キス……。
「それじゃあ、行きますか……」
「う、うん……」
朝食を食べ終えた楓が、言う。
私は──
──エレベーターの時みたいに、アノ部屋から出て行くのを、まだ少し躊躇っている。
引っ張られる。
一度、出て行こうと、決めたのに?
楓に、憑いて? ついて行こうと、決めたのに……。
そそくさと、朝食の食器を片付ける楓。
朝食は、ビュッフェスタイルなので、片付けもセルフサービス。
楓が、私の分の食器も片付けている。
私は……。
(何か、楓にしてあげれることはないかな……)
私の目が、ウロウロと泳ぐけど、特に楓にしてあげられることは、無い。
「あ、大丈夫だよ? 俺、片付けるから」
「う、うん……」
何だか、申し訳ない。
逆に、気を使う。
けれど、楓の言うように、特に私が楓にしてあげれることはなくって。
「あ、お、美味しかったね! 私も、ご飯食べれたの久しぶりだったよ?」
「うん。美味しかったね。会社の予約したホテルにしては、美味しかったね」
私が言うと、楓が笑う。
好きな人と、一緒にいられるのって、こんなに幸せなんだ……。
私は……。
楓と、結婚したい。
もしも、夢が、叶うなら……なんて、想うけど。
もしも、私が、生きてたなら──
──楓を幸せに出来るのに。
私は、アレな存在だ。
もしかしたら、生きてる楓には、何の役にも立たないかも知れない。
けど──
──せめて、アレだけは毎晩、楓にシてあげようと想う。
楓が、疲れてるなら……楓の生きる『力』になれるように。
私のアノ部分が、「たゆん」と揺れる。
私も、自分のアノ部分を「たゆん」と、見つめる。
「ゆ、夢葉……ちゃん?」
「え゛っ!? な、何!? 楓!?」
楓の声が、耳もとに届いて、私が顔を上げる。
「か、楓!?」
楓が、デレデレしながら、私の顔と「たゆん」と揺れる私のアノ部分を、交互に見つめている。
さっきまで、夢葉とか言ってたくせに、「ちゃん」付けで。
「な、何!? 楓!? えっちっち! だよ?」
「あ、ご、ごめん。 いや、なんか夢葉……ちゃんが、なんか思い詰めてたから、どうしたのかな? って……」
「もう~! 夢葉で、良いよぉ~」
私は、楓との何でも無い会話が、好きだ。
この時間が、好き。
「んと……。ね? 私ってさ? このホテルのアノ部屋にいたじゃん?」
「うん……」
「でさ。ちょっとだけ、一瞬。私が、楓に憑いて? ついて行ってしまっても、良いのかな……? なんて、想って」
「ふんふん。それで……?」
「ま、確かに色々あって、アノ部屋にいたけどさ?」
「うん……」
「なんか、ずっとアノ部屋にいても、このままだし。色々あるけど……。なんか、楓に憑いて? 行こうかな? なんて……想ったりしたワケで……」
「うん……」
「正直、コワいよ? 怖くない? 何かが、変わるのって……?」
「うん……。そうだね……。僕も、怖い。そんな時は。特に。けど、君が居てくれるのならって……。一緒に。って、あー! 俺、何言ってんだろ?」
「アハ! 楓も、一緒? そんな風に、想うんだ?」
「う、うん。そ、そう……。だ、だから……。一緒に、僕と……い、いや、俺に憑いて……ついて来てくれないかな? 夢葉……」
「!? んー!! 楓!! 好きっ!!」
私のアノ部分が……。
「たゆん」と、揺れて……。
私は、楓に、抱きついた──
──キス。楓……。
好き。好き……。大好き。楓……。
私は、楓に抱きついて、楓の口へとダイレクトに私の霊力を流し込む。
好き……。
目を閉じてシた、5秒間。
精一杯の5秒間。
5秒間が、アッと言う間に過ぎて、楓の身体と口唇が、私からするりと抜け落ちた。
「んん……」
「大丈夫!? 楓……!?」
楓が、何とも言えない幸せそうな顔で、その場にへたり込む。
「んん……。会社、行けないかもれしゅ」
「何言ってんの!? し、仕事ぉ!! 会社でしょ!?」
「んん……。で、でも……。ち、力が抜けちゃいまひて……。し、幸せ……」
「か、楓ー!!」
この世のモノとは想えないほど、安らかな顔をしている楓。
もはや、昇天している。
いや、まだ、天には召されないでほしい。
私と一緒に? なんて、一瞬想ってしまったけど、私は生きてる楓を応援するって、心に決めたんだ。
何とか、立ち上がってほしい。楓……。
「んふっ。よいしょっと。あー……。なんだろ? まだ、頭がホワホワする……。ありがと。夢葉。ぼ、僕……いや、俺も夢葉のこと、好き……だよ」
ほわ~……。
楓に、私のこと、『好き』って言われて、私の頭の中もホワホワする。
ついでに、身体の中も。
(たゆん……)
揺れてるなー。私の「たゆんたゆん」。なんか、別の生き物みたい。私と連動してる。
私と楓は、楓の車が停めてあるホテルの駐車場へと、ヨロヨロとホワホワと、歩き出す。
二人そろって。
「ジャーン!! お待たせー!! って、待ちくたびれたよ? おふたりさん? なになに? まーた、良い感じなワケ? 妬けちゃうなー。特に、夢葉には。ウフッ」
「え゛っ!?」
黒音だ。黒音が、いる。
またしても、黒音が、いる。
なんで、楓の車が分かったの?
チェックアウトの時? 秘かにフロントの何処かで、聴いてたの?
それとも、こっそり、私と楓の後を憑いて来てて、私と楓が、シてる最中に先回りして?
「黒音……。なんで……」
「あら? 良いじゃない? 私だって、アンタと楓くんに憑いて? ついて行くんだから」
「ぐむむむ……」
私の霊気が、また弾けそうになる。
けど、さっき黒音に放ったほどの怒気は、ない。
黒音だって、長年取り憑いたこのホテルを出ようとしている。
一時的に、自分の気に入った場所を離れることはあっても、どうしてもまた戻って居着いてしまうのが、アレな私たちの性質みたいなものだから。
それを、意を決して、自分の気に入った長年取り憑いたこの場所から、半永久的に離れようとしている。
理由は聴かないけど、黒音の魂の波長というか、震えみたいなのが、私にも伝わって来る。
怖いんだ。
不安。
けど、ここに来た。
黒音。
私と違って、楓との『縁』は、まだ薄い黒音。
黒音は、一人きり。
このまま、ここにいても、黒音は、一人きりなままだろう。
だけど、意を決して自分の運命か何かを変えるようにして、黒音は黒音自身の運命の糸口を引き寄せた。
それが、分かった。
「い、良いよ……」
「ヤッター!!」
不本意では、あるけれど。
黒音自身の気持ちが、分かってしまった私は、そう言うしか他に仕方が無かった。
喜ぶ黒音のアノ部分が、「たゆん」……と、揺れてた。




