浄霊……。
「あのう……。ここじゃ何ですから、上でお話でも……」
俺は、公衆トイレとは言え、共用スペースの車椅子用トイレで、ご婦人と小さな女の子の身の上話を聴くのも何だからと想い、真上にある高速道路バス停の待合室へと、二人を誘導した。
俺を先頭に……。
ご婦人、小さな女の子、夢葉、黒音ちゃんの順に並んで、高速道路バス停に昇る階段を登る。
俺以外は、さしものアレな皆さんたちだから「スー……」と、エスカレーターに乗るようにして登って来る。
一瞬、俺の背筋が「ぞくっ」と、する。
しかしながら、常世道先案内相談員の俺だ。
たじろぎ、怯むワケにはいかない。
「丑三時」。
真夜中の高速道路バス停の待合室とは言え、日没後から、コンビニの明かりのように、淡いオレンジ色の電球が絶えず点いている。
誰もいない。
目の前の高速道路にだって、ほとんど車が走らない。
「シン……」と、している。
俺は、寒さを堪えながらも、冷たい待合室のプラスチック製の椅子に座る。
ちょうど、五つの椅子が連なっており、夢葉、俺、ご婦人、女の子、黒音ちゃんの順に並んで座る。
いざと言う時の守りのために、俺の右手側隣に夢葉。
離れてはいるが、アレなお相手さん二人を挟み込むようにして、一番奥の左端に黒音ちゃんが、座る。
黒音ちゃんが、ご婦人と小さな女の子を挟んで俺から一番遠く離れているのは、悪魔的契約を俺と交わした黒音ちゃん本体が、俺の中にいつでも常にいて、俺のすぐ側にすぐさま『出て来てくれる』と、俺が信じて疑わないからだ。
挟み撃ち。
特に臨戦態勢をとっているワケではないが、何が起こるか分からない。
念には念を。
俺、夢葉、黒音ちゃんは、無意識下で知らずの内に、息の合った三人パーティーの連携を『初浄霊指令』の最中、とりあっていた。
「あのう……。すみません。お名前は?」
俺は、とりあえず、ご婦人のお名前を改めて尋ねることにした。
「う、うぅっ……!!」
ご婦人の美しいお顔が、
まるでゾンビのように、ダラダラと、たちどころに崩れてゆく。
「ひ、ひぇっ!!」
もはや、ご婦人の顔が見られない俺。
「楓!!」
俺を背にして、庇うように俺のすぐ目の前に立ちはだかる夢葉。
目の前のご婦人だったモノが、ゾンビを通り越して白骨化している。
ご婦人のすぐ側にいた小さな女の子ですら、俺の決して見たくはないモノへと腐乱してゆく。
「ふふふ……。お命までは獲りませんよ? 川岸さん? 少々、分けていただくだけです」
ご婦人だったモノが、俺の苗字を呼んだとたんに、俺の身体の動きが鈍くなってゆく。
まるで、スローモーションのように。
俺は流石に、いきなり戦闘は想定していなかった。
なんせ、レベル『1』だ。
会長が、いきなりレベル『1』な俺たちに危ないヤツをぶつけて来るワケは無いし。そう想っていたんだが……。
単なるお悩み相談で今回は終わるかと想っていたんだが、違っていた。
俺が甘かった。
完全に、俺の動きが金縛りのように封じられたワケではないが、よくある異世界のステータス異常のように、俺の思考速度も身体の動きも鈍くなってゆ……く。
そ、そういや、そんな呪文……異世界にあった……な?
次の戦闘態勢まで……めちゃくちゃ時間……かかるヤツ……。
「ふふふ……。川岸さん? 下のお名前も読ませていただきますね?」
白骨化しているご婦人だったモノが、『幽霊名刺』に書かれた俺の下の名前を詠みあげようとすると、「バチ!」と小さな雷のような放電現象が大気中に起こり、煙とともに『幽霊名刺』を手放した。
「くっ!!」
白骨化しているご婦人だったモノが『幽霊名刺』を放電現象とともに手放してしまった自身の左手を庇う。
その隙に黒音ちゃんが、『幽霊名刺』を地面から拾い上げようとした瞬間──
「わたさない」
信じられないことに、もうすでに『幽霊名刺』を腐乱した手で持っている小さな女の子。
俺は、その子の顔をやはり未だに直視出来ない。
と、俺の思考速度が、いつもの感じに戻って来ているのを感じる。
さっきまで、かなりのスローモーションに感じていた俺の身体の動きも、いつの間にか、いつもの感じに戻って来ている。
会長の作った『幽霊名刺』が、白い煙を上げたのと同時に、腐乱した女の子の指の先端部分が溶けて蒸発してゆくのが、俺の目に見えた。
隣にいた白骨化しているご婦人だったモノの『幽霊名刺』を持っていた左腕の半分以上が、すでに蒸発して消えてなくなりかけている。
どうやら、会長の作った『幽霊名刺』は、強制的にアレを浄霊浄化してしまう感知式の仏具のようだ。
度を超えた危険過ぎる負のオーラを放つ凶悪なアレが、俺の名前を詠みあげようとすると、容赦なく浄霊効果を自動で発動させる。
単に悪意のない無害なアレには幸せと安らぎを与え浄化させるのだろう。
けれども、問答無用で容赦なく襲いかかる凶悪なアレには、それこそ問答無用で容赦なく強制浄霊する。
しかし、どこか、淋しさも感じる俺。
お互いに話す余地は、無かったのか?
俺だって、会長から任命されて、常世道先案内相談員になったばかりなんだ。
なにがしかの手助けはするし、アレな皆さんの力にもなりたい。
おこがましいのか?
「ぐああぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」
恐ろしい、まさに断末魔と言うべき、叫び声。
白骨化していたご婦人と腐乱した小さな女の子。
何が目的で、生ける者たちの生命力を奪い取ると言うのだろう。
命までは獲らないとは言ったが、確実に寿命は吸い取られているはずだ。
生かさず、殺さず。
推測だが、マーキングでもして呪詛し、ゆっくりと何人もの生命力を奪い取り、吸い上げるとでも言うのか?
しかしながら、今となっては、問いかけることも出来ない。
もとより、今回の相手は聴く耳もまったく持たず、名前すら明かさなかった。
黒音ちゃんの言ってた悪魔的儀式と名前の交換は、やはり大きな意味と関係があるのだろうか。
呪文のような効果を相手に及ばせるためか?
とにかく、俺の憶測の域を出ない。
それよりも、もう、取り返しのつかないほどに、浄化され消えゆく、ご婦人と小さな女の子。
果たして、これで、良かったのだろうか?
疑問と、わだかまりが、心に残る。
「はい。終了ー。お疲れっ! 楓くん? なんか、あっけなかったね?」
「お疲れさま。楓……。なんか、淋しいね」
割り切ってる感のある黒音ちゃんが、先に俺に声をかけ「カラン」と地面に落ちた『幽霊名刺』を拾い上げた。
その後で、割り切れない感ただよう夢葉が、俯いて、一人つぶやいた。
「たゆん」……。
俺の目の前に揺れる二人の「たゆんたゆん」だけが、今の俺には希望の光だった。




