『名前』……。
─楓視点─
「おはようございます! 楓くん! 今日も絶好の芸術日和ですねぇー」
朝の青空のもと──
イケメン吸血鬼風なアレなこの男は、朝からご機嫌な様子である。
筆を執り、「キャンバス」に思う存分、油彩画が描かれている。
とは言え、男が直接、絵筆を握るのではなく……「キャンバス」に予め仕込んでおいた「異空間魔方陣」が、男の想いどおりに絵の具の色を選択して吸収して行くのである。
誰もいないのに、真っ白なキャンバスに、自動で浮かび上がって来る絵。
摩訶不思議な光景である……。
「おはよう……。朝から調子が良いようだな」
俺は男に、そう言って……。
まだ、男の『名前』を聴けていなかった事を思い出す。
──2度目の『浄霊指令』から今日で数日が、経つ。
俺と夢葉と黒音ちゃんは、この数日間、忙しくバタバタしていた。
と言うのも、俺と夢葉と黒音ちゃんが、2度目の『浄霊指令』を終え、この寺へと帰って来て早々──
会長の浄霊師仲間の一人が、ある『浄霊指令』中に倒れたとの訃報が、会長の寺の本堂に設置されてある『巨大画面』の方へと転送されて来たからだ。
幸い、今のところ、命には別状は無い様子だが、かなり『霊障』が酷いらしいとの事だった。
『霊障』というのは、いわゆる『霊』から受けた『呪い』みたいなものである。
言葉にするのも躊躇うほど、良くない。
つまり、『呪い』のせいで何らかの要因が突発的に生まれ、生命が危ぶまれると言う事だ。
会長の仲間も『浄霊師』であった事もあり、なんとか自力で『浄霊指令ポイント』から脱出し、命辛々(いのちからがら)逃げ帰ったようなのだが──
搬送先の病院で様態が思わしく無いため、急遽、ウチの会長が呼び出され、この寺の留守番を俺と夢葉と黒音ちゃんが、しなくてはならなかったからだ。
『結界』や『解呪』を得意とする会長。
会長のおかげで、その『浄霊師』仲間も命を取り留めた。
今は、様態も安定して、回復して来ているらしい。
そう言う理由で、会長の留守中の『結界』の維持及び、「お勤め」と称される儀式儀礼の数々……その他、事務手続きや、会長の管理する「お悩み霊サイト」の代行管理業務、等々。
それらをこなした上で、いつもの寺の掃除も、こなす。
「良くまあ、これだけの数の仕事をこなしていたものだ」と、感心するくらい、会長の留守中の代行業務に日々追われ、俺と夢葉と黒音ちゃんは、バタバタと忙しく駆け回って「グッタリ」としていた……。
実はこの数日、三人とも忙し過ぎて、寺の掃除までは手が回らなかった。
「疲れたよー! あぁ、疲れた! もう、無理!! 休憩っ!!」
流石の夢葉も、この寺の『結界』の維持に霊力を使い、巨大画面の設置された寺の本堂の床に「ゴロリ」と寝転んだ。
「だよね。夢葉。疲れたよねー。楓くん? 楓くんの中に入って、『霊力充電』シても良いかな?」
「賛成っ!! 楓の中に入って『霊力充電』シたら、『三位一体』の『憑依状態』になって、三人で残りの仕事もササーッとやっちゃえば良いじゃん!!」
(いや……。そうすると、俺だけ『霊的体力』が大幅に削られるから、俺としては、遠慮したい気持ちで一杯なのだが……)
俺の気持ちを他所に──
夢葉と黒音ちゃんが、俺の身体の中に入って来る。
(フフッ……。仕方ないな……)
俺は半分諦めて少しだけ笑い……聞き分けのない可愛い夢葉と黒音ちゃんを、懐へと呼び込み、座禅しながら瞑想を始めた……。
特に、お経が読めるわけでは無いが──
静かに目を閉じて、『三位一体』の『憑依状態』に集中する。
まるで、2度目の『浄霊指令』の時のように金色の紅い『霊力』に包まれている感覚が俺の全身を覆う。
俺の中で、無邪気に夢葉と黒音ちゃんが、遊んでいたようだが、やがて静かになり──俺も心地良くなって眠ってしまった。
(どれくらい眠ってしまったのだろう……?)
俺が眠りから覚めて目を開けると、イケメン吸血鬼な男の顔が、俺に口吻けでもするかのように、視界一杯に迫って来ていた──
「楓くん? 目が覚めたかね?」
「うわわっ!? な、何シてる!?」
「いえ……。お寺のお掃除が終わりましたので、ご報告に……と思ったのですが?」
「え!? あ、ありがとうっ!!」
俺は、この男に、心の中から感謝した。
しかし……。
(『名前』は、何て言うのだろう……?)
ずっと、気にはなっていた。
ここ数日の忙しさもあってか、聴く機会が無かった。
それでも、名前も知らないまま、このままずっと、このイケメン吸血鬼風なアレな男と過ごすのも……申し訳ない。
「そ、そうだ! 名前は? 名前は何て言うの?」
俺は、思い切ってドキドキしながら聴いてみたが、それはもう一つ──ある事が気になっていたからだ。
どうも、この男の顔立ちは、イケメンとは言え……明らかに日本人とは異なるからだ。
ヨーロッパ? イタリア系?
「私の名前ですか? フフッ……。いつ聴かれるかと待ってましたよ? 私の名前は、『アルフォンソ=ピッピストレーロ』!! 良い響きでしょ?」
「アルおんそっ? ピッピ、すとれぃろぉ?」
俺は上手く発音出来ずに、舌を噛みそうになる。
特に最後の「すとれぃろぉ」が、物凄い「巻き舌」で発音されている……。
俺には無理な発音だ。
(んー……。困った……。何て呼ぼうか……?)
──と、そこへ……。
「ワシじゃ!!」
寺の本堂に設置された巨大画面が、「ブン……」と不気味な音を立てたかと思うと──画面一杯に、会長と良く似た顔の夢葉の曾祖父さんの顔が、超至近距離で、いきなり映し出されていた。
「「「ひぃえぇぇ!?」」」
俺と、俺の中でさっきまで寛いでいた夢葉と黒音ちゃんが、驚いてそろって声を上げた。
俺の中で、夢葉と黒音ちゃんの胸が「たゆん─」と揺れたのを感じた──




