敵(ターゲット)……。
「ふむぅ……。どうやら、敵さんの負のオーラに、ワシら全員、取り囲まれてしもうとるようじゃの……」
ハンズフリーにしておいた俺のスマホから会長の声が聴こえて来る。
「会長っ!! 黒音ちゃんはっ!? 黒音ちゃんは今、何処にいるんですかっ!?」
「落ち着け。楓くん。黒音ちゃんの本気モード『呪いの力』発動は凄まじい。黒音ちゃんは、ワシらの目の前から消えはしたが、まだ敵さんにヤラレたワケでは無いじゃろて……。しかしながら、ワシも楓くんのゴーグルを通じて遠隔霊力操作で視ておるのじゃが、黒音ちゃんの所在はまだ掴めておらん」
ハンズフリーにした俺のスマホから会長の声だけが響く……。
日が落ちたせいで、夕方から夜になり、いよいよ敵さんに有利な展開になって来た。
俺たちは、完全に不利ってワケだ。
暗闇が支配する心霊廃墟ホテル内部で、俺のヘルメットのヘッドライトだけでは一部しか照らせず、周囲全体を見渡せない。
黒音ちゃんの言ってた、敵の「転移用」の『呪い』も壁に複数描かれているワケだし、いつ何処から敵が襲って来るか、分からない……。
「楓くん。ゴーグルを『暗視カメラ』に切り変えてくれんか?」
ハンズフリーにしておいた俺のスマホから会長の声が聴こえる。
会長の指示どおり、ゴーグルのフレーム横にある小さな電源を2度押しすると、ゴーグル内の視覚が、暗視カメラのように切り変わり、さっきまでの暗闇が昼間のように明るく視える。
と……。
さっきから、夢葉の声が聴こえ無い。
気配すら感じられ無い。
全身に鳥肌が、立ち……俺は身震いする。
「か、会長……。夢葉が、夢葉が、いません……」
絶望の闇が広がり、俺は身動きひとつとれない。
「な、なにっ!? すまぬ、楓くん。楓くんとの会話の遣り取りに気をとられ、夢葉までも……。えぇぃっ!! 大丈夫じゃ!! 夢葉とて、まだヤラレとらんわいっ!! なんせ、ワシの孫っ!! 大丈夫じゃ!!」
根拠の無い会長の発言だが、今は会長を信じるしか無い。
それと、消えてしまった黒音ちゃんと夢葉のことも……。
ハンズフリーにした俺のスマホから聴こえる会長の声は、今の俺にとって唯一の希望の光だ。
祈るような気持ちだ……。
ガタガタと震えながら、黒音ちゃんと夢葉の無事を必死で祈る。
けれども、時間は待ってはくれない。
向かう先は、ひとつ。
地下室だ──
「楓くんや。しばし待ってはくれんかの? ワシの画面の方で、地下室への道を探索するから、今からワシの言うとおりに進んでくれんかの?」
ハンズフリーの俺のスマホから会長の声が聴こえる。
画面越しにコチラの様子を視ている会長。
会長の誘導に従って、俺は「地下室」へのルートを歩みながらも、黒音ちゃんと夢葉の無事を必死に祈りつつ、女性失踪事件との関連性を考えていた。
──敵は、若い「女性」に固執シている。
なので、男である俺には興味が無い?
『未練』や『執着心』がアレな存在を、この世にとどまらせる『原動力』になっているのなら──
興味が持て無い『男の俺』に対しては、『呪い』を発動させる『力』が100%発揮できずに、弱まる。
結果的に、敵が壁に描いた『呪いの模様』に、俺を引きずり込むコトが出来なかったのではないだろうか?
楽観的過ぎるだろうか……?
だが、もし、俺が、若い女性だったならと思うと、「ゾッ」とする。
あるいは、もし、敵がより凶悪で、男女問わず『命を獲る』ことにだけ固執していたのなら……。
しかしながら、失踪した女性たちが、その先、どうなったのかまでは、俺には分からない……。
やはり、黒音ちゃんと夢葉のことが、心配だ。
と、その時一瞬、足場の悪い床に散乱したガラクタや木の枝に、あわや足もとを取られ、俺は転倒しそうになった。
「!? ふぅ……。危ない、危ない……。気をつけないと」
俺は、スーツ姿だが、会長から支給された登山用の安全靴を履いている。
敵襲ではなく、自分のただの不注意に少し安堵する。
ゴーグル内の「暗視カメラ」を注意深く覗き込みながら、画面から指示を出す会長の誘導に従い、俺は「地下室」へと降りる「階段」を探し当てた。
ハンズフリーにした俺のスマホから会長の声が聴こえる。
「ワシじゃ! 楓くん! 分かっているとは思うが、いよいよ敵さんの本陣じゃ! 夢葉と黒音ちゃんが、敵さんに引きずり込まれた事から、敵さんには異空間転移能力がある! そして、おそらく夢葉と黒音ちゃんも、そこにおる!!」
「……!? そ、そうですか! 会長……!! よ、良かった……」
「うむ! どうも、夢葉と黒音ちゃんは、敵さんの創り出した『異空間』にとらわれているようじゃ! 分かりにくいが、微弱ながらも二人の『霊力』が感じられるぞいっ!!」
「分かりました……!! 心して臨みます!!」
一歩、一歩。
夢葉と黒音ちゃんの「生存報告」を会長から聴き、俺は本当に安堵する。
だが、黒音ちゃんも夢葉も、まだ敵の手の中。
俺は、「地下室」までの階段を一歩一歩、注意深く降りながら考える──
敵は、生きている若い女性や、アレな夢葉や黒音ちゃんを捕獲出来るほどの、なにがしかの能力を持っている。
しかしながら、瞬間的に致命傷を俺に与えられるほどの瞬発力は、持ってはいなかった……。
もし、致命傷を俺に与えられるほどの瞬発力を、敵が持っていたのなら、とっくに俺はヤラレていたんじゃないのか?
死傷者が今まで出ていないことを考えてみても、敵には、そこまでの『力』は無いものと考えたい。
そして、「失踪」という敵の『力の誇示』の仕方からも、そのように判断出来る。
敵は、「転移用」の『呪い』を床や壁などの物体に描くコトで、遠隔操作能力で物や人を取り込んだり、自身を転移させて空間を移動させるコトには自信があるようだ……。
しかし、敵本体は、至近距離における接近戦では、さほどの破壊力は持っておらず、あまり自信が無いんじゃないだろうか……?
……そう思いたい。
敵が、夢葉のように直接物や人に触れられる条件は、敵自身の描いた『呪いの模様』に近づいたものだけ。
臆病者だ──
俺と同じ……。
俺は、暗闇の中へと沈み込む「地下室」へと降りる階段を降りながら、敵を討伐する事だけに意識を集中させていた。
夢葉と黒音ちゃんを救出するために……。




