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竜の花 鳳の翼  作者: 宮湖
花選びの章
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花選びの章9 白百合の瑕疵

手直しの際、10 暴君の非道 と分割しております。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

 花選びの章9 白百合の瑕疵



 さて、相手が竜花でなくば、常なら喜んでお誘いに乗る総英が、部屋から泡を食って飛び出すのと相前後して、他方でも一大決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

 竜花との結婚を熱望する国王対断固阻止の重臣一同、という世紀の決戦。

 此方は実力行使が伴わぬ、見応えならぬ聞き応えのある論戦である。


 当初は、衝撃の凄まじさから、真昼に彷徨い出た幽鬼の群と化していた一同だが、そこは人の姿をした魑魅魍魎が跋扈する宮廷で要職を摑み取った者達である。

 総英が指示した茶を生命の滴として、次々と復活を果たした。


 如何に竜花が才色兼備、国内外に勇名を馳せ、国民の圧倒的支持を誇る完全無欠の姫君だとしても、矢張り、間もなく十九を迎える娘である事実は如何ともし難い。

 従弟の意外な頑迷さに、恐らくは生まれて初めて白旗を揚げかけた竜花に代わって説得に乗り出した。

 彼等には、竜花や皇翼が持ち得ぬ豊富な人生経験がある。

 自分の半分以下の歳の主君を取り囲み、給仕に茶のおかわりと菓子まで要求した。

 長期戦、或いは徹底抗戦の構えである。

 しかし、老臣達が口火を切る前に先手を打ったのは皇翼だった。

 四阿の石の卓に肘を突き、優雅に組んだ指に顎を乗せて言う。


「卿等の言いたい事は分かる。竜花が立后されたら、鷹主(ようしゅ)が王妃の父として国政を壟断しかねない、と言うのだろう?」


 一国の王に相応しい覇者の口調だったが、言葉の端々に隠し切れぬ苦々しさが滲む。


 竜花の父にして先王の弟、鷹主翅元(しげん)


 賢武(けんぶ)王と諡され讃えられた先王は、内政外交両面に優れた手腕を発揮し、それまで絶えず騒がしかった国境付近を抑え、今後二十年の安寧の治世を敷いたと言われる。

 だが、幼い頃から英邁さの際立った兄王に比べ、その直ぐ下の弟翅元は恐ろしく暗愚だった。


 翅元の母汀蓉(ちょうよう)は先々王、つまり、皇翼と竜花の祖父天智(てんち)応翠(おうすい)の側室であった。

 五つ上に正妃芙玲(ふれい)の生んだ後の賢武王耀岳(ようがく)がおり、幼少時より極めて優秀であった兄と頻繁に比べられたと言う。

 器の違い過ぎる兄が、翅元の心にどの様な影を落としたかは想像するしかないが、兄を素直に慕う素振りを見せる一方で、他者の与り知らぬ内面がどれ程歪んでいたかは、漏れ伝わる話で推測する事が出来る。


 鷹家の末娘として放縦に育った汀蓉に溺愛された為か、翅元には幼い頃から性格に粗暴さ、残酷さが目立った。

 小動物を鞭で打擲する様が度々目撃され、人々の眉を顰めさせたと言う。

 だが、寵愛著しい汀蓉の権勢を憚って諫める者も無く、周囲を権力に目が眩んだ者達のみに取り巻かれるという状況は、翅元の歪みを更に悪化させていった。


 ここに、その狂気の片鱗を示す逸話がある。

 ある若い臣が、動物への虐待を見かね、不興を恐れず翅元を咎めた。

 すると翅元は素直に己の非を認め、以後動物への無体は見られなくなったという。

 だがこの半年後、三十路前のこの臣は、頓死を遂げた。

 壮健だった臣の不自然な死の影に人々が見た死神の姿は、歳に不相応な昏い笑みを浮かべる少年だった。


 この逸話の真の恐ろしさは、年端もいかぬ少年が何を為したか、では()()

 何の確証も無く囁かれた噂、即ち、変死と翅元とが当然の如く関連付けられた、その事実の()()である。


 素晴らしい兄への思慕と憧憬の仮面を被り、耀岳立太子の折も、異議を唱えなかった弟。

 が、これは争いを好まぬ性格故ではなかった。

 寧ろ翅元には、人が備え、弁えねばならぬものが欠如していた。

 更には、翅元の暗愚は、只の愚かではなかった。

 凡愚、愚昧であれば、どれ程未来が変わったろう。

 救い難い事に、翅元は、暗に潜むだけの陰湿さと、諫言を誹謗と取る狂気めいた執拗な憎悪を併せ持っていたのである。

 諫められ本心から悔いた振りをするだけの狡猾さまで備えた子供が、一体どうやって、己の力だけで明るい世界を作り出せるだろうか。


 救う手も無く、自我の抑制が未発達なまま成長した翅元は、心の闇もまた、深くしていった。


 標的が小動物から人間に移行するのに、然程時間は掛からなかっただろう。

 王太子時代の皇翼が調べただけでも、翅元在宮期間の行方不明者は五人。

 何れも、下女や老僕等、王宮で働く最下層の者達である。

 死体が城下で発見された者を含めれば八人、暇を貰って帰郷した筈が、凰都を出た直後から消息を絶った者も入れるなら、死者行方不明者は十人を超える。

 大都市に匹敵する広大な王宮であれば、決して多いとは言えぬ数かも知れぬ。

 翅元の関与も言い切れぬ。

 だが、翅元が王宮を去って以降、病、事故以外の死者がいない事も、事実なのだ。


 そして、破局の序章の幕が上がる。


 王子の身分は、類稀な権を有する反面、行動を束縛される意味も持つ。

 翅元の不行状を耳にしていた父王と兄が目を光らせても、続けられた闇の凶行。

 それは王子であるからこそ、王宮という限られた世界に収まっていたのである。

 暴君の資質を秘めていた翅元に、暗躍の翼を与えた決定打は、先代鷹主の死であった。


 先代鷹主は、己の娘を天智王の後宮に納めた。つまり、翅元の母方の祖父に当たる。

 先代は汀蓉を含め五人の子を儲けたが、長男は後継認定直後、二十五歳の時、落馬が元で死亡。

 次男はその以前に既に病死。

 他家に嫁いだ長女も、女児出産後、産褥熱で死亡。

 直後に次女も病死し、翅元十二歳の時には、直系が絶えてしまっていた。

 建国以来の名門を絶やす訳にはいかぬと、傍系男子との養子縁組話が浮上した頃、耀岳が立太子。

 これにより、翅元の存在が宙に浮いてしまったのだ。

 仮に、第二位の王位継承権を掲げ王宮に留まったとしても、既に名君の片鱗を示す兄王の政権が揺らぐ事は皆無に等しく、老いるより先に次代が生まれる事は明白。

 翅元は新たに宮家を建てるか、貴族の婿になるかの道しかなくなり、そこに折り良く鷹家後継の話が舞い込んだのである。

 王族を離れ、鷹姓を名乗った半年後に先代が死亡し、翅元は鳳国きっての名門鷹家の新当主の地位と、王子時代には想像も出来なかった自由を手に入れる事となった。

 この時、翅元十七歳。

 青年の体に暗黒を宿した暴君の誕生であった。





お読みいただきありがとうございます。

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全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。


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