勇者……。
─黒音視点─
(ふう……。やれやれ……)
夢葉の全身から噴き出した風に、吹き飛ばされた私は、そう想いながら両膝についた土埃を払いのけるようにして立ち上がった。
(冗談が、過ぎたみたいね……)
どうも、いつもの調子と気分で夢葉と関わると、知らずの内に夢葉を傷つけてしまうみたい。
いや、怒らせちゃうんだよねー。
そんな感じ。
私が立ち上がると、夢葉の右手の上で黄緑色の蛍光色を放つ方位磁石みたいなのが、ピタリと止まり、矢印を出して一つの方角を指し示している。
私と同じく、夢葉に吹き飛ばされたイケメン吸血鬼なピピ郎が、背中の黒くて大きな翼をヒラリとはためかせて風に乗る。
風に乗ったピピ郎が、一瞬で夢葉と楓のもとへと吸血鬼らしく華麗に降り立った。
「おぉっ!? 方位磁石が、ピタリと指し示してマスねー? どうやら……」
そう……。
ピピ郎が、振り向いた先──
夢葉が起こした風とは違う風が、巨大な神とも言える涅槃像の臍のあたりの空洞から、ヒンヤリと冷たく流れて来る。
この辺り一帯は、かなり蒸し暑いのに。
私も、ピピ郎と夢葉、楓くんのもとへと歩み寄る。
「どうやら、アソコ? って、感じ?」
もちろん、神の涅槃像の臍のあたりにある空洞のコト。
私が、そう言うと、夢葉の右の手のひらに浮かんでた黄緑色の蛍光色を放つ方位磁石が、消えて無くなってしまった……。
「じゃ、じゃあ……。先陣を切るのは、僕……お、俺だね? 勇者らしく勇気あるトコ見せないと……」
そう言いながら、ガクガクとまたもや震え出す楓くん。
そりゃあ、楓くんの勇気あるトコも見てみたいけど、私は、夢葉みたいに楓くんには求めてない。
(楓くん……。無理しなくて良いのに……)
私は、そんな風に想う。
「よし! みんな、楓に憑いて行くよ!」
張り切るように、何か意を決したように言う夢葉。
夢葉だって、分かってる。
楓くんの震えるような気持ち。
楓くんは、臆病な自分の気持ちと闘っているんだって。
(なら……)
私も楓くんを筆頭に、夢葉とピピ郎に憑いて行く。
けど、私たち四人を異世界におけるパーティーととらえるなら、隊列の組み方は、楓くんの勇気とは別。
最も戦闘に適した効率の良い配置、それぞれの立ち位置って言うのが、あると想う。
「ちょっと……」
「え? な、何かな? 黒音ちゃん?」
先陣を切る楓くんの肩を、私がチョンチョンと指先で触れると、楓くんが振り向いた。
「楓くん? 無理しなくて良いよ? パーティーにはパーティーの隊列の組み方……立ち位置や役割ってのが、それぞれにあるから」
「え? で、でも……」
楓くんは、躊躇っているんだろう。
私の意見に従うべきか、夢葉の言うように勇気を振り絞るべきか。
確かに、勇気を振り絞るコトは、楓くんの霊的な成長には欠かせないと私も想う。
けど、チームとして考えるなら、パーティーは楓くん一人だけじゃない……。
「黒音……。黒音の言いたいコトも分かるけど、楓の霊的な成長が先じゃない? 楓には、現実世界に戻れば肉体があるワケだし。それに、私たち四人の要だよ?」
夢葉が、最もらしいコトを言う。
ちょっと、つらい。
確かに、夢葉の言うコトも一理あるけど、夢葉の直接的な物の言い方には、心を抉られる。
私は、泣きそうだ……。
「まあまあ。お二人とも。楓くんを、パーティーの主役に立てつつ、私たちも、それぞれの動きや役割を闘いながら模索してみては、如何デス? この異世界の中じゃあ、死ぬコトも無いデスし。なんと言っても我々四人が、力を合わせて一つのコトに挑むのも初めてのコトですし?」
イケメン吸血鬼なピピ郎が、私とも夢葉とも違うピピ郎らしい三つめの意見を言った。
夢葉のも私のも取り入れたピピ郎らしい第三の意見。
年の功とでも言うのだろうか?
若返り、いつになくイケメンな意見を言った吸血鬼なピピ郎が、天を仰ぎながら金色の長髪を掻き上げ、キラキラと輝かせている。
ピピ郎は、自分の意見に酔いしれてんのかな?
「そうか……。そうか。僕……俺が弱いからイケないんだ……」
最もらしい意見を言ったイケメン吸血鬼なピピ郎だったけど、夢葉にも私にも気づかない部分で、何気に楓くんの心を傷つけてしまっていたようだ。
フルフルと、楓くんの心が、震えている……。
「僕……お、俺はぁ!! 俺わ、強くなるっ!!」
唐突に叫び声を上げた楓くんが、「シュゴオォォ……」と足もとから土煙を上げながら、「ウオオォォォ……」と雄叫びを上げ、蔦の巨大植物が生い茂る全身50メートル強の涅槃の巨大神像の臍の部分の空洞へと全力疾走し、猛加速する。
「か、楓くん……!?」
「ま、待ってー!! 楓ー!!」
「あ、主ーっ!! 楓くんっ!!」
これには、私たち三人……特に夢葉が、一番驚きを隠せてなかった。
楓くんに、置いてけぼりにされた私と夢葉とイケメン吸血鬼なピピ郎は、慌てて楓くんの後を追った……。




