『俺』の涙……。
(チロチロチロ……)
目の前のアレなはずの彼女が、舌先をチロチロと出して、飲み物や食べ物を味わっている。
しかも、重そうなアノ部分を「たゆん」とテーブルの上に乗せて。
アレなはずの彼女のメイド服の胸のボタンが、なぜか外されている。
艶のあるアレなはずの彼女のアノ部分が朝の光に露わになり、より一層「たゆんたゆん」している。
じ、直に視える。
夜中の興奮が、呼び覚まされる。
しかしながら、アレなはずの彼女のアノ部分の全貌は、未だ明らかにされていない。
彼女には申し訳ないが俺の全身の血流が、食事をしていることも手伝って、胃袋から下腹部のさらにその下──ヘソの下のアノ部分へと集まってゆく。
「ねぇ? 自己紹介? まだ、だったよね?」
「ん? そうだね? そう言えばそうだったね」
俺は、目の前の彼女の声に意識を取り戻す。
彼女は、食事中ともあって、俺の変態な妄想には気づいていないようだった。
そう言えば、自己紹介が、お互いまだだった。
夜中の衝撃的な出会い──いや、アレなはずの彼女との遭遇に俺は驚き、そのままお互いの名前なんて聴く余裕は無かった。
普通に言えば、心霊体験とも言える出来事。
たいていの人が、この世ならざる体験をしてみても、夢か幻か分からぬままに終わってしまい、それっきりなことが、ほとんどだろう。
しかし、俺は……。
「き、君の名前は?」
「あ、それ! 有名なアニメのシーンみたいだよねー? 私の名前? 聴いちゃう?」
アレなはずの彼女は、イスに座りながらも両足をパタパタさせて、なぜかボタンの外された重たそうなアノ部分を、テーブルに乗っけて「たゆんたゆん」させていた。
「か、可愛いなぁ……」
「えー? 聴こえなーい?」
思わずモレ出てしまった俺の本音の呟きに対し、アレなはずの彼女が、わざとらしく左の手を左耳に添えて「聴こえないポーズ」をしている。
俺の頭の中が、ホワホワする。
いや、人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが常識。
しかも、アノ名作アニメ映画のように「君の名前は?」などと聴いてしまった。
ドキドキな展開に胸を踊らせた俺は、つい先走ってしまった。
それにしても……。
なんて、可愛いいんだ……。
もはや、天使にしか見えない。
「え、あ、いや。僕から名乗るのが、先だね。僕の名前は、川岸楓」
どうにも俺は、『僕』という一人称を表で使ってしまう。
顔が、イカツイとよく女の子たちから怖がられたこともあり、髪型も大人しい感じのツーブロックにして前髪を伸ばし、出来るだけ『僕』と言うようにしていた。
なんだか、自分自身に対し腹黒い印象を受ける。
二面性のある自分自身に、どうにもしっくり来ない。
けど、基本的に俺は気が小さくビビりなので、本当は『僕』が似合っているのかも知れない。
なら、良いか。
灰色の人生を送っていた俺にようやく訪れた春の季節。
目の前のアレなはずの彼女。
アレであることは、ほぼ確定している彼女だが、この際、そんなことは気にしない。
「ねぇ! ねぇ! 楓!! 聴いてる?」
「え? あ、ごめん。さっそく、名前で呼んでくれたね?」
「もー! 何、ボーっとしてんの? 目の前にこぉんな可愛い娘が、いるのに! 自分のこと考えてたでしょ? そんなことより、楓って、女の子みたいだよねー?」
「女の子? 俺が?」
「違うよー。あ、『僕』じゃなくって、『俺』って言った!」
「アハハ……。『俺』かぁ……。つい出ちゃったね。『俺』は『俺』で、良いのかなぁ?」
「ハァ……。良いんじゃない? 別に『俺』で。なんか、しゃべりにくそうにしてるの伝わるよ? あー、女の子に言われたことあるんだ?『僕』の方が良いって?」
「ぐっ! なんでもお見通しってワケか。なら、『俺』は『俺』で良いか……」
「そうそう! 自然体で行こうよ! 楓! その方が君らしくて、似合ってるよ?」
「ぐっ! なんか、泣けて来た……」
「アハ! 泣いてないのに?」
救われる。
俺の長年抱えて来た小さな悩みが、溶けてゆく。
まるで、心の中に突き刺さっていた氷柱が溶けて、水になり、水蒸気になって天へと昇ってゆくようだ。
カタチのあるものは、皆、いずれ天へと昇ってゆくのだろうか?
目の前にいるアレなはずの彼女も?
いや。
それよりも……。
これからの時間を少しでも彼女と過ごせるのかと想うと、本気で泣けて来た。
「な、泣いてるの? ごめん。い、いや、伝わるよ? 気づいてたけど、なんか照れくさくって」
「い、いや。こっちこそ、ごめん。なんか嬉しくて……」
俺が涙を右手で拭くと、アレなはずの彼女が左手を俺の頬にあてがい、俺の涙を拭う仕草をする。
ブーン──
──何か電磁波のような振動音が俺の頬に伝わり、彼女の左手の温もりが、俺へと伝わる。
「良かったね……」
「うん……」
まるで、俺は子犬か子猫のように、止まらない涙を必死で止めようとしていた。
そして、彼女も同じように、俺の頬に触れていた。俺の涙に。
ほんの少しの時間だけど……。
5秒間……。
俺の頬に触れた彼女の温かい左手が、俺の涙を止めた。
彼女の胸が、「たゆん」……と、揺れた。
七海糸さんが、描いてくださいました! 本作ヒロインのFAです!!
七海糸さん!! 本当に、ありがとうございますっっっっっ!!!!!!!!(*´▽`*)(っ´ω`c)(∩´∀`∩)♡♪☆彡