黒音(クロネ)の独り言……。
さっき言ったのは、全部ウソだ。
とは、言わない。
正直、私も生きてたらって、想う。
本気で、夢葉と喧嘩したかも知れない。
楓くんにも、問い詰めたかも知れない。
けど、私の今の状況は、かなり特殊で……。
私が、車の窓の外を眺めていると、楓くんが、再び車を走らせる。
私は、幸せなんだろう。
雨降りでも。
好きな人の車に乗る。
私には、純愛なんて無かったけど。
ルームミラーを覗けば、夢葉も嬉しそうな表情をしてる。
なんでも無い時間。何気ない時間。
ずっと、アレになってから、いや、生きてた時でさえ感じたことの無かった自分の気持ちに、正直、戸惑う。
そう。
嬉しい。嬉しいんだ。
確かに、私は、後部座席だ。
楓くんの隣の助手席には、夢葉がいる。
でも、それで良いじゃないかと想う。
別に、二人の幸せを願うほど、私は謙虚でも慎ましくもない。
あわよくば、とも想うし。夢葉の代わりでも、とも想う。
一番じゃなくても良い。
固執することは、余計に私を苦しめる。
そんなことは、生きてる時もアレになってからも散々知った。
長い時間の中で暇そうにブラブラ過ごしていれば、私にだって、楓くんとの出会いが、どれほど貴重なチャンスなのかってことくらいは、よく分かる。
てんで、良いとこも悪いとこも、さほど特徴も何も目立たない楓くん。
けど、なんか彼に惹かれる。
持ってるんだろーなー……。
って、想う。
けど、運命って言うモノがあるのなら、アレな私には、生きてた時よりも遥かに確かに何かを感じられる。
ビンビン感じるんだ。
楓くんから。
でも、なんでだろう?
夢葉と喧嘩しなかったのは。
夢葉が、私に同情したから?
私が、夢葉に同情したから?
分からない。
けど、ちょっとだけ、夢葉のことが、可愛いな……って、想った。
イケないかな?
悪い癖……?
なんか……私、変?
信号が赤になり、楓くんの走らせる車が止まりながらも、左折するためのウィンカーランプをチカチカと灯し始める。
楓くんを夢葉とシェアしたい。
夢葉を楓くんとシェアしたい。
私を……夢葉と楓くんが、シェアしてくれたなら。
あぁ……。
信号が青に変わり、楓くんが、ゆっくりとアクセルを踏みながら左へとハンドルをきる。
楓くんと夢葉の話を聴きながらも変な妄想が止まらない私。
どんだけ嬉しいんだろ? 私。
私は、もう、楓くんに魂を売ってしまった。
夢葉とも出会えて良かった。
そんな私は、アレになる前からオカルト好き。
だけど、偏りは少ない方だと想う。
日本の神道やインド由来の仏教はもちろん……他にも西洋から古今東西に至るまで、どんなモノでも好き。
呪術というのは、それぞれの精神世界の中で発達して来た歴史がある。
今回、私がやったのは、儒教で発達した『護符』を水に溶いて飲むというお呪いの逆バージョンだ。
相手に飲ませる。
『願い玉』は、私が勝手にネーミングした。
けど、同じこと。
アレな私たちの身体は、あって無いようなモノだけれど、生きてる時より遥かに明確に『霊気』の流れる仕組みみたいなのが、よく分かる。
アレな私たちは、『魂』そのものだから。
つまり、私が、楓くんに飲ませたモノは、私の『魂』そのもの。
アレな私の本体は、後部座席に座っている黒音として、夢葉と楓くんから視えているんだろうけど。
私の本当の『本体』は、楓くんの身体の中。ウフッ。
けど、私は、楓くんを操らない。
操ろうと念えば、楓くんを操れるのかも知れないけど。
私は、そんなこと願ってない。
私は、楓くんと、ひとつになりたいって、願ったから。
対等な関係。
けど、楓くんが私を操りたいと望めば、私は楓くんのモノになる。
操られたい。
あぁ…。
お互いの自由を尊重する。
けど、私は。
私は……。
楓くん……。
あなたのもの……。
楓くんの走らせる車が、高速道路の高架下を抜ける。
会社はすぐソコだと言う楓くんの話に、夢葉と一緒に相槌を打つ私。
楓くんの職場がどんな場所か気になりながらも、私は妄想し続ける。
そうそう……。
アレな存在に出会った時。
アレな『瞳』を、見てはイケない。
楓くんは、私のアレな『瞳』を見てしまった。
そうなるように、仕向けたのは、私。
生身の人間は、アレな私たちの強い『瞳力』のせいで抗えなくなる。
だから、楓くんが、悪いんじゃない。
私が、悪い。
楓くんのことを想うと、私の胸が「たゆん」と揺れて、オヘソの下のアノ部分が、ビクンとする。
そう言えば……。
私が楓くんに本気で憑依したなら、私と楓くんは、どうなってしまうんだろ?
楓くんは、私のモノ?
共有……?
イケない想いに、私のオヘソの下がビクンとする。