黒音(クロネ)の本音……。
さっきは、本気でビビッた。
夢葉が、アレだけの怒気を私に向けるなんて、想いも寄らなかった。
グラスが、割れる?
何それ……。ウソでしょ?
アレな存在の私たちの中でも、そんなこと出来るヤツ、見たことも聴いたことも無い。
モノを操ったり動かしたり。
そんなこと出来るヤツは、たまにいる。
私だって、夢葉ほどじゃないけれど、一瞬だけならモノに触れたりすることだって出来る。
けど、夢葉のは、度を超えている。
まるで、映画とかに出て来るポルターガイスト現象だ。
祓魔師とかいうエクソシストが、悪魔と闘うヤツだ。
夢葉って、ヤバくない?
夢葉への戦慄と恐怖が、私の魂に刻まれる。
私は、ホテルのロビーで──
──夢葉と、よくしゃべったたくさん自動販売機の設置された場所のさらに奥の影のようなスペースに、佇んでいる。
怖かった……。
夢葉のことが。
格の違いと言うモノを見せつけられた気がする。
私の方が、ふたつ年上なのに。
このホテルに取り憑いている時間だって、私の方が長いのに。
フラフラと、歩きながら、女子トイレに入る。
何て言うか、ここには、女子たちの想念みたいなのが、たくさんある。
(モテたい。綺麗になりたい。付き合いたい)
男子たちには言えない、見栄のような本音が、黒い影になって渦巻いている。
とは言え、私らみたいなアレな存在というよりも、まだ、現役で生きてる女の子たちの想いの塊なんかが、黒い影になってて、ボンヤリ鏡に映っていたり、トイレの床のタイルを這っていたりなんかしてることが多い。
ハァ……。
「どけよ! お前らっ!」
私が、一喝すると、生き霊とかいう黒い影たちは、一気に退散した。
前は、私が、トイレに入っただけで、ビビッて逃げてたのにな……。
「ハァ……」
ため息をつく。
私らしくも無い。
数年前から、このホテルに取り憑いていたんだけど、そろそろ潮時なのかな……?
鏡の前に立つと、アレになる前と大差ない、私の顔が映る。
黒髪のショートヘアな私だけど、悪くない。
私は……。
なんで、こうなったのか?
覚えてない。
アレになる前から、私は一人で──
──両親も離婚して、親権のある母親も他の男と何処かへ消えたし。
親戚中とか、たらい回しにされたけど、鬱陶しいから、さっさと出て。
気がついたら、このホテルにいた。
淋しい。
淋しさのあまり、よくこのホテルに来る男子に取り憑いてたことが多かった。
と言っても、男子の見る『夢』に、だ。
親と子は、よく似るってこと?
少しばかり想いふけった後、私の意識が夢葉へと戻る。
そう……。
私だって……。
けど、夢葉みたいには、直に物には触れられない。
いや、ちょっとしたコツを、夢葉に会ってから教えてもらったけど、簡単に出来るもんじゃない。
この世のモノに触れ続ける時間。
それは、無酸素で登頂したり、潜水し続けるようなものだ。
簡単には、出来ない。
すっごい高い山を越えて、すっごい深い海を潜り続けるようなもの。
慣れない私は、秒で疲れ切ってしまう。
けれど、逆に、夢葉は物体をすり抜けるのが苦手みたいだ。
なんでも、人には、得意不得意がある。
私にとっては、それこそ呼吸を止めて、秒にも満たない時間の内に、物体をすり抜けてしまうことは、簡単だ。
もっと言うと、意識を飛ばせば、このホテルの何処かへなら、瞬時に戻ることも出来る。
『意識』を飛ばすのは、『夢』に堕ちるのと同じ? 似てる。
そのためか、他人の『夢』を操るのは、得意。
そう言えば、女の子の『夢』の中にも入ったことがあったな。
ウフフ……。アンナことや、コンナこと。可愛い……。
たまらなくなっちゃうよね。
私は、男でも女でも、両方イケる口なんだ。
淋しいから。
それにしても……。
なんで、こんなに淋しいんだろ?
私は、たまらなくなって、女子トイレの一番奥の個室に入る。
アレな存在も誰も、この女子トイレには、誰ひとりいない。
私、一人きり。
たまらなくなる。
指が止まらない。
覚えたのは、小学校の高学年の時から。
誰だって、シてる。
修学旅行じゃ、たいていの娘が、一人でシてた。
夜中に、お布団の中で。
私は、出会ったばかりの楓くんのことを想い出しながら、たまらなくなる。
「楓くん……。楓くん……」
指先が、止まらない。
夢葉にだって負けてないアノ部分を、弄ぶように触りながら、もう片方の手で一番敏感な私のアノ部分を触る。
楓くんのことは、一目見た時から感じてしまった。
今までの人生と、アレになってからの時間を合わせても、出会ったことの無いタイプ。
男とか女とか、関係無く。
いや。
何処にでもいそうな、ありきたりなタイプのはずなんだけど。
違う。
分かるんだ。
たぶん、夢葉も何か感じてるんじゃないかな……?
だからこそ……。
けど、夢葉と私との間には、確実に魂の優劣がついてしまった。
ランク。格付けのようなもの。
アレになる前から、オカルト好きな私が言うのも何だけど、悪魔的な序列は絶対。
アレな存在な私たちを、悪魔のカテゴリーの中に入れちゃうのも、なんだかアレだけど。
私の魂に刻まれた、夢葉の脅威。
そう想うと、さっきまで楓くんのことを想っていた私の指先が、止まる。
けど……。
行かなきゃ……。
私は、楓くんと夢葉に、憑いて行かなきゃって、想う。
このずっと、住み慣れた居心地の良いホテルを出なきゃ──
──ずっと、私は、このままだ。
私は、薄いレースの下着をお尻まで上げて、トイレから立ち上がる。
下着や服装のイメージは、大事で、それこそオシャレと同じ。
怠っているアレなモノたちは、美しさや可愛いらしさを、時間とともに、どんどん失ってゆく。
だからこそ、私は、生きてる時間と同じように微妙な仕草を意識して心掛けている。
楓くんに、気に入られるように。
夢葉に、負けないように。
私は、心に決めて、ふたりの後を憑いて行こうと、想う。
女子トイレの鏡に映る、私……黒音。
──私だって、楓くんと、ひとつになりたい。
私の胸だって、「たゆん」と、揺れる──
七海糸さんが、描いてくださいました! 夢葉のFAです!!
七海糸さん!! 本当に、ありがとうございますっ!!(*´▽`*)(っ´ω`c)(∩´∀`∩)♡♪☆彡




