開けてはイケない……。
「オープン!! さあ、楓!! 頑張って!!」
「オープン!! 楓くん!! ファイっ!!」
な、何を言うのか、夢葉に黒音ちゃん……。
『扉の向こうには何かがいる』とは、某有名妖怪アニメの次回予告編で、いつも主人公さんが、言ってた台詞じゃあないかっ!!
いる。
確実に、いる……。
俺の全身を鳥肌と寒イボが覆う。
いや。
真夜中の高速道路バス停は寒く、ほとんど何も無い周辺は、まだ雪が降り積もっていて、俺の吐く息だって白い。
俺の後ろ側へと続く山道が暗く、不気味だ。
トンネル内の蛍光灯の白い灯りと、自動で点いたり消えたりするトイレ内部の明かり。
もはや、俺が開ける前から、共用スペースの車椅子用のトイレの明かりが、ナニかに反応して、既に灯っているではないか。
い、一体、な、何に反応している?
言わずもがな……あぁ、言わずもがな。
俺よ。答えないでくれ、俺。
ものすごく開けたく無い。
普段の俺なら、絶対開けない。
俺は、右腕に巻かれたデジタル電波腕時計を見る。
午前『02:15』と、表示されている。
始まった? あぁ、始まった。始まりましたよ?
『丑三時』だ。
泣く泣く震える手に力を込めてトイレのドアノブを頼りなく握りしめる俺。
仕事だ。あぁ、これは仕事なのだ──
薄れゆく意識の中で、しっかりせねばと想う俺。
アレな存在ならば、もはや、強力な夢葉と黒音ちゃんが側にいる。
俺は、開けるだけ……開けるだけ……。
そっと、俺は、トイレの扉を開ける。
「え!?」
俺は、目を丸く見開いて驚く。
美しいご婦人が、可愛らしい女の子と手を繋ぎ、頭を下げている。
「ママ……」
ふへっ!?
しゃ、しゃべった!?
小さな可愛らしい女の子が、指をくわえて、お母さんと想われる美しいご婦人の顔を覗き込むようにして、見上げている。
「この度は、遠路はるばる、このような辺鄙な場所にお越し頂きまして、本当にありがとうございます……」
顔を上げたご婦人。
う、美しい……。
「何、楓? 黙ってないで、何か言ったら?」
「そうだよー。楓くん。心拍数上がってるよー?」
後ろで、野次馬のようにして、俺を囃し立てる夢葉と黒音ちゃん。
い、いや。
俺だって、アレな存在な人と話すのは、君たち以外じゃ初めてなんだ。
しかしながら、この度も想うが、目の前のアレな美しいご婦人と小さな女の子は、至って普通に見える。
生きてる人と何も変わらない。
ただ、やっぱり、二人とも薄ら半透明なお姿をされているワケだが……。
「初めまして。『叶グループ』常世道先案内相談員の川岸と申します……」
俺も、ご婦人と女の子に深々と頭を下げて、「持ってけ!」と会長から手渡された『幽霊名刺』を二人に手渡す。
なんでも、会長が霊気と波動で特別に加工して作ってくれた名刺らしい。
アレな存在である方々でも、もちろん触れられるし、会長の浄化の念も込められていて、触れるとアレな存在な方々も気持ちがとても落ち着くらしい。
「本日は、本当にありがとうございます。川岸さん。いつもとは違って、今日は特別な方が起こしになられると、予感しておりました……」
(遠隔未来予知型だ。そうだよね? 黒音?)
(だねー? 夢葉。そう遠くはない未来を離れた場所から感じとれる能力だね)
何やら、俺の後ろで、ボソボソと二人で話している夢葉に黒音ちゃん。
俺は、もっぱら、この日のために久しぶりにスーツを着て、ネクタイを締めている。
夢葉もメイド服からタイトな正装にいつの間にか着替えてて、イメチェンをしている。
もちろん、黒音ちゃんも、夢葉と同じタイプのタイトな正装を身に纏い、出来る秘書風なスタイルを装っている。
どうやら、夢葉と黒音ちゃん。
『初浄霊指令』のために、二人で相談して『叶グループ』常世道先案内相談員の秘書として俺と働いてくれるようだ。
二人とも「たゆんたゆん」の「ぱっつんぱっつん」だ。
「初めまして。秘書課主任秘書の金井と申します」
ん? 金井?
あれ、夢葉?
あ、そうか! 本当の名前を知られてはイケないから、仮名ね?
あー。俺、本当の苗字、言っちゃったな。
ま、いっか。
夢葉と黒音ちゃんは、いざという時の頼みの綱だし、俺は本当の名前を明かした方が、後々の信頼にも繋がるだろうし。
まあ、良いだろう。
アレな方々とは言え、もともとは、普通の人だ。
ビジネスは、信頼が大事。
そうでなくとも、人間関係を築く上じゃあ、信頼関係を築くのが、基本だ。
「初めまして。秘書課『常任』主任秘書の黒井と申します」
あ、黒音ちゃんの苗字は、黒井戸だから、黒井ね。
黒音ちゃんも、夢葉に負けじと、出来る秘書風に言う。
それにしても、『常任』主任秘書とは!
言うねー。黒音ちゃん。
バチバチに、夢葉にかぶせて来たねー。黒音ちゃん。
「なにとぞ、よろしくお願い致します……」
夢葉と黒音ちゃんに、頭を下げるご婦人。
ところで、このご婦人は、ご自分の名前を名乗らなかった。
何か、ワケありなのか?
ワケありだからこそ、こんな真夜中の高速道路のバス停に居続けたのだろう。
しかし、何が起こるか分からない。
気の抜けない俺は、「たゆん」と揺れるご婦人のセーターの上の膨らみを見つめながらも、この美しいご婦人と女の子の素性を聴くことにした。