初仕事……。
深夜のバス停。
それも、高速道路の、だ。
夢葉の実家でもある会長たち『叶グループ』の棲む山の裏手には、高速道路が走っている。
とは言え、例のアレが出る高速道路のバス停には、夢葉の実家から、1時間以上もかかる。
俺は、社用車の四駆の軽トラに、夢葉、黒音ちゃんを乗せて運転している。
狭い車内。
予想どおり三人は、夢葉と俺と黒音ちゃんの横並び。
山道の凸凹のたびに、「たゆゆんたゆゆん」揺れる二人のアレな胸を余すことなく見て味わう俺。
しかしだ。
これから向かう現場は、『アレ』が、出ると言う。
いや、しかしながら、俺はもう既に『アレ』なお二人さんを両隣に乗せて運転しているワケだが。
緊張感が、走る。
「あー。やっぱり流行りのアニソンは良いねっ! 萌えるー!」
夢葉が、俺のスマホで、お気に入りアニメ曲を勝手にポチポチと弄る。
「あ、コレなんて良いんじゃない? 魂揺さぶられるよねー?」
黒音ちゃんも、社用車の軽トラに搭載された『有線』のボタンを弄くり、ランキング入りした曲が車内に流れる。
さながら、ゴーストな車である。
誰もいない深夜の山道をアニメ曲と最新ランキング曲を爆音にして爆走する軽トラ。
怪奇である。
深夜の山道を歩く人はいないが、対向車が来ないことを祈る。
「ちょ、待って。いる」
最初に言ったのは、夢葉だった。
「あー。いるね」
続いて、黒音ちゃんが、言う。
俺は、慌ててアニメ曲とランキング曲を消して、車速を落とし車を徐行させる。
山道の180度は曲がる峠に切り立つ急カーブ。断崖絶壁。
そのカーブ手前には、積雪時に車のタイヤにチェーンを装着させる区間がある。
その場所──
いる。
老女だ。
俺の目にも、はっきりと視えたが、車のハイビームが薄ボンヤリと立つ老女に当たった瞬間──
老女は、雪が溶けるようにして消えた……。
「お知らせ的なアレだねー。こっから、すんごい急カーブだからさ? 減速させて崖に落ちないようにって」
「だねー。夢葉の言うとおり。たぶん、ここらで、事故? あったんじゃない?」
背筋が凍る。
会長からは、あらかじめ、この辺でアレが『出る』地図を手渡されていた。
『浄霊指令』の他にも『出る』ポイントを定期的に巡回し、浄化して欲しいとの会長からの依頼。
俺が、アレの『出る』地図を震えながら手に取ると、ちょうど赤く目印された場所が、今のこの場所だった。
俺は『浄霊指令』の前に、まずこの場所で初仕事をしようと、想う。
軽トラからすり抜け降りる黒音ちゃんと、器用にシートベルトを外して車のドアを開けて降りる夢葉。
最後に車から降りた俺は、あらかじめ用意しておいた紙コップに天然水を入れ、お線香を一本手に取り、火を灯す。
なんて、言葉かけすれば良いのだろう……?
事故を防ぐためのお知らせ的なアレなら、成仏していただくのは、どうなんだ?
事故防止のための、この世での「役割」というものを、しっかり果たされている老女……さん。
しかしながら、胸に秘められた痛みと悲しみは、今も拭い去れないものなのだろう。
だから、こうやって……出てきてくれる。
俺は敬意を払って祈る……。
「ありがとうございます。感謝申し上げます。この世での務めを果たされている貴方様に、たくさんの幸せが訪れますように……」
俺が、手を合わせていると──
俺の鼻先に、漂う線香の煙の匂いが、「ふわん」とかかる。
夢葉も黒音ちゃんも手を合わせ、目を閉じて祈っている。
夢葉の実家の寺に帰ったら、会長に、この場所に大きな「減速!!」の看板を取り付けてもらうようにしようと、俺は想う。
小さな初仕事を終えた俺と夢葉と黒音ちゃんは、再び軽トラに乗り込み、『浄霊指令ポイント』へと向かう。
再び、人気アニメ曲と最新ランキング曲を音量最大限にして、深夜の山道をひた走る。
俺は、夢葉と黒音ちゃんの「たゆんたゆん」な胸の谷間を見るのを忘れない。
「楓?」
「楓くん?」
後から「シてあげるから」と、夢葉と黒音ちゃんに諭された俺は、しっかりとハンドルを握りしめ、前を向いて真夜中の山道を『浄霊指令ポイント』へと向けて、ひた走り突き進む。




