終焉……。
─楓視点─
暗闇の中──
小さく揺らめく男の青白い魂が、紅く金色に光輝く夢葉になった俺の足もとで、頼りない灯火の影を落としていた。
俺と夢葉と黒音ちゃんの『三位一体』の『憑依状態』が解け、夢葉と黒音ちゃんが、俺の中から元の秘書課主任秘書の正装姿で出て来た。
「たゆん」──
俺は、夢葉と黒音ちゃんの、いつもの「たゆんたゆん」な姿に限りなく安堵する。
やがて、「紅い金色の光」が消えて……辺りは一層、より濃い暗闇に包まれた。
「終わったんだ……」
俺は、ようやく胸を撫で下ろし、そう呟く。
と、俺は、自身が「トランクス」さえ履けていない「裸」であったコトを想い出す。
「あー!!」
俺は叫びながら、暗闇の最中、俺の装備品が落ちていた辺りへと駆け寄り、トランクスを拾い上げ……急所専用プロテクター、シャツに鎖かたびら、スーツ、ゴーグル、ヘルメット──
と、次々と装着してゆくが、暗くて良く視えないせいか上手く出来ない。
俺の背後から、「クスクス」と笑い声が聴こえる。
夢葉に黒音ちゃんだ。
俺も何だか可笑しくなり、「フフ……」と笑う。
(まあ、良いか……)
落としていた装備品は回収したし、俺は今回は使うコトの無かった携帯用超大型バッテリーをゆっくり背負いながら、右手に怪しい電極の付いた長い金属棒を握る。
最後に、画面の割れたスマホをなんとか探し出し、手にして見つめる。
「会長……」
別に、会長に何かあったワケではないが、この度の一連の出来事を振り返り、なんだか気持ちが黄昏気分? とでも言うのだろうか、切ないような寂しいような、悲しいような……そんな気分になる。
(きっと、外は真っ暗で夜の帳が降りている……)
2回目の『浄霊指令』を、なんとかやり終えるコトが出来たけれど、寂しさのような感情が残った。
振り返ると、暗闇の中に残された男の青白い魂の灯火が、小さく揺らめきながら、夢葉と黒音ちゃんの足もとを照らしていた……。
「どうすんの? 夢葉? コレ」
「うーん。どうする?って言われても困るよ、黒音……」
夢葉と黒音ちゃんが、暗闇の中で青白く小さく揺らめく男の魂を前にして、何やら困っている様子だ。
それは、そうだ。
最初の『浄霊指令』の時のように、強制的に成仏させてしまうのも、後味が悪い。
あの時は、『幽霊名刺』の不可抗力的な能力が働いて、仕方が無かったが……。
男の小さな青白い魂には、もはや『霊力』ほどのモノは感じられない。
俺は、スーツ姿で「カツン……カツン……」と靴音を響かせながら、男の魂へと近づいた。
「どうしたい? 話を聴こう……」
暗闇の中、俺の台詞が、スパイ映画のエージェントみたいに響いた。
しかしながら、何が起きるか分からない。
『浄霊指令』は、最後まで何が起こるか分からないため、やはり俺は気を引き締め直して、怪しい電極の付いた長い金属棒を、男の小さく揺らめく青白い魂へと、寸止めギリギリの真際まで近づけた。
(ジジジ……)
時折、「パチ!」と火花を散らして、長い金属棒の先端に取り付けられた電極から、青白い電流のようなモノが光り、放電されているのが分かる。
会長からも説明されていたが、この怪しい金属棒全体に、青白い電流のようなモノを纏わせるコトも可能だ。
さながら、映画やアニメでも見た光を主体とした未来の剣、「光剣」のようなモノにもなる。
だが、今は、それは止めておく。
「どうしたいと、聴いているんだが?」
改めて、怪しい電流が流れる金属棒を突きつけて、男の青白く揺らめく小さな魂に、もう一度聴く。
俺は、「自分のキャラに合わないなー」と想いながらも、ちょっとだけ威圧的に、この台詞を吐いた。
しかしながら、「安らかに」「成仏してもらう」コトを目的に『常世道先案内相談員』として、この心霊廃墟ホテルに派遣されて来た俺だが……。
なんだか、こちら側から「成仏」「させる」のは、トドメを刺すようで後味が悪い。
そもそも、「成仏」なんてのは、自らが望んで天に召されるモノでは無いのか?
などと、想ってしまう……。
俺の決心が、揺らぐ──
が、俺は、ひとつのコトに気がつく。
こんな風に俺に想わせるというコトは、男の魂の浄化が進んでいるのかも知れない。
(けど、気が抜けない……)
俺は改めて、そう思い直して、頼り無く揺れる小さな男の魂の返答を待った。
そこへ、黒音ちゃんが「たゆん─」と胸もとを揺らして俺へと近づき、あるコトを囁いた。
「なんか忘れてない? 楓くん?」
黒音ちゃんが、そう囁くと、夢葉も「たゆん─」と俺へと近づき、そっと耳もとで囁いた。
「女のコ……」
「あー!!」
そう叫んだ俺は、生きている女の娘たち二人のコトを想い出した。
(忘れていた……)
そうだ……。
確か、この部屋の何処かで、二人の女の娘たちが、倒れているはずだ。
言い訳するなら、さっきまでの戦闘で、敵であるこの男にばかり、気を取られていた。
敵の男よりも、今は二人の女の娘たちの救出が、先。
「霊力」もさほど感じられなくなった男のコトは、夢葉と黒音ちゃんに任せる。
俺は、「失踪事件」で消えたはずの倒れている二人の女の娘たちのもとへと急ぐ。
が、暗くて分かりづらい。
(そうだ……。ゴーグル……)
俺は、改めて装着したゴーグルを「暗視カメラ」に切り換えて探し出す。
(いた……)
俺は、見つけた二人の女の娘たちのもとへと、駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!?」
俺は二人の女の娘たちに声を掛け……確認すると、二人とも息はしており、眠っている様子だった。
しかしながら、二人とも裸で痩せ細っている。
息はしているが、脱水症状など起こしていないか心配だ。
とりあえず、俺は着ていた服を脱ぎ、スーツとカッターシャツと綿の白シャツを、それぞれ保温も兼ねて、二人に掛けておく……。
しかしながら、倒れている二人の女の娘たちを俺一人で運び出すのは、無理がある。
夢葉も物体に触れられる能力はあるが、「三位一体」の「憑依状態」が解けてしまった今は、例え夢葉であっても不可能だと想われる……。
俺は、手にした画面の割れたスマホを確認したが、割れているのは画面だけで、通話機能は大丈夫なようだった。
敵だった男の「能力」もほとんど無くなったせいか、地下室ながらも電波が届き、なんとか通話可能な状態。
会長の声も聴きたかったが、なんせ会長の寺からこの廃墟ホテルまでは、車で6時間強と離れ過ぎている。
俺は、外に待機している市役所管財課の田中さんへと連絡するコトにした。
(プルルルル……。ガチャ……)
「あ、もしもし? 『叶グループ常世道先案内相談員』の川岸楓です。あ、無事終わりました。えぇ……。その事なんですが、失踪していた二人の女性も発見致しまして、パトカーと救急車を──」
俺が市役所管財課の田中さんと話をし、事件も絡んでいるコトから、パトカーと救急車の要請を依頼している最中──
何やら、この地下室まで響くような震動音がした……。
(ゴゴゴゴゴゴゴ……)
「じ、地震っ……!?」
そう叫んだ俺の後に、敵だった男の小さな魂から震えるような声が聴こえた……。
「フフフ……。直に、この建物は倒壊しますよ……? 楓くん……」
「なっ!?」
俺は、慌てて、スマホに口を当て、市役所管財課の田中さんへと叫んだ──
「救急車とパトカーと消防車っ!! 救急車とパトカーと消防車をっ!! お願いします!! ホテルが倒壊しますっ!! 田中さんも避難して下さいっ!!」




