夕闇の時……。
─楓視点─
辺りはまだ明るいが日は沈みかけており、俺たちが到着した時には、軽トラ車内のデジタル置き時計が『16:00』ちょうどを刻み、黄緑色の蛍光色を灯していた。
俺は来る前に調べていたのだが、ここは全国的にもけっこう有名な心霊廃墟ホテル。
いわゆる心霊スポットとして、タレントや芸能人が潜入し、何度かテレビカメラが入った場所だ。
もともとはラブホテルだったようだが、良くないことに、廃墟となってから若い女性が失踪する事件が最近になって頻繁に起こっている。
そんなコトは、会長から、ひと言も聴かされていない。
毎度まいど、溜め息をつきたくなる……。
市から委託された解体業者は、幸い全員男性だったため、大事には至らなかったようだ。
軽トラを道路脇に停めると、一人の男性が立っていた。
メガネにネクタイ、スーツ姿の男。
どうやら、市役所管財課の田中さんのようだ──
俺は軽トラを降りる前に、会長から譲り受けた目出し帽をかぶり、ピンク色のゴーグルを装着する。
そして、フレーム横の小さな電源を押し、会長とオンラインで繋がるようにセッティングした。
もちろん、ピンク色のヘルメットを、人前であろうとはばからず、躊躇いも無くかぶる。
なぜ、ピンク色なのかは分からないが、初めての『浄霊指令』の時のように何が起こるか分からないので、恥ずかしがっている場合ではない。
鎖かたびらは、スーツの下に予め着込んである。
重苦しい……。
ピンマイクをネクタイに付け、スマホをハンズフリーな状態にするとともに音量を最大に上げ、会長に連絡するために、ひとまず軽トラを降りて……俺はドアを閉めた。
軽トラの中では、まだ夢葉と黒音ちゃんが、最新ランキング曲とアニメ曲を聴きながら、リラックスして寛いでいる。
「あ、もしもし? 会長? 今、着きました。えぇ。よろしくお願いします」
「あ、楓くんや? ワシ、ひとつ楓くんに言い忘れたコトがあっての? 実は、最近になってその場所で若い女性が──」
「知ってます。失踪したんでしょ?」
「あぁ、そうじゃ、そうじゃ! 楓くん。しっかり頼むっ!! 気をつけてなっ!!」
会長……。
しっかりしてくれ……。
俺は会長の建てた老人ホームのもと職員だったが、
会長の物忘れが、ヒドくなれば、会長が建てた老人ホームに会長自身が入らなくてはならなくなる……。
今後のコトも踏まえ、そんなコトは是非とも避けてもらいたい。
会長の物忘れを危惧しながらも、俺は軽トラの荷台に積まれた重たい携帯用超大型バッテリーを素早く背負い、電極が先端部に取り付けられた怪しくも長い金属棒を右手にしっかりと持ち、握りしめる。
ちなみに、バッテリーと金属棒は、太いワイヤーのようなモノで、つながっている。
ランキング曲とアニメ曲でノリにノッていた夢葉と黒音ちゃんではあったが──
俺は、市役所管財課の田中さんと話をするため、再び軽トラのドアを開けて、やむなく音量を小さく絞る。
いよいよか……。
緊張感が、俺を襲う。
「もー! 楓! まだ、良いじゃん! もうちょっと聴いてたいのにー! あ……。楓? 緊張シてる? ごめん……」
「楓くん、緊張してるね? 私が、癒シてアゲるよ? もう一人の楓くんに触っても良いかな……」
ここまで俺に憑いて来てくれた夢葉と黒音ちゃんの二人に、俺は精一杯の笑顔をおくり、無言で「コクリ」と、うなずき、歩み出す。
さあ……。
いざっ!!
日が沈みかけた夕闇の中、市役所管財課の田中さんと話をするため、一歩一歩……緊張の時が近づく。




