締めつける想い……。
「分かってたよ……。黒音……」
俯いている夢葉の顔の下で、アノ部分が「たゆん」と静かに揺れている。
泣いているのか、夢葉の声が震えている。
夢葉の顔を見れず、俺は俯く。
ズキン……。
痛む俺の胸が、何て言って良いのか分からずに黙る。
俺、夢葉、黒音ちゃんとの間に沈黙が流れる。
「黒音は、楓のモノになりたかっただけ。楓を自分のモノにしようとしたんじゃない……」
俯いたまま夢葉が、言う。
まるで、自分自身の気持ちを理屈で押さえ込むようにして。
「私は、楓を独り占めしたかった。でも、それは、生きていればの話。アレな私たちが楓を独占してしまうことは、生きている楓にとっては、良くない」
淋しげに言葉を綴る夢葉。
俺も顔を上げれない。
自分の手のひらを握った拳に爪が食い込む。
痛むが、口唇を噛むようにして我慢する。
「何、言ってんの? 夢葉? 夢葉が楓くんを独り占めしたって、私には関係ないよ? 私は、楓くんと強い絆を結びたかっただけ。悪魔的契約でも何でも、楓くんとの縁が深まるなら、それで良かったんだよ……」
黒音ちゃんが、車の窓の外を見るようにして、独り呟く。
黒音ちゃんも、自分の気持ちを理屈で押さえ込む。
雨が降って来た。
黒音ちゃんも、泣いているんだろうか?
黒音ちゃんの声が震えているように聴こえる。
俺は、顔を上げれない。
しばらく時間が経ったが、それほどでもない間に車内の空気が、よりいっそう重く冷たくなって行く。
外の雨のように。
「それよりさ? 夢葉。アンタ、お爺ちゃんとかいう人と話は済んだの?」
「えっ? あ、うん……」
俺、夢葉、黒音ちゃん。
気まずい三人の空気を変えるようにして、俺も気になっていた「お爺ちゃん」? のことについて、黒音ちゃんが話題を切り変えた。
「お、お爺ちゃんにはさ。いろいろと教えてもらって、お世話になったからさ? 最期のお別れの挨拶じゃないけど、元気でねって。今度、いつ会えるか分からないからさ。近い内、成仏しちゃうかも知れないし……」
夢葉が、そう言った後。
しばらくの沈黙の後に、黒音ちゃんが、口を開いた。
「ふーん……。で、お爺ちゃんって、夢葉のお爺ちゃんなワケ?」
「んーん……。知らない人」
「え? 知らない人?」
どういうことなのかと、俺も想う。
黒音ちゃんも、怪訝そうな表情をしている。
俺は、黙って、夢葉と黒音ちゃんの会話を聴く。
「んー……。ほら? 黒音もそうだったけど、アレな存在な私たちって、ほとんどが例に漏れず、負の霊気を放ってるよね?」
「まぁ、確かに……。夢葉も?」
「認めたくは無いけど、まあ、そうだったね?」
「ふーん。で、今は?」
「楓と、出会って、変わったかな……?」
「分かる! 夢葉もか……。実は私も、そうなんだー。分かりみ、深いよね?」
「うん……」
なんだか、夢葉と黒音ちゃん。
二人の空気が一気に変わった。
「お爺ちゃん」についての話題が消えそうになる。
「あ、そうそう。夢葉。『願い玉』って、知ってる?」
「え? 知らなーい」
「自分のさ。魂こめてさ。お腹の中で霊気を集めて、好きな人にキスして、口移ししてあげちゃうんだよ?」
「えー? 何それ? なんか、えっちー!」
なんか、夢葉と黒音ちゃんが、きゃぴきゃぴ会話をし始めた。
ん?
そう言えば、黒音ちゃんが、俺に口移しして飲ませたモノは、『願い玉』なるモノだったのだろうか……?
「ほら? 緊張した時、手のひらに『人』って書いて飲むふりするお呪いあるじゃん? アレと同じで自分の霊力に願いを込めて、楓くんにキスして飲ましちゃうんだよー!」
「えっ? 黒音? 楓に、シたの? 抜け駆け? いつの間に? ずっるーい!!」
「えへっ。ごめん、夢葉。でも、こうでもしないと楓くん、どっか行っちゃいそうで……。でも、楓くんにキスしたのは、夢葉の方が先だよ? 私が楓くんのモノになっただけで、楓くんが私のモノになったワケじゃないから、大丈夫だよ!」
「あー。なんか、私。黒音に、まるっと丸め込まれたようなカンジ……。ま、いっか。私たちお互いアレだもんね。結びつきとか欲しくなるよねー。分かる……」
だんだん、ふたりの言ってることが、分からなくなって来た俺。
俺だけ一人、ふたりの会話の中に取り残され、離島に孤独に漂流しているかのような気分だ。
とは言え、なんだかんだ言って仲の良い二人。
夢葉と黒音ちゃん。
もともと、こんな感じで、仲の良い二人だったのかも知れない。
会話しながら、「たゆんたゆん」揺らし合う二人。
俺の胸の痛みが、下半身を締めつける痛みへと変わる。
「お爺ちゃん」の話題は、いつの間にか消えていた。




