黒音の黒呪文……。
「えっ!? 楓くんが、夢葉と結婚っ!?」
私は、自分のこの言葉を最後に覚えていない。
ガクガクと震える身体を自身で押さえつけるのに必死だった。
覚えていない。
けれど、小さなヒビ割れから何もかもが崩れ去り、私の中で燻り続けていた小さなロウソクのような炎が、瞬く間に世界を焼き尽くすほどに燃え広がるには、10秒とかからなかった。
あっと言う間だった。
覚えていないとは言っても、断片的な記憶はある。
背中に黒い翼が生えて、何か黒い文字のようなモノが左腕に走っていった。
『呪い』という言葉があるのなら、それはまさに黒一色で私を染め上げる黄泉からの力を下腹部内部で受けとめるようにして、我が物にするかのように目覚めること。
悦びは咆哮へと変わり、やがて絶頂に達した瞬間に上空へと飛翔した私の口から、もはや霊力とは呼べない魔力とでも言うべき力の塊が吐き出されていた。
破壊する。
運命というモノがあるのなら、それは私にとっては、いつも理不尽なものだった。
望まない方向に進むのなら、私は変えるだけ。
いつだって、望まない。
そんな未来とか運命に翻弄されて来た私。
運命を変える。
目の前の生命の殲滅。
楓くんを残して。
気が付くと、私の左腕に抱えられた楓くんが、息苦しそうにしている。
本意ではない。
私は彼を、楓くんを守りたい。
さっき、私の口から放たれたエネルギー弾は、寺を破壊するには至らず、厳重に張り巡らされた結界に弾かれながら爆発時に飛び火した炎が、周囲の山林を焼き尽くしている。
目の前の結界の主とも呼べる夢葉の祖父からは、要となる大きな力を感じる。
私は、上空から翼を広げ急降下し、そのまま九連撃の打撃を夢葉の祖父に叩き込む。
しかしながら、どうやら、夢葉の祖父は、自身を覆う結界に守られたようで、致命傷は与えられなかった。
夢葉の祖父が、寺の奥へと吹き飛んだ。
何もかもバラバラにしてやりたい。
そう願った。
燃やし尽くす。
「揺らぎ揺らめき炎の影よ。灰になるまで燃やし尽くせ。愛しき楓を守りて燃やせ。彼方に続く彼岸を燃やせ。千里を超えて闇夜を喰らえ!」
私が悪魔的黒呪文を唱えると、炎が、まるで生き物のように地上を覆い、天すら喰らう。
「黒音! 黒音!」
夢葉の声が、何処からか遠く聴こえる。
私は、アンタも楓くんと、シェアしたかった。
私は、アンタと楓くんを、シェアしたかった。
私だって、アンタと楓くんに、シェアされたかった。
悪魔的儀式を楓くんに施して、私の魂すら楓くんにあげたのに、淋しさが込み上げる。
こんな現実は、嫌。
三人が、良い。
三人が、良い。
三人が……ずっと、夢葉と楓くんと私のままで。
虐げられたくない。
虐げられたくはない。
私一人は……。
「黒音!」
「黒音ちゃん!」
気がつくと、私は、夢葉と楓くんに、抱きしめられていた。
あたたかい。
なんて、あたたかいんだろう。
泣いていた。
私は、泣いていたんだ。
たくさん泣いて、何もかもが、おさまった。
炎が、消えて、何もかもがもとどおり。
夢葉と楓くんに、シェアされて、抱きしめられた私は、夢葉の家族が息を飲んで固まっている姿を目にする。
寺は無事だし、山も燃えていない。
夢葉のお爺ちゃんも、吹き飛んでいない。
私は、白昼夢でも見ていたんだろうか?
まるで、私と同じ幻覚を見たかのように、みんな静まりかえり、時が止まっている。
夢葉の「たゆん」と私の「たゆん」が合わさり、隙間も無いほど息苦しそうに密着している。
楓くんのモノが熱く私のちょうど下腹部に当たっている。
私も夢葉と楓くんの温もりを感じ、おヘソの下が、キュンとする。
ヒクヒクと疼く凄く気持ちの良い何かを、私の身体の一番奥深い場所で私は感じていた。




