潜入……。
─楓視点─
『立ち入り禁止』と書かれた鉄柵の扉を開けて、数歩。
俺に夢葉と黒音ちゃん。それに市役所管財課の田中さんとともに、心霊廃墟ホテルの敷地内に潜入した……。
「アハ! 敵さん、下手クソだねー。隠れるの。一見、気配が無いようにも感じられるけど、地下室があるのかな? そこからビンビン感じるよ? ね? 夢葉?」
「そだね。黒音。けど、なんか敵さん? こっちに早く来いって、わざと負のオーラを放出して、誘い込んでいるようにも想えるよ。威嚇してるようにも感じるから、霊感のある普通の人なら、こりゃ行けないよねー……」
確かに、ドギツイ。
早くも、地下室に潜伏していると悟られ、黒音ちゃんに「敵認定」されている今回のアレな存在。
夢葉の言うように、霊感のある人なら、これ以上は進めないだろう。
俺は、着込んでいる鎖かたびらや装備品に、会長の祈りが込められているのか、結界のようなもので守られているのを感じる。
確かに「ドギツイ」とは感じられるものの、防護服で身を守られているような感覚で、俺は、まだ進むコトが出来る。
とは言え、「立ち入り禁止」の鉄柵の扉を開けて、敷地内に潜入したばかりだ。
霊感は無いにしても、一般人である田中さんのコトが急に気がかりになり、心配になる。
「あ、田中さん? ここからは、僕たちだけで大丈夫ですから、田中さんは車に戻って避難しておいてください」
「え? ひ、避難?」
「えぇ……。どうも建物の中の様子が、あまりよろしく無いのです。なので、さっき渡しました僕の名刺を肌身離さず持っていてください」
「わ、分かりました……」
そそくさと、公用車へと戻る田中さん。
これで、少しは安心して調査を始められる。
さっき、心霊廃墟ホテルに潜入する前に、ハンズフリーにしておいた俺のスマホを勝手に会長が切ってしまったので、もう一度、会長と通話出来るように、電話をかけ直す。
「会長っ……!!」
「やぁ、スマンの! 楓くん! つい、ノリと勢いで、電話を切ってしまったわいっ! こっちからは、楓くんのゴーグルを通じて、巨大画面で視えておるよー!!」
何とも明るい。
会長……。
御年、いくつだ?
流石は、夢葉のお爺ちゃんと言ったところか……。
心霊廃墟ホテルとは言え、もとはラブホテルで、洋館のような造りになっている。
「ギギギ……」と、開きにくい扉を開けると、中から冷たい空気が漏れ出て来る。
入り口に入ると、ガラクタや物に混じって枯れ葉や木の枝が床に散乱している。
日が、ほぼ沈みかけており、建物の中は、ほとんど真っ暗。
アレな存在もそうだが、普通に怪我しても危ないので、俺はピンクのヘルメットに付いているヘッドライトを点灯させる。
かなり明るい……。
約10分ほどかけて足もとに注意して歩き、各部屋から廊下と階段を視て回ったが、どの場所にも特徴的な不気味な絵画が飾られており、なぜか、それだけは床に落ちていない。
これだけ物が倒れたり、散乱しているのに。
どれも、苦悶の表情を浮かべる若い女性をモチーフにした絵で、なんとも気味が悪い。
それと、落書きだ。
普通、こういう場所では、スプレーで文字や変な絵が書かれているコトが多いが、何かの幾何学的な模様なのだろうか?
不気味さと、おぞましさしか、伝わって来ない。
直感的に、触れてはイケないと、すぐに感じる。
「あー。これは、敵さんの『呪い』だねー。あえて、触れてみる? わざわざ敵さんの居る地下室に行くのも、面倒だし。転移系の『呪い』だね? 触ってみよっかなー?」
黒音ちゃんが、そう言うと、夢葉が反対した。
「やめときなよ! 黒音! どこ飛ばされるか分かんないし! 帰って来れなくなるよ!」
夢葉が、そう言うと──
『呪い』と想われる壁に描かれた何かの幾何学的模様の中から、「真っ黒い腕」のようなものがのびて、つかまれた黒音ちゃんが、一瞬の内に、壁の中に吸い込まれ消えて行った。
「黒音っ!!」
「黒音ちゃんっ!?」
俺と夢葉の叫び声の後には、得体の知れない暗闇が広がり、吹き込んで来た隙間風に床に散乱した物が「カタカタ」と音を立てているだけだった──




