓っちの友達だよっ!! あ、お嫁さん候補かな? 楓っちが、良いって言ってくれるならだけど……」
(ウッ……!?)
ピピ郎とヴィシュヌヴァも問題無いようだが……。
お、お嫁さん候補っ!?
いや、待て……。ヴィシュヌヴァよ……。
そんな話は聴いてないゾ……?
(緊急警報。緊急警報……。システムエラーが発生しました。アカウント名『─ビャクエカノウ─』。プレイヤー四名を直ちに送還します──)
「「「「 !? 」」」」
突然、この地下迷宮内部に、機械音声の声が響き渡る……。
想いも寄らない唐突な出来事に、顔を見合わせる俺とピピ郎と夢葉と黒音ちゃん。
「楓? 僕を連れて行きなよ?」
ヴィシュヌヴァが、そう言って──さっきまでの様子とは打って変わって、俺の目を静かに見つめる。
俺へとそっと手を差し伸ばしたヴィシュヌヴァ。
「君の近しい人が、危ないよ……?」
ピピ郎と夢葉、黒音ちゃんが、機械音声の声がするこの地下迷宮の天井を見上げる。
俺もヴィシュヌヴァの手を取り、機械音声の音声が流れるままに、現実世界へと帰還した──




