花選びの章5 猿芝居の舞台
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花選びの章5 猿芝居の舞台
時は乱世。
人々が度重なる戦に疲弊し、倦み疲れていた時代。
混乱に乗じた悪漢達が無法を極め、民は生命までもが搾取されるを、ただ、息を潜めて堪えるしかなかった頃。
天下に満ちた困窮の嘆きから民を救わんが為、一人の若者が挙兵した。
郷里の朋友達と義勇兵を募り軍を組織したその青年は、僅か半年で郷里周辺の地方を掌握、挙兵後一年で地方の有力豪族達を制圧し地盤を固めると、義勇軍と共に中央へ進出、破竹の快進撃を続け、更に一年で天下統一の偉業を成し遂げたという。
――人々は、語る。
常勝軍を率いた青年には、天の加護があったのだと。
我欲に非ず、義の挙兵に、天が彼の者に天意ありと示さんが為、一羽の神鳥を遣わしたのだと。
その御遣いに天の知恵を授かったからこそ、青年は覇者となったのだと。
前は麟、後は鹿、頸は蛇、尾は魚、背は亀、顎は燕、嘴は鶏に似、五色絢爛。
声は五音に中り、梧桐に宿り、竹実を喰い、醴泉を飲むという御遣いは、青年を守護すると同時に、青年の下に馳せ参じた将にも、己が眷属を守護鳥として遣わした。
統一を成し遂げた青年は、御遣いを祀り、新しい国の名を戴いたという。
その御遣いは鳳凰。
天下泰平、徳のある天子の世に現れるという、伝説の瑞鳥。
――鳳国建国神話である。
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寿鳳宮と城下の境、堅牢な隔壁の高さは約三丈、厚みは三間。
羽林軍の兵舎の一部を兼ねた壁の上部には、女墻が廻らされ、要所に物見櫓を備えた石造りの壁は、戦乱後に建てられた都なだけに、見目より威圧感が先に立つ。
だが、城下から隔壁を見上げれば、その遥か上、斜面に点在する殿舎は、四季折々の花に埋もれ、特に淡く、だが色彩豊かに花霞む春の寿鳳宮は、仙界の花苑にも喩えられる幻想の世界である。
優美な春に対し、矢張り、その美しさを讃えられるのは秋。
紅葉の盛りともなれば、山野を埋める圧巻の錦絵は、天界の星河と見紛う絢爛さ。
緑の濃淡で染め上げられた清涼の夏、白銀に彩られた幽玄の冬と共に、寿鳳宮の自然美は、国の内外に鳴り響いている。
王宮が桃源郷も斯くやと思わせる絶景なら、城下は人界そのものである。
隔壁に沿うが如く東西に伸びた官庁街を皮切りに、中央大路を南下すれば、官舎が多くを占める鴻北区、貴族の公邸や学舎が犇めく南鶴区、老舗大店が軒を連ねる鴟倫区、職人街の亭鶉区等々が、夫々異なった趣の街並みを広げ、下町へ下るに従い、溢れる活気が喧騒となって大気に満ちる。
遊興と娯楽の宿場街は城門付近に集中し、一夜の泡沫が華やかで空虚な猥雑さを加えていた。
商家が店を構える城壁内、その隙間を小売商や露店が埋め、旅客目当ての商魂逞しい者達は、城壁の外に看板を掲げた。
国王の御膝元だけあって、享楽と繁栄は、他州都の群を抜く。
そんな城下と王宮との接点は、僅かに三つ。
中央の大門、正面右の上東門、左の上西門である。
大門は鳳凰門とも言われた。
これは、隔壁のほぼ天井近くまで届く巨大な二枚の鉄扉に、鳳と凰が浮き彫られている為である。
この鳳凰門は、迷路の様な凰都にあって、南北を貫く中央大路の北端であり、その前面に広がる瑞聖は、各種式典や閲兵式の折に使われる広場。有事の際に、整然と並ぶ羽林軍の威容が特に有名である事から、有事門と呼ぶ者もいる。
内側に巨大な閂を掛けられた大門が平時に開く事は決してなく、日常の出入りは、その脇の正門が用いられた。
大門が数々の別名を有する様に、この正門にも、また幾つかの名がある。
王宮に暮らす者には南端である事から朱雀門、逆に、城下の庶民には北の方角である為、玄武門。
大門に比すれば半分の大きさながら、東西の門より遥かに重厚な、矢張り鉄扉の正門の両端には、常に歩哨が立ち、許された者のみ通行可能な事から、許門とも言われる。
一方の上東門、上西門は、通いの下官や出入りの商人等が使用する通用口。歩哨は立つが、許可を得ずとも通行出来、余りに胡乱な風体でもなければ咎められる事もない。
だが、流石にそこから宮殿内を自由に闊歩する事は出来ぬ。
普段は警備の兵が、威圧感を与えぬ程度に目を光らせており、彼等は、万一の時には、暴漢を瞬時に取り押さえる術を会得していた。
頑丈な樫の木板を何枚も合わせ、鉄枠を嵌めた扉の通用門は、単に東門、西門、或いは右門、左門とも呼ばれる。
花選びのこの日、正門を潜った者の数は、然程でもなかった。
花選びに参列出来るのは、王族か花姫の親族、各省の長官と次官に、羽林と各州の将軍、それに、王が許した老臣達だけ。
一定以上の地位にある者は、広大な王宮内に夫々の官邸を構えている為、態々城下から出仕する必要が無いのである。
一方、左右の門の前には行列が出来た。
前日に御用聞きに来た筈の商人や、庭を整えたばかりの職人に始まり、王宮に勤めている下働きの女中や下官を訪ねて来た家族や友人達である。
庶民には公開されぬ儀式の情報を少しでも早く入手出来ぬものかと、あれこれ手段を講じているのだ。
草花に埋まり、一見広大な山中に無造作に点在すると思える寿鳳宮だが、宮と宮の間を埋めるその庭園こそが、王宮警備の要を成している事を知る者は少ない。
高い緑の垣根が、複雑な迷路を形成しているのは勿論の事、反橋を渡り、中島を経ねば越えられぬ池は、各所で侵入者の足を止め、鑓水や小柴垣は、立ち入る事の出来る者を明確に分けた。
低い籬、細い水路が、天地程も差のある身分を区別するのである。
もし、不相応な者が築山に足を踏み入れたなら、即座に捕縛されるだろう。
全てに名の付いた花苑も、また、然り。
王宮に勤める女官侍従にも、職務毎に許される庭が異なるのである。
皇翼の私室である竹瑛宮も、矢張り、そんな庭園に囲まれていた。
本来竹瑛宮は、王の寝所ではない。王宮の北西に広がる、数々の壮麗な殿舎が形成する後宮の最奥、瑞鳳殿こそがそれである。
しかし、一人の妃嬪も持たぬ皇翼には、後宮は広いだけの物置に等しく、しかも、政務を執る東南の慶凰舎に最も遠い。不便極まりないと、空いていた竹瑛宮に移ったのだ。
国外の賓客を迎える際の迎賓館であった竹瑛宮は、質素を好む皇翼と、王の威儀を尊ぶ侍従との妥協点に位置した為、老臣達の小言も少なかった。
だが、慶凰舎と同じだけの距離に、鷹家官邸の鷹隼宮が存在するのも、事実である……。
他国の賓客、特に、王族専用の竹瑛宮は、庭園もそれに相応しい品格と壮麗さを備えている。
春ならば、露台の真下に咲き誇る白い躑躅の帯が先ず目を奪い、高楼からは、平橋が繫ぐ池に浮かぶ、小島毎の花苑が一望出来る。
散策の際には、各所に散った四阿で静謐さを味わい、周囲を埋め尽くす花苑の香を堪能出来るだろう。
躑躅を越えた先は、短く刈り込まれた芝生の広場で、今、そこに設えられた祭壇の前で、鳳国一の才媛は、不思議そうに首を捻っていた。
曙光の中、清浄な朝露を踏んで整えられた白木の祭壇。
正門を潜り、或いは、官邸から集った正装した参列者が見守る中、儀式典礼を掌る礼部の花典官が、粛々と純白の正絹を掛け、五種の花を供えた。
着飾った五人の花姫達が、侍女を従え、庭の各地に散ったのを見届けると、花典官の一人が恭しく一礼した。
因みに花典官とは、この儀式の為だけにある官職である。
「陛下のお越しまで、まだ少々お時間がございます。立会人の皆様におかれましては、どうぞ証の花をご検証下さいませ」
立会人とは、参列者の事である。立会いが必要ならば、花典官のみで事足りる。それを、仰々しく国の重臣達を揃えるのは、これも竜花に言わせれば「猿芝居を権威付ける茶番劇」と容赦無い。
だが、王が現れるまでの間に、用意された花を検分するのは参列者の役目、これも儀式の式目の一つである。
馬鹿馬鹿しさ半分、花への興味半分で祭壇の前に立った竜花は、前述の様に、首を捻る事になったのだった。
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全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
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