入り口……。
─夢葉視点─
「主っ!? 楓くん!? 大丈夫デスかっ!?」
「楓、くん!? 大丈夫!?」
谷底へと辿り着いた黒音と吸血鬼なピピ郎が、いち早く……倒れてる楓のもとへと駆け寄り、楓に寄り添っていた。
楓の重たそうな上半身が、吸血鬼なピピ郎の腕に抱きかかえられている。
心配そうに、楓を見つめる黒音。
視界は、黒い霧のようなモノで遮られているけれど、煙の中にいるみたいにして、なんとなくピピ郎と黒音と楓の様子が視える……。
私は、黒い霧のようなモノで視野を奪われた視界0(ゼロ)に近い周囲の様子を伺いながらも、やっぱり楓のコトが心配で──それでも、『風』の正体を気にしつつ、楓とピピ郎と黒音の後ろから、三人の様子を遠目で見守っていた……。
(風……。止んだ? それよりも、楓──)
いつの間にか、風が凪いでいる……。
「う、うーん……。あ、アレ? ここは?」
谷底への落下の衝撃も、空からの落下を一度経験したせいか、ピピ郎の『魔方陣』を使用するコト無く、すんなりと目覚めた楓。
「おぉっ!? 我が主!! 楓くん!! 目覚めまシたかっ!?」
「ハァ……。楓くん。良かった……」
無事、目覚めた楓の様子に、黒音とピピ郎が安堵して胸を撫で下ろす。
私も安心した。
私だって、『風』の正体を気にしていなければ、もちろん楓の傍に居たかった。
さっきまで視界0(ゼロ)なほど、私の視野を遮っていた黒くて濃い霧のようなモノが、徐々に晴れてゆく……。
今度は、朝靄のような白い霧が、あたりを包み込み──今まで暗く閉ざされていた、視るコトの出来なかった谷底の様子が、光とともに晴れて次第に明らかになってゆく。
「ちょ!? なんなのよ? コレっ!!」
黒くて濃い霧のようなモノが晴れて、突然視界の開けた目の前の光景に戸惑いながらも、黒音が辺りの様子に目を見開いて驚いている。
黒音は、さっきまでのタイトな秘書課主任秘書スタイルから、いつもの黒ホットパンツとノースリーブな黒サマーセーターへと、いつの間にか服装変化していた。
(……だよね。黒音。確かに、驚くほど暑いんだよ。ここは……)
『霊』な私たちには暑さ寒さなんて、関係無い……はず。
なのに……。
『幽体』の楓も、ここの暑さを感じていると想う。
『風』と言うと、冷たく吹き荒ぶイメージがつきものだけど、私と黒音と吸血鬼なピピ郎が、谷底へと到着した途端に風は止み……亜熱帯な気候さながらの蒸し暑いムッとした空気が、楓を含んだ私たち四人の周辺を取り巻き、押し寄せていた。
それに──
突如として私たちの目の前に現れたのは、学校の世界史の授業でも習った『アンコールワット』とでも言うような遺跡群で。
蔦の葉や蔓に巻かれて悠大にそびえ立っていたから……。
あたかも、異世界の迷宮みたいに。
私が、そんな風に想っていると──黒音の胸もとで、五芒星のペンダントが、光に反射して光っていた。
(あれ? 黒音……? あんなの、持ってたっけ……?)
吸血鬼なピピ郎は、楓の様子に安堵して、天を仰ぎながら上体を反らして、金色に輝く長い髪の毛を右手で掻き上げていた。
暑そうだけど、相変わらずのピピ郎の長袖白カッターシャツは、透けるような肌の胸もとが大きく開いてて……黒ズボンは、夏用みたいにサラッとした光沢を放っていた。
楓は、いつものネクタイにスーツ姿。
相変わらずだけど、たぶん、『常世道先案内相談員』としての楓の強い想いみたいなのが、楓の魂に反映されているんだって、感じられた……。
私は──
昔、修行の時に着てた白の道着姿に服装変化した。
道着って言っても中華服みたいな感じで、格闘ゲームの女の子キャラが良く着てるような感じの服装だ。
気合いが、入る。
イメージで、金色の龍の刺繍とかもドレスに入れてみた。
私の両手首に金色の腕輪が浮かび上がる。
(あ……。これ……)
想い出した。
よく、修行の時につけてた腕輪だ。
烈拳を打ち出す威力を上げるための装備だったけど……。
以前より然程、重みは感じられないけど、なんとなく安心感がある。
私の気持ちに応えて出て来てくれたのかな?
(よし……)
さっきまで凪いでいた蒸し暑い空気の中で、私のツインテールにした髪の毛が、頬を撫でるようにして、ヒンヤリとした風に揺れた……。
私の視線の先──
暗闇の大渓谷の様相から深い森林へと姿を様変わりさせたこの谷底に──ひっそりと佇む古代遺跡群。
その入り口付近に、茶色い岩肌をそのまま削り出して造られたような巨大な神の涅槃像が横たわっている……。
全長50メートルくらいはあるのだろうか……?
蔦の葉や蔓が絡まってて、深く緑が生い茂っている。
その巨大な神の涅槃像とも言える臍の部分が、暗い空洞みたいになってて、そこからヒンヤリとした冷たい空気──『風』が流れ出ている……。
ちょうど、高さ2メートルくらいの入り口みたいな場所。
遠目だけど、暗闇が奥へと続き……深く広がっているようにも感じられた。




