荒ぶるモノ……。
俺は、職場のカードキーをかざして、職員専用通用口の扉を開ける。
俺の後ろから「たゆんたゆん」揺らしながら憑いて来る二人。
夢葉と黒音ちゃんのことが、職員に視られはしないかと、俺は心配になる。
たまに、霊感の強い『視える』人が、職員の中にいるからだ。
しかしながら、この職場に来て一年にはなるが、そこまで強烈な霊感を持ち合わせた人には、まだ会ってはいない。
『視える』人は、一日の会話の中で、必ず一度はアレな存在のことを『視た』話を、俺にして来るからだ。
けれども、妙に心配になる。
それは、そうだ。
明らかに俺の目の前で「たゆんたゆん」揺らしながら、下駄箱でハシャグ女子……アレな夢葉と黒音ちゃんが、いるからだ。
「ねえねえ? 臭ーいよね? 楓くん?」
「そりゃそうだよ? 黒音。こんだけ生きてる人の靴が集まってるんだもん。臭くて当たり前。なんか黒音、テンション上がってない?」
「何、夢葉? 私は楓くんに聴いたんだけど?」
「嫌な感じー……。やっぱ、黒音とは、合わないかもね」
相変わらず、ソリの合わない二人だ。
夢葉と黒音ちゃん。
俺の車の中じゃあ、仲直りしたように見えたんだけどな……。
「臭い所には、集まって来る……らしいよ?」
俺は知ってるアレな知識を想い出して、夢葉と黒音ちゃん二人の間に、割って入って言ってみた。
「ふーん? いないよ? 楓? 私と黒音の二人以外は」
「あー! 分かる! 楓くん! アレな存在って、やたら生きてる人の匂いとかが、恋しくなるんだよねー。あ、私も含めて、そうだけど……」
竹を割ったような性格の夢葉と、どこか計算高くみえても、おドジな黒音ちゃん。
対称的な二人。
水と油。
けど、やっぱり、二人はもともと仲良しで、俺さえ居なければ上手くやれてたんじゃないのか? とも想う。
そう言う俺は、思い上がりが過ぎてるのか?
とも想うが、まあ、良いさ。
これまで、さしたることも無く、苦労はあっても平凡に生きて来た俺だ。
バチは、当たらないと想う。
それより、早く更衣室で着替えて、タイムカード打って、早く現場に出ないと……。
急ぎ足で俺は、誰もいない男子更衣室に入る。
俺の後ろから「たゆんたゆん」女子な夢葉と黒音ちゃんも、男子更衣室に入る。
「「 おぉ!! 」」
夢葉と黒音ちゃん。
二人が、俺の半裸姿をみて、目を輝かせている。
俺は、太っても筋肉質でもない痩せ型だ。
けれど、数年前から始めた筋トレのおかげで、それなりに身体つきは良くなって来ている。
「いやぁ。良いですなぁ。黒音さん! 楓の、この上腕二頭筋!」
「いやいや、こちらも良いですぞ。夢葉さん! 楓くんの大胸筋!」
「「 シックスパックな君の割れ目が、なんとも愛おしい!! 」」
な、なんなんだ……。二人とも。
けど、嬉しい。
誰かに褒めてもらいたいワケじゃあなかったが、夢葉と黒音ちゃんに見つめられながらも、二人声を揃えて言われると、悦びに俺は漲る。
あ……。
「「 おぉ……っ!! たくましい!! 」」
職場の制服であるジャージに着替える直前の最後の一枚。
張りついた下着の上からもハッキリと見えるもう一人の俺の輪郭が、あわやヘソの下まで届こうかという勢いの中、僅かに見えるその姿が、荒ぶるように顕現した。
「「 か、神っ……!! 」」
何を言うのか、夢葉と黒音ちゃん。
二人そろって、大きな声で。
しかしながらも、夢葉と黒音ちゃん「たゆんたゆん」な女子に目を輝かせながらも見つめられてしまうと、もう一人の俺は、傍若無人にも荒ぶるばかり。
歯止めが効かない。
ふと、更衣室内の壁に掛けられた時計の針を見ると、カチリと音がして、今日の勤務開始時刻を1分過ぎた直後だった。
遅刻した。
俺のパンツのゴム紐の上から顔を出したもう一人の俺。
夢葉と黒音ちゃんは、「たゆんたゆん」と、もう一人の荒ぶる俺をまだ見ている。




