風……。
─夢葉視点─
「お、オオオオぉぉぉっ……!!」
私に口吻された楓が、唐突に雄叫びを上げながら、断崖絶壁の方へと、いきなり突っ走りだした。
「ちょ、楓!?」
「楓くん!?」
「主っ!?」
これには、私も黒音もピピ郎も、流石に目を見開いて驚いた。
「ダイブっ……!!」
この言葉を最後に──
断崖絶壁へと加速して、全力疾走した楓が、目にも止まらぬ速度で、大地を蹴り上げ、瞬く間に谷底へと飛翔した。
「オオオォォ……」
楓の雄叫びの声が、だんだん小さくなり、谷底の方へと吸い込まれてゆく……。
もちろん、私と黒音とピピ郎の三人は、谷底へと落ちてゆく楓から目が離せないまま、崖から身を乗り出して覗き込む。
大の字になって飛び降りた楓の姿が、黒い霧のようなモノで覆われた谷底の奥深くへと、小さく小さく吸い込まれてゆく……。
やがて、楓の姿も視えなくなり、声も聴こえなくなった。
(ダン……)
到着したようだ。
「グチャ……」じゃない「ダン……」だ。
静かに谷底へと響き渡った楓の地面との衝突音。
もちろん、楓は死んでないし、痛みだって感じて無いはず。
いや、どうなんだろ?
あ、でも、空から落ちた時も無傷だったし、目覚めた後は楓自身も「ケロッ」としてたし。
失神してなきゃ良いけど……。
痛みと恐怖は別だから。
とは言え、楓の様子が心配だ。
崖から楓が落下する様子を覗き込んでいた私と黒音とピピ郎の三人は、顔を見合わせて肯く。
ほぼ、三人同時に谷底へと飛び込んだ。
「楓ー!!」
「楓くーん!!」
「主ー!!」
私と黒音と吸血鬼なピピ郎が叫ぶ。
(ビュオオオォォォ……)
真下から突き上げるようにして、突風が吹き上げて来る。
『霊体』である私たちの身体にも作用している。落下しているせいじゃない。
現世じゃあ、風の影響なんて受けないのに。
(風の神様……?)
風に『霊力』が含まれている──
飛び降りながらも落ちるようにして、そんな風に想った。
そんな中、瞬く間に視界が奪われて、どんどん私の目の前が暗くなっていった。
視界0(ゼロ)なほどに。
(よく視えない……。黒くて濃い霧のせいだ……)
「夢葉! あそこ!!」
「主っ……!!」
私が、落下するように飛びながら、そんな風に考えていると──
同じように私と並んで飛ぶ黒音が、間近に迫る地面を指差して、倒れている楓をいち早く発見した。
吸血鬼なピピ郎は、背中から大きな黒い翼を出して、真下から突き上げるようにして吹く風を上手く制御して、素早く楓のもとへと降り立ち、叫んだ。
「主ー!! 大丈夫デスか!? 楓くん!!」
吸血鬼なピピ郎に抱きかかえられながらも、楓の反応は薄い。
気を失っている?
黒くて濃い霧の影響?
それとも、この『霊力』を含んだ風を受けたから?
私と黒音は、翼のある吸血鬼なピピ郎とは違って、断続的に真下から吹き上げて来る強風に煽られた。
身体感覚を崩されそうになる。
私と黒音は、どうにか身体を回転させて滑るようにして地面へと着地した。
「楓っ、くーん!!」
先に楓のもとへと到着した吸血鬼なピピ郎に続いて、黒音が私より先に楓へと駆け寄った。
(うっ……。また黒音に先を越された……。けど……)
楓の様子が気になりながらも、私は、この『風』の正体を突き止めたいと想った。
(この風は、操られているように感じるよ……)




