表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の花 鳳の翼  作者: 宮湖
花選びの章
39/44

花選びの章39 不死

毎週末の更新を目指しております。


最後までお付き合いいただければ幸いです。


 花選びの章39 不死



 混乱に乗じ、易々と侵入に成功した竜花は、物陰に身を潜めながら臍を噬んでいた。

 鷹家私邸は、鳳国全土で軽く二桁を超える。その全てを訪れた事など無論無く、さしもの竜花も、翅元が本陣に定めた邸内の見取り図を、事前に入手出来なかったのだ。

 それでも、貴族の邸宅の造りは似た様な物の筈、と人目を避け、時には敵兵を殴り倒して、最上階を目指した。


 胸から溢れ、体を満たすのは、想い。


 母の祈り。


 凌誠の願い。


 虐げられた者の涙。


 人は、父親殺しと謗るだろう。

 罪は史書に記され、永劫消える事はないだろう。

 それでも。


――必ず、討ち取る。


 想いに衝き動かされる様に階段を上り切った竜花は、最上段で歩みを止めた。


――暗い。


 恐らく、窓に覆いを掛け、一切の光を拒んでいるのだろう。

 階下の灯火も踊り場から細く伸びるだけで、眼前には、深淵と大差無い全き闇が蟠っている。

 正道を、希望に満ちた明るい世界を、何処までも拒む男には、似合いの舞台だ。

 片頰を歪め、竜花は静かに足を踏み出した。


 きっと、居る。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 決着の瞬間を、誰よりも望んでいる筈――と。


 何かを踏んだ、と思う間も無かった


 立ち尽くす竜花の耳朶を、無数の風切り音が貫いた。




  ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖




 唯一、燭台の炎が揺らめく部屋。

 そこに至る廊下には、夥しい量の血で、道が、(えが)かれている。


「これでも死なぬとは。しぶといな」


 つまらなそうに言い捨てた翅元は、針鼠の如く全身に矢を突き立てられた娘を、室内に塵の様に放り投げた。

 弾みで数本の矢が折れ、更に深く肉に食い込む。

 それでも娘――竜花は、苦鳴を漏らさなかった。

 この男の前で一切の悲鳴を上げる事は、己の矜持が許さなかった。


「あの闇の中で、急所を庇ったか」


 暗闇に罠を仕掛け、矢で針鼠にした己が娘の体を、翅元は物の様に扱った。

 たっぷりと血を吸った廊下絨毯の血の道は、引き摺られた竜花の体が記した物。

 無数の矢が裂いた衣服は襤褸と化し、腰の辺りで鮮血を滴らせるだけしか残っていない。

 黒絹と讃えられた髪が血で不揃いに固まりながら、白かった肌を覆っていた。


「毒を使えば、どうだったろうな」


 翅元は、寝台の柱に傷付いた竜花の四肢を縛り付けると、無造作に矢を引き抜いた。

 使われた矢は全て尖矢。

 返しが肉を抉り取る。


「よくぞここまで手の込んだ事を……!」


 悲鳴の代わりに、竜花は叫んだ。

 通じるとは思わない。

 だが、言わずにはおれなかった。


「私を殺す為だけに戦なぞ……。一体、どれ程の民が生命を落としたと思っている……!」


 大勝利に浮かれる影で、命を落とした者がいる。

 勝者にも必ず死者は出る。

 況や、敵軍をや。


 竜花には、全身の矢傷が、死者の傷の様に思えた。

 流れる血を、遺された者達の血の涙と感じた。


――自分を殺す為に、散った生命。


 戦だけは防ぎたかった。

 だからこそ、要人暗殺で反乱軍の尾を摑もうと、自らを餌に動き回った。

 間に合わず、乱の報が届いた時も、全面衝突の前に翅元の首級を取れば、被害を最小限に抑えられる筈だった。


 それも叶わぬ今この時も、自分が翅元を討つ事で、鷹家の御家騒動の体裁を取り繕い、内乱という大き過ぎる事態で鳳が倒れるのを、防ごうと思った。


――なのに。


「死にたくなくば、逃げればよかろう。脱走兵を追う程の余裕は、こちらには無いのだからな」

「家族を人質にとって、よくも言う……!」

「我が身が可愛ければ、人質等関係なかろう」


 解っている。通じる言葉が無い事を。


 交わす言葉の虚しさを。


 逃げなかったのは殺したかったからだろうと、嗤うこの男に、届く言葉は無い事を。


 憎悪しか抱けぬ相手である事を。


「……満足か。望み通りの混乱を生んで」


 矢が引き抜かれる度に生まれるもの。

 気が触れんばかりの激痛は、燃えて瞋恚に変わる。


――全身を駆け巡る力。


「お前ではなく、皇翼を殺していれば、もっと興をそそる混乱が起きていたかも知れんな」


 瀕死の体で、それでも瞳に憎しみを滾らせる娘を、翅元は興味深く見詰めた。


 これだけの矢傷でも、()()()()()()()()


「お前が死ぬところを、どうしても見たくてな。でもどうすれば死ぬのだろうな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 嬰児の時から、()()だった。


 刺しても、突いても、絞めても、決して死ななかった。


 虐待を知った目障りな使用人が、一時たりとも離れなくなって以降は、刺客を放っても果たせなかった。


 無理矢理生まされた子供に、それでも母性を抱いた女。

 始めは、半狂乱になって叫ぶ女を見たくて、子供を殺そうとしたのだが。


「射ても駄目なら、斬るか。そうだな。首を斬ったら、どうだろうな」


 何処までも無感動に抜刀する。


 燭台の火影が揺れ、壁に黒々と落ちた蛮行の影が、歪む。


「呪詛と加護。どちらが天意か、問うも一興」


 翳された太刀。

 振り下ろされる白刃。


 竜花は目を逸らさなかった。


 睨み殺せるものなら、直ぐにも殺してくれようものを。

 果たせぬのなら、首だけになっても、その咽喉を噛み切ってくれる。


 その一念で、見据えた。


 けれど。

 凶刃が、鮮血に濡れるより、早く。


「させるか!」


――火影を揺らしたもの。


「――皇翼!?」


 憤怒に染まった青年が、狂気の白刃を弾き飛ばしていた――。







お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ