魂(タマシイ)の契約……3。
暗い闇の世界──
これは、楓の魂の世界なのだろうか……。
私は、楓の魂の世界に入って、あるコトを想い出す。
(さっき楓に口吻した時、楓に名前を告げていない……)
私の苗字と名前は、一度、楓には伝えてある。
でも、黒音の言う悪魔的儀式な魂の契約……には、『口吻』する時に『名前』の交換が必要。
楓の魂の世界──
私の目の前には、どこまでも……闇ばかりが、広がる。
けれど、ずっと、私の目の前の遥か先。
青白い仄かな光が、人魂のように、頼り無く灯っては揺れている……。
(楓だ──)
静かに闇の中で揺れる青白い光を見ながら、私は、そう直感する。
黒い闇の泉のような場所に浮かぶ静かな『ソレ』──
どこまでも、半透明に青白く揺らめく『ソレ』は、やがて一人の人のカタチを形作る。
ボンヤリと……。
だんだん……。
光が、楓になってゆく。
生まれたままの姿……で。
「夢葉……?」
まだ、目覚めたばかりの頼りない楓の意識。
視線も、虚ろに──
楓のようなカタチをした『ソレ』が、目の前にいる私を探して呼んだ。
「そうだよ。楓。私だよ? 夢葉……。『叶夢葉』」
(キーン……──)
耳鳴りのような金属音が弾けたような音がする。
普段、聴き慣れない聴きとれない音のようなナニカ。
虚ろだった楓の目は、確かに私へと視線を向けて、こう言った──
「夢葉? いるの? 夢葉……。楓。僕の名前は、楓……。夢葉? 僕は……『川岸楓』だよ……」
(キーン……──)
二度目の金属音のようなナニカが弾けて、私の耳の奥深くにまで鳴り響く。
楓が、そう言った瞬間──
深い闇に覆われた私の身体が、光輝いた。
キラキラと光る星のような青白い粒が、だんだんと、私になってゆく。
私の視界には闇ばかりが広がるけれど、その先には生まれたままの姿の青白く光輝く楓がいて──
さっきまで、視覚だけだった私に身体が与えられる。
私になる──
導かれるように、そっと楓へと近づく。
まるで、湖の水面を歩いているかのようだ……。
私の裸と楓の裸が、水面に映る──
闇の中の青白い輝き。
ユラユラと揺らめくような視線を楓が私に、私が楓に向ける。
結ばれるようにして、私と楓の指も手もあわさり……重なりあう。
まるで、肉体を再び得たかのような柔らかな温かさ。
体温のぬくもりや、心臓の鼓動さえも感じる……。
楓の……。
私の……。
「川岸……楓」
「叶……夢葉」
お互いが、お互いの『名前』を呼びあう。
吸い寄せられるように──
私の口唇と楓の口唇が、重なりあって……何か、私と楓が、ヘソの緒でもつながっているかのように、ナニカが、着実に私と楓の身体の中に流れあう。
裸の私と裸の楓……重なりあう。
宇宙になる──
どこまでも、溶けあって……それは、どこまでも、どこまでも──
眠りから醒めないように深く混沌として、まるで、眠りに落ちてゆく楓の深い意識の泉へと、私の意識が身体ごと沈み込んでゆくようだった。
私は、眠りについた──
黒音の声も聴こえない……。
楓の声……も。
「たゆん──」と揺れる私の胸の中に、まるで私自身が落ちてゆくかのようだった。