『駆け引き』と『取り引き』……。
─楓視点─
(ゴゴゴゴゴゴゴ……)
「ぐっ! ど、どうすれば……」
震動音……。
地震とも想えるほど、この廃墟ホテル全体が、揺れている。
俺の混乱した思考が止まらないように、この廃墟ホテル全体に及ぶ倒壊は、もはや止めようが無いほどの状態であるコトを俺は肌で感じる……。
もう、誰にも、どうするコトも出来ない。
黒音ちゃんの『転移能力』を使おうにも『幽霊名刺』が無ければ、ここに居る全員が会長の寺へと、無事帰還出来ない。
『幽霊名刺』は、市役所管財課の田中さんに預けてしまった。
『霊体』な存在である夢葉と黒音ちゃんの二人だけならば、『幽霊名刺』無しでも、黒音ちゃんの『転移能力』で瞬時に寺へと戻れるのだが……。
こう言ってしまうと何だが、黒音ちゃんの『転移能力』は、この世のモノには効果を波及させるコトが出来ない。
つまり、「人」や「物」をこの廃墟ホテルの「地下室」から運び出すコトが出来ないのである。
(南無三……!!)
どうするコトも出来ない俺は、歯を食いしばりながら……「ぎゅっ」と眼を閉じて祈る……。
瞼の裏側には、黙ったまま俯いた夢葉と黒音ちゃんの姿が浮かんだ……。
(万事休す……!!)
どうするコトも出来ない状況に、俺は立ち尽くす。
天を仰いでみても、ここは「地下室」。
暗闇が広がり、廃墟ホテルの倒壊を告げる「震動音」が、増すばかりである……。
「ククク……。諦めるのですか? 楓くん?」
暗闇の中、俺の目の前で小さく揺れる男の青白い魂の灯火が、「ぷかり」と、浮かんで笑う。
「このまま行けば、全員が助かる見込みは薄いですねぇ……。私の『能力』が及ばなくなった今、この『地下室』自体の耐久力も、上の建物の倒壊に如何ほど耐えられるか分かりませんしねぇ? まぁ、もっとも、『霊体』である私と夢葉さんと黒音さんにとっては関係の無い話です。既に肉体など無いですから!!」
俺は、絶望する。
後、数秒と持たない命。
『霊』になる瞬間の痛みや恐怖。
それよりも、生きている二人の女性を助けられなかった事。
『常世道先案内相談員』としての役割を無くしてしまう事。その使命が終わる事。
追い込まれた俺は、無意識だったのだろうか、咄嗟に男の魂へと詰め寄り……叫んでいた。
「おい! オッサン!! ここから、俺たちを出せっ!! 震動を止めろっ!! お前の『能力』で!!」
「おやおや? 楓くん? 随分と焦ってマスねぇ? これは脅迫ですか? 私は、どうなろうと構わないのですよ? しかしながら、私としても君を失うのは惜しい。フフフ……。ここは、ひとつ、私と取り引きをしませんか? 楓くん?」
小さく揺れる男の青白い魂は、不敵にも笑い、俺へと「取り引き」を持ちかけた。
「楓くん? オカシイと想いませんか? これだけの「震動音」にもかかわらず建物が倒壊しない。何故だと想います? それは、残り僅かな私の『能力』で支えているからデスよ? ククク……」
確かに、男の言う通りだ。
あれだけの震動音だ。おそらく、本来ならば既にペシャンコ。もしかしたら、この「地下室」ごと地盤沈下して崩れ去っていたのかも知れない……。
「楓……」
何かを決意したかのように、夢葉が俺を見つめて、そう呟いた。
「楓くん……」
黒音ちゃんが、諭すような瞳で俺の目を見て、そう言った。
「どうすれば良い……?」
俺は、男の魂へと詰め寄り……改めて問い掛けた。
脱出するための「転移術」については、会長の『能力』のコトも考えたが──、俺に『幽霊名刺』を会長が託した時点で、『遠隔霊力操作』で「転移術」を俺たちに施すのは無理だっただろう。
容易に「転移術」を『遠隔霊力操作』で会長が俺たちに施せるのなら、わざわざ『幽霊名刺』を最初から俺へと渡しはしなかったはずだ。
それに、この倒壊の状況の最中に、ようやく繋がった電波を頼りに会長にスマホで相談したとしても、時間が足りなさ過ぎる。
つまりは、俺の目の前で揺れる小さなこの男の魂の「取り引き」に応じ……「要求」を呑むしか無い。今は……。
「改めて聴く……。条件は、何だ?」
「ククク………。条件ですか? 楓くん? それは、とても簡単なコトです。ひとつは、貴方のもとで私に芸術を存分にさせるコト。ふたつめは、ククク……貴方と同じ『常世道先案内相談員』の「補佐役」として私を憑け従えるコト。みっつめは、夢葉さんと黒音さんの全回復シた『霊力』を私に分けて頂くコト。如何デス? 良い条件でしょう?」
夢葉と黒音ちゃんは、どう言うワケか、俺との『三位一体』の『憑依状態』の後、なぜか霊力が全回復シている。
それは、俺にも感じるコトが出来たし、霊力を失いつつある男にも、手に取るように直ぐに分かったコトだろう。
あれだけ、霊力を消費した夢葉と黒音ちゃんなのに……。
比べて俺は、かなりフラフラだ。
立っているのが、やっとと言うほどでも無いにせよ、かなり消耗している。
今すぐ眠りたいくらいだ。
ひとつめと、ふたつめの男の要求は……まあ、良いだろう。
俺としても、呑むコトは出来る。
しかし、問題は、みっつめだ。
夢葉と黒音ちゃんの『霊力』を分け与えた途端に、この男が裏切るかも知れない。
そうなれば、どうしようも無い。
しかしながら、この男の魂も風前の灯火。
この建物の倒壊も、さることながら……いずれ放っておけば、この男の魂自体も消滅しそうだ。
なぜなら、俺と夢葉と黒音ちゃんの『三位一体』の『憑依状態』での攻撃を受け、尚も浄化の力に男の魂が浸食され続けているからだ。
信じるしか無い……。
もしもの時は……。
もう一度、俺と夢葉と黒音ちゃんの『三位一体』の『憑依状態』で、まだ息のある二人の女性を抱えて、突破脱出するしか無い。
『霊力』を消費し過ぎた俺と夢葉と黒音ちゃんが、どうなるかは分からないが……。
いや、おそらく、消滅する。三人とも……。
(時間が、無い……)
俺は、心の中で、そう呟く……。
一度目は、『三位一体』の『憑依状態』での激しい「霊力戦闘」における『時間制限』。
二度目は、今。
『魂の契約』を交わそうにも時間が無い。
俺と男の魂の駆け引きの瀬戸際に……。
二度目の『時間制限』が迫って来ていた──




