表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の花 鳳の翼  作者: 宮湖
花選びの章
6/44

花選びの章6 戦乙女と重臣達

毎週末の更新を目指しております。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

 花選びの章6 戦乙女と重臣達



「総英。お前、どう思う」

「……何で俺に訊きますかね」


 鷹家公主としてではなく、羽林軍将軍として参列した竜花の正装は、無論武官の装束。

 武官の正装は玄を基調とし、それに銀糸で織った帯を締め、儀礼用の艶を消した金の具足を付けるのが基本。それに、地位によって意匠の異なる冠や玉佩が付く。

 竜花は冠は被らず、高い位置で括った髪に銀の簪を挿し、細工も精緻な宝剣を佩いていた。

 本来、武官の装束に男女の差は無いが、正装の帯は女の方が幅が広い。玄の袍には守護姓鳥(しゅごせいちょう)が刺繍されている。

 守護姓鳥は守護聖鳥。鳳建国の祖始天皇(してんおう)を守護した鳳凰が、彼に従った将達に遣わした守護鳥である。

 儀礼用の装束には、家紋とも言うべき守護姓鳥を入れる慣わしだった。

 竜花の守護姓鳥は鷹。

 本来、脛まで届く筈の玄装束を、左だけ端折る様に着崩し、金糸で縫い取られた鷹が、柳腰を護る様に翼を広げる。

 更に、竜花だけは、王家鳳凰紋を許されていた。

 胸、心臓の位置に、小さく示された鳳凰は王族の証。

 まるで、奥で羽を休める鳳凰を、鷹が力強く守護する様な構図である。

 正に白百合の戦乙女の名に相応しい凛々しさ。証の花も霞む華麗さに、鋭い眼差しと物言いが雄々しさを加える。


「蘭は鷺姫。霞草は鶯姫だろう。鶤姫の牡丹も予想通りだ。しかし、白の連鶴とは……む?」


 しげしげと五種の花を眺めていた竜花は、ふと眉を顰めた。

 鶤姫の白牡丹に顔を寄せる。次いで、繊手を伸ばして――突付いた。


「見ろ! やけに綺羅綺羅しい牡丹だと思ったら、これは造花だぞ」

「た、大将! 触るのは流石に拙い!」


 慌てて止めたのは、羽林軍で竜花の副将を務める鸞総英である。

 六尺強の引き締まった体躯は靱やかで、機敏な体捌きは豹を思わせる。栗色の髪に黒真珠の瞳の精悍な顔立ち。然程高位ではないが、代々名将を輩出してきた鸞家の出にも拘らず、下々と交わり、悪所通いが日課だと公言して憚らぬ人物である。

 精悍な風貌に、時折見せる人懐こい笑顔と「女性には手を上げぬ主義」で、虜にした女は星の数と噂され、老臣達に問題児扱いされていた。

 この曲者の笑顔に蹌踉めかなかった女の数は片手で足りるとも言われ、無論、その筆頭は竜花である。


 総英の装束も、玄の袍に銀の帯。栗色の髪を一房括り、銀紐で飾っているのは、上官に合わせた装いである。

 右肩から二の腕にかけての袖で、飛翔する守護姓鳥は、鸞。

 鳳凰の一種である鸞鳥を姓に有しているのは、建国時、最功労の将に下賜されたからとも、始天皇の娘が降嫁したからとも言われているが、何分神話故、真否は定かではない。現在の鸞家が一廷臣に過ぎぬ為、前者の説が有力だった。

 象嵌も見事な銀の飾り太刀を佩く姿は、宮女達の熱い視線を集めるのも道理と思われる勇壮さである。


「花弁は絹、花蕊は金。朝露に濡れていると思いきや、滴は水晶だ。手の込んだ事を……」


 感心する竜花の上から、長身の総英が、ひょい、と、覗き込む。

 上官への態度ではない。


「へえ、こりゃ凄い。金かかってそうですが」

「財力も誇示しようという腹だろう。鵺姫に対抗したか。これを鶤姫が手作りしたのというのならまだ分かるが……」

「素人の手芸の域を超えてますねぇ」

「うむ。明らかに賄ったな。まあ、造花を禁じた条文は無いから構いはせんが。分からんのはこの皐月と連翹。どちらがどの姫だ?」

「……だから、何で俺に訊きますかね」


 何れの花も、今日のこの日を盛りとする為に調整された花々である。

 鷺姫の胡蝶蘭は薄紅の花弁が愛らしく咲き、鶯姫の霞草は蘭と牡丹に挟まれ、互いの強さを優しく緩和している。

 竜花が首を捻ったのはその脇、紅色の皐月と、黄色も鮮やかな連翹だった。

 蕊から端へ、裾濃の様に徐々に濃くする紅色も美しい皐月は、まるでその色が移ったかの如く薄桃に滲む紙に、無数の黄金の鈴が付いた様な連翹の枝は、薄い和紙に包まれている。

 揃って首を傾げる主従の脇で、他の参列者達も、夫々の花を前に論評を加えていた。

 とは言え、見事さや花に込めた意図を賞賛するばかりで、手厳しい意見は一つも出ない。

 それも仕方の無い事だろう。五人の内の誰かが、確実に王妃になるのである。迀闊な事を口にして、将来の王妃の不興を買う事は出来ぬ。

 その彼等にしても、皐月と連翹の意味が摑めぬらしい。

 矢張り首を傾げる重臣達の中で、総英が分かった、と指を鳴らした。


「花言葉だ。皐月の花言葉は節制だから、これ、きっと鵺姫の花ですよ」

「悪評を逆手に取ったか。強かさは流石だな。しかしお前、よく花言葉なんぞ知っていたな」

「女性を口説く時には必須の教養ですから」


 この意外さが、女性の心を射止めるらしい。妙に感心した竜花である。


「なら連翹は明白だな。連翹の実は解毒、消炎、排膿、利尿作用のある生薬だ。鵲家の庭にも咲いていたから、きっとそれだろう」


 検分を終えた二人は、祭壇脇の貴賓席に戻った。

 天幕を張った貴賓席からは、花姫達がよく見える。

 一番遠い香雪蘭の苑に埋もれているのは鶯姫、池の中島、四阿に傲然と腰を下ろしているのが鶤姫である。

 王宮主宰の園遊会や宴に度々出席していても、ここまで奥に入った事は無いのだろう、物珍しげに花苑を散策しているのが鵲姫と鷺姫で、それどころか、初めて王宮に足を踏み入れ、明らかに浮付いた様子で周囲を見回しているのが鵺姫だった。


「さて、皇翼め。誰にするつもりか」


 緋毛氈を敷いた床几に、竜花は悠然と腰を下ろした。

 総英は立場上、背後に直立で控えるが、畏まる素振りはどんな時でも見られないのが総英である。

 竜花の呟きに、耳聡く反応した。


「昨日の()課では決まらなかった様で」

「決まるどころか。判断材料にしたいからと、姫君達の話をせがまれたぞ」


 竜花が昨晩の遣り取りを掻い摘んで披露すると、総英は何とも言い難い顔になった。


「花賭けの事まで喋っちまったんですか」

「拙かったか? 花姫の為人を一番手っ取り早く知る、良い話題だと思ったのだが」

「その的確な判断はお見事ですがね。()()()()()、の助言になるとは思えませんね」


 むう、と唸った竜花に、年長の副官は、少し悪戯っぽい笑みを向けた。


「花賭けをご承知の大将殿ですが、裏賭けというのはご存知ですかい」

「裏賭け? 初耳だ」

「そうでしょうとも。こいつは言わば、花賭けの別枠でしてね。しかし配当が馬鹿高いってんで、鵺姫よりこっちに全財産賭けた奴も多いんですよ。花姫無関係に誰が……おっと」


 総英は、途中で態とらしく口を噤んで、そっぽを向いた。問題児叱責運動最推進者が、竜花に挨拶に寄って来た為である。

 ぎろ、と「大人のくせに問題児」を睨むのは、礼部尚書の(しゅう)藍悦(らんえつ)

 間もなく古希を迎える、長い白鬚を蓄えた老人は、総英とは犬猿の仲であった。

 誰に対しても軽佻浮薄を地でゆく総英に、悉く藍悦が説教を垂れる様は、王宮名物の一つになっている。


「おお、鶖老。本日は大儀だな。私に構わず、礼部の監督に行ってよいのだぞ」


 総英とは異なり、鶖老と呼ぶ程親しく付き合っているのが竜花である。

 少々生真面目過ぎるきらいはあるが、何事にも筋の通った硬骨漢で、先々王の御世から礼部に勤めた叩き上げなだけに、良く慣例に通じ、種々の宮廷行事の際には、後進の指導に力を注いでいた。

 盲目的に前例を振り翳すだけでなく、時世に合わぬ形骸化した儀礼を省くだけの柔軟さも併せ持っている。

 総英ですら「呼吸する王宮字引」と素直でない表現で、その能力を認めていた。

 反りが合わぬのは、生まれながらの相性である。


「とんでもない事でございます。竜花様に目礼だけで済ませる訳には参りませぬ」


 この辺りが、生真面目過ぎると言われる所以である。

 竜花は苦笑して頷いたが、総英はそっぽを向いたままぼそりと呟いた。


「その大将が良いって言ってんだろうに」


 途端に藍悦が白眉を吊り上げた。


「鸞将軍! 何時も言っている事だが、貴殿は目上の者への態度が成っておらんな! 竜花様を大将とは何事だ! 将軍職を拝命しておられる事を強調したいならば鷹将軍、そうでなければ、せめて御名に様を付けてお呼びする様にと、何度言えば分かるのだ!」

「大将は大将ですよ!」

「貴殿の言う大将とは大将軍の事ではなく、場末の商店主に対する呼び掛けではないか!」


 自分への態度ではなく、竜花に対するそれを叱責するのも、藍悦の為人の表れである。

 日頃はこの怒鳴り合いを微笑ましく放任する竜花だったが、今日は敢えて、怒声の中に割って入った。少々気になる事があったのである。


「老若の交流を邪魔して悪いが、ちと訊きたい事がある。先刻あの品の無い男に、しきりと私の縁談について問われ、閉口したのだが」

 

 行儀悪く立てた片膝に頰杖を付いた竜花が一瞥したのは、続々と席に戻る参列者の一人、貴賓席の末席に着いた肥満体の男である。


「あーれは鵺主ですねぇ。名前は、餓狼、はげ鷹、俗物……あれ、何だったかな」


 老人は総英に、それだけで射殺せそうな眼差しをくれた。

 竜花を挟んでいなければ、盛大な雷を五つ程落としているところであろう。


「縁談を勧められたのでございますか?」

「いや。私に縁談はあるか……と言うより、私に恋仲の者がいるのか、探りを入れてきたのだな。王妃が駄目なら縁者になろうという魂胆かと思ったのだが、ちと違うらしい」


 ふむ、と揃って首を傾げた二人に、総英が笑い含みで謎解きをしてやった。


「あっはっは。それは、大将と陛下の仲を疑ったんですよ。お二人の親密さは、国中で知らない奴なんかいませんからねぇ。娘が王妃になっても、影響力の強い、尚且つ国民に大人気の側室がいたんじゃ困るって事でしょう」


 大胆な解答に、藍悦は凄まじく仰天した。鬚が、ぴん、と、伸びたかと思われた程である。


「な、な、な、何という無礼な事を!」

「俺に言わないで下さいよ」

「邪推にも程がある!」

「俗物の考える事ですからねぇ」


 下衆の勘繰りって奴ですねぇ、と言いつつ、総英はちら、と竜花を見たが、視線に気付かぬ当人は、成程、と口角を危険な角度に吊り上げた。

 全く、こんな皮肉気な表情まで絵になるのだから、世に造物主の平等より気紛れを信じる者が多いのも、頷ける話である。


鴟目虎吻(しもくこふん)な面構えと思えば、鵺主だったか」


 鴟目虎吻とは、梟の様な目と虎の様な口を表し、欲深で性質の悪い人相の喩えである。

 下衆、俗物と断じられた鵺主は、品性の欠片も無い肥満体の中年男性だった。

 どろりと澱んだ眼は、過度の飽食で膨れた肉に埋もれ、(おもて)には酷薄な笑みが浮いている。

 半分融けた脂肪の様な体を、金に飽かせた生活を物語る高価な装飾品で固めているが、そこに調和は一切無い。


「私は、鵺姫の花は、名前から向日葵ではないかと思っていたのが。……うーん、実の娘ではなくても、血縁関係が窺える容姿であるな。あれで何故、鵺主は自信満々でいられるのだ?」


 菫色の瞳の向こうでは、父親と良く似た礼服の鵺姫が、落ち着かな気に彷徨いている。

 鵺主の性別を変え、若返らせた様な顔が、極度の緊張で強張りまくっていた。

 竜花でなければ背後から刺されそうな、率直過ぎる発言である。


「あっちこっちに賄賂ばら撒いての袖の下工作ってのが、専らの噂ですねぇ」

「あくまで噂、ではないのか?」


 竜花の視線を受けた老人が嘯いた。


「ああ、そう言えば、最近頓に、鵺主殿からの進物が多うございましてなぁ。目録を作成の上、品物ごと纏めて台官に送ってやりましたが」


 台官とは御史台(ぎょしだい)、官吏監察官庁の事である。

 老人の辛辣な遣り口に、竜花が笑みを零したところに、新たな人影が現れた。


「ご歓談の輪に、私も入れてもらえませんかな」

「これは陽達(ようたつ)殿。勿論でございますとも」


 総英と藍悦の間に割って入ったのは、民事、戸籍、租税等を掌る戸部の(しゅん)陽達である。

 昨年還暦を迎えたばかりの体格の良いこの男は、普段の態度は豪快だが、仕事振りは非常に細やかで、戸部の長官という要職に就いたのも、そこを買われての事であった。

 藍悦同様、王の信頼も厚い。鷲鼻の目立つ、お世辞にも美男子とは言い難い、一見粗野な風貌ながら、茶色の瞳が存外優しい。

 王宮一の愛妻家であり、総英が苦手とせぬ、数少ない重臣の一人であった。


「陽達殿。貴方の所には、鵺主殿からの進物が届きませんでしたかな?」


 白鬚を扱きながら藍悦が訊ねた。

 藍悦と陽達の対格差は倍。並ぶとそれが一層目立つ。


「ああ、来ましたぞ。絵に、宝石に、書に、家具に、金色の饅頭もありましたな。始めは丁重に断っておったのですが、何度断ってもやって来る。あんまりしつこいので、門前払いを喰らわせてもまた来る。そこで一計を案じましてな」


 茶目っ気たっぷりに、一度言葉を切る。


「近くの悪童共を雇いましてな、使者が来る度に、違う悪戯をして追い返させたのです。扉が開くと、門に仕掛けた、水を張った桶が引っくり返ったり、撓らせた竹に載せた腐った魚が飛んでいったり……。いやあ、怪我をさせぬ事、後始末をきちんとする事、金をかけぬ事、この三つだけは守らせたのですが、子供の悪戯に懸ける情熱と創造力には感服致しましたぞ。魚が使者の鼻っ面に見事命中した時等、隠れて見ていた私も噴き出しかけましてな」

「……。……隠れて見ていたのか」

「その前の『木天蓼(またたび)作戦』を目撃した妻に、是非にと勧められたものでして」

「へぇ、面白そうですね。どんな悪戯です?」


 総英が身を乗り出した。


「うむ。猫は木天蓼に弱いと言うだろう。そこで、野良猫を集めておき、現れた使者に木天蓼の粉末を包んだ(きれ)、必殺『木天蓼礫』を投じ、粉塗れになった頃合に、それっとばかりに猫を放すという……同様の『煮干し作戦』と『胡椒大作戦』は幸運にも観戦の機会に恵まれたが、あれも傑作な見物だった。一番愉快だったのが落とし穴だ。古来よりの単純な仕掛けながら、周りの地面と同じ様にする苦労、敵が足を踏み出す時の緊張、まんまと引っ掛かった時のあの興奮! 達成感! 子供達と手を叩いて喜び合った連帯感は、格別だったぞ」

「うわ、懐かしいなぁ。悪戯としては古典ですけど。底に水を溜める方法知ってます?」


 この辺りが、総英と波長が合う所以かも知れぬ。

 藍悦の咳払いではっと我に返った陽達だが、恥じる素振りは全く無かった。


 後日談になるが、当初お小遣い目当てで悪戯大作戦に参戦していた子供達は、後半、陽達の妻が、優秀な軍師と兵士達の為に作る菓子を成功報酬にする様になった。

 作戦終了後も、度々遊びに来る悪戯兵士達の姿が目撃され、以後、鶉邸付近での悪戯被害が激減したという。


「ふーん。でも、それだけこっぴどく追い返されておきながら、どうして自信満々なんですかねぇ。他の人達は貰っちゃいましたかねぇ」


 巫山戯た口調ながら、剣呑な内容である。


「私も、それ等に数えられておるやもしれませんな。貰った物をどうしようが、それはこちらの自由でございますからな」


 平地に乱を起こしかねぬ台詞に、老いて尚鋭い眼光をくれたのは、勿論藍悦である。


「吏部尚書は、文字通り、門前払いし続けたそうですぞ。邸内に、使者の声すら届かせなかったとか。流石『氷壁』の異名をとる怜悧な方だけの事はありますが、敵の油断を誘い、後の証拠固めの為には、藍悦殿の手腕も必要ですぞ」

「年寄りは陰険でいけねぇや」

「総英、言葉が過ぎるぞ。しかし卿等、鵺主を敵と見なすのが問題とは思わんのだな……」


 叱られて首を竦めた総英の視界に、今話題に上がった吏部尚書が、他の参列者達と歓談している姿が入った。

 吏部尚書(がく)蔡琰(さいえん)は四十七歳。青灰色の髪と瞳が良く似合う美男子である。

 歳相応の落ち着きと渋みが、物腰に余裕を与え、良く通る低い声が、威厳を加えている。

 仕事、特に、降格人事に情を一切挟まぬ事から氷と渾名されるが、吏部の末端に至るまで、的確で迅速な采配が行き渡り、吏部行政に遅滞と怠惰は存在しないと言われている。

 蔡琰が吏部長官の辞令を受けたのは、四年前。年長の候補者達を押し退けての抜擢であった。


 その蔡琰の歓談相手に総英は見覚えが無く、花姫親族の誰かだろうと見当を付けた。

 普段、他人と和やかに談笑等せぬ蔡琰が信条を放逐しているのは、偏に竜花の為である。

 麗質天下に鳴り響く無敵の公主と、この機に誼を通じんとする輩を阻んでくれているのだ。

 視線を転じれば、そこかしこで同様に、さり気なく壁を作り、或いは自分に関心を集めて、竜花の妨げにならぬ様気を配ってくれている、心ある臣。

 竜花がそれに気付かぬ筈はない。

 会話の最中にも、彼等にそれとなく頷きを返している。


 全く、と総英は苦々しい思いで内心舌を打った。

 五人の花姫が束になっても敵わぬ女性がここにいるのに、彼女は、己自身には無い瑕疵の所為で、花姫の選に名前すら上がらなかったのだ。


「む? お見えになられた様ですぞ」


 陽達の言葉通り、それまで無秩序だった喧騒が、冷えた様に静まる。


 程なく現れたのは、矢張り簡素な平服に身を包んだ、皇翼であった。




お読みいただきありがとうございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ