泣き虫……。
─夢葉視点─
(天が、高い……)
谷底──
射し込む日の光を見上げながらも、周囲が切り立った断崖絶壁に囲まれている景色に息を飲む。
まるで、南極大陸の分厚い氷の裂け目──クレバス。
滑落すれば、二度とは地上へは戻れない。
そんな場所。
けど、ここは、驚くほど蒸し暑くって……。
群生している蔦科の植物たちが、いくつもの蔓を絡ませあって、四方を取り囲んだ断崖絶壁を這うようにして天へと向かい伸びる──ジャングル。
この谷底で群生している蔦科の植物たちの蔓の一本一本が、私たちの両腕を広げた状態よりも尚も太い。
(まるで、小さい頃読んだ童話の絵本の世界みたい……)
蔓から生えている幾つもの葉っぱだって、私たちよりも遥かに大きい……。
空からの光を余すことなく吸収しようとしている。
巨大植物の世界──
そんな中、私と楓と黒音と吸血鬼なピピ郎の目の前に偶然現れた、巨大植物たちとともに横たわる全長50メートル強の巨大な神の涅槃像……。
(いや。偶然じゃないよ……)
この巨大な神の涅槃像は、断崖絶壁の岩肌を削り出して、直接掘り込むようにして造られたように視える。
たぶん、この場所の地形は、視る者とこの世界を創った者によって、千変万化、様変わりしている。
時に地獄に。時に天国に。
私たちが到着した時に感じられた激しい地鳴りと振動は、その証。
ゆっくりと変化する私たちの現実世界よりも、遥かに急速的で永遠性を感じさせるこの異世界。
たぶん、一日の内に、何度も姿を変えているんじゃないかな……?
(現実世界と霊界の狭間にあるとかって、機械音声が言ってたっけ……)
気がつくと、私の手のひらの上で、クルクル回ってた黄緑色の蛍光色を放つ方位磁石の矢印が、一つの方角を指し示して、ピタリと止まっていた。
「楓っ、くーん……!!」
この異世界では、幽体になった楓に想う存分触れられるから、黒音が、ここぞとばかりに、楓に擦り寄ってスリスリしている……。
楓の左腕に抱きついて──楓の肩に頭を乗っけている黒音。
「あー!! ちょ、も、もう!! 黒音っ!!」
「なーに? 夢葉? 良いじゃなーい。楓くんの右側は空いてるよ? 左側は、私だけど?」
(まただ……。また私、黒音に先を越されてしまってる……)
私が、黒音とは反対側の楓の右側へと近づこうとすると──
突然、吸血鬼なピピ郎が、背中の翼をはためかせて、急に私と楓との間に割って入って来た……。
「主っ!! 楓くん!! 大丈夫デスか!? 私、芸術家にして吸血鬼なピピ郎めが肩を貸して差し上げますよっ!?」
「はい、楓くん取られたー。夢葉」
(ぐっ! ふぬぬ……!! くっ、黒音……!!)
私の中で、何かが弾けた。
「ク、ロ、ネーっ……──!!」
(ドッゴォォーン……──)
風の神様のじゃない……。
私の全身から突風が噴き出して──
この谷底一帯のジャングルに、嵐が吹き荒れた。
「う、わぁぁっ……!?」
さっきまで、ヨロヨロと、黒音と吸血鬼なピピ郎とに真ん中で抱きかかえられていた楓が、黒音とピピ郎もろとも吹き飛ばされて──
楓が、声を上げながら後頭部を地面に打ちつけ、激しく回転しながら後方へと飛ばされてしまった。
「ひゃー!! か、楓ーっ……!!?(うぅっ……。ごめん。ゴメン、楓……)」
私は、泣きそうになる……。
なんでだろう?
私も、黒音みたいに、楓に触れたかっただけなのに……。
「あ、痛てて……。って、痛くない? あ、そうか。僕……いや、俺は『幽体』で、ここは異世界の中だったっけか?」
ネクタイにスーツ姿の楓。
後方へと回転して私に吹き飛ばされた楓が、自分の頭を擦りながら、足もとについた埃を払いのけるようにして立ち上がろうとしている。
「楓っ!?」
「や、やぁ。夢葉。久しぶり。って、さっき会ったばかりだったね。夢葉の能力って、本当に凄いね。初めてホテルで夢葉と会った時のコト想い出したよ? 何にも触れてないのに、グラスを割った時みたいだったね?」
楓の言葉に、また私は泣きそうになる……。
(覚えてくれてたんだ……楓。楓が私と初めて会った日のコト……)
私が、楓の目の前まで近づき、楓へと私が手を差し伸べると──楓が、私の手のひらを強く握りしめた……。
「飛べたよ? 夢葉……」
「うん……」
(楓……──)
楓の手のひらの温もりが、私の手のひらへと伝わる……。
私は、やっぱり、泣きそうだ……──




