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竜の花 鳳の翼  作者: 宮湖
花選びの章

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花選びの章30 周到

毎週末の更新を目指しております。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

 花選びの章30 周到



 貴女は、竜(てん)の加護を受け、世に花の如き栄光を齎す者――。


「ではこのお二方は除外してよいのですね?」

「ああ。選定後に、御史台の知人に、鵺主からの金品の授受が賄賂に当たるか相談したんだとさ。不正の張本人のくせにそうやって偽装工作する程堕ちてねぇだろうって、司燕が」

「それにしても随分時間が掛かったものだな」

「その件で司燕から『不手際すまん』の伝言が。何でも相談を受けたのが監察方じゃなかったとかで、その、情報伝達に色々と」


 総英はお茶を濁したが、陽達は勘良く察した様だった。太い腕を組んで頷く。


「何処にでも派閥はあるものだな」

「熟(つくづく)すまん、と」


 総英は手を合わせる二十年来の友を思い出した。

 緋髪から「御史台の赤鬼」と異名をとる友の下、疑惑に対しては鉄の結束を誇る御史台も、内部では入り乱れる思惑があるらしい。


 慈孝負傷から六日、「花選び」からは十一日目の午後、政庁周囲の四阿に於いてである。

 小休止を装って花苑の散策に出た之楊と陽達は、予め示し合わせた四阿で総英と落ち合い情報交換をしていたのだった。

 こういう時王宮は便利だ、と総英は思う。他国の王宮なら不可能な、他人の耳目を避けねばならぬ話も、寿鳳宮ならば無数の四阿でそれが可能だ。

 四阿や木立が外部の視線を遮り、草を踏む音が第三者の接近を知らせてくれる。声さえ顰めれば、密談が成立するのだから。

 因みに、この席に藍悦と蔡琰が欠席しているのは、流石に異色の取り合わせが悪目立ちするからである。

 書付に小筆を走らせながら、之楊が問うた。


「貴方に収穫は?」

「この元州刺史補佐の爺さんも、多分シロだ。邸の小間使いが、鵺主の使者との会話を小耳に挟んでる。確証摑むまでもう少し時間くれ」


 元刑部長官、前兵部次官に続き、元州刺史補佐の名前を線で消した之楊は、じろりと幼馴染みに非好意的な一瞥をくれた。


「不実な言葉と気障な仕種で女性の心を惑わし、騙されているとも知らぬ相手から、まんまと情報を引き出すのが貴方の得意技でしょうに、何を手間取っているのですか」

「……なぁんか言葉に棘あるよなー」

「当然です! 私達だけではなく、陛下からも竜花様の事を頼まれていたのというのに、何ですか今回の為体は! 全く以て情け無い!」

「う。それを言われると……悪(わり)ぃ」


 総英はしゅんと肩を落とした。


「ま、まあ、その花衛も無事だったのだから良いではないですか、そうだろう、鸞将軍?」


 陽達(助け船)の言葉通り、峠を越えた慈孝は、奇跡の復活を遂げていた。

 余りの劇的快復を却って訝しんだ鵲主が、薬の調合を見直した程である。

 覚醒一刻後には病床で身形を整え竜花との面会に臨んだのだから、矢張り尋常ではない。

 その席上、先に口を開いたのは慈孝だった。


「……竜花様。俺、お役に立ちましたか」

「――ああ。立ったぞ。大手柄だ」


 たったそれだけの会話だった。

 だが、それにどれだけの想いが込められていた事か。

 同席した総英は、晴れやかな竜花の表情に、逆に胸が痛んだ。

 後、一人で見舞う機会を得た総英に、慈孝はぽつりと漏らした。

 始めは謝らないで下さいって言うつもりだったんです、と――。


「謝らないで下さいよ。俺の立つ瀬が無くなっちゃうんですから。侮辱ですからね。解ってますか。当然の事をしたのに謝られたら、俺どうすればいいんですか。っつーか、偶然と言うか弾みの結果だから、護ったって言う方が烏滸がましくて情け無いんですけどね」


 一寸説教口調でそう言ってやるつもりだったのだと、慈孝は小さく笑った。


「でも竜花様、謝る気配、微塵も無かったでしょう。悪い意味じゃありませんよ。感情を押し殺すとか、隠すとかを超えた、全部御承知のところで、完全に戦乙女の顔になってて。それが余計に辛い御気持ちを表している様で、それで、そんな事言えなくなっちゃったんですよ」


 それは総英も感じた事だった。

 皇翼に悔いぬと言った竜花に出来る事は、揺らがぬ想いを貫く事だ。だから、民の求める顔になった。


――たとえ血相を変えて皇翼に迫った時のあの一瞬の表情が、本当の竜花なのだとしても。


「反対派の動向は如何でしょうな」

「太師の御尽力に感謝致しましょう。反対派貴族を軒並み説得しておられるのです。お蔭でうちの上司を邪魔する暇人共……いえ、有閑な方々も日に日に減り、上司の機嫌も頗る宜しく、仕事が捗って大変助かっております」

「それは何よりですな。藍悦殿も、太師と歩調を合わせておられるそうですぞ。鷹主の側近貴族は致し方ないとしても、今や正面きって断固阻止を唱える者はおらず、竜花様御自身が一番の反対派急先鋒だと嘆いておられた」

「その竜花様はどうしておられるのですか?」

「あの後、慈孝に言われたもんで、今は邸で大人しくしててくれて、こっちも助かってる」


 後日、負い目のある竜花を邸に籠もらせた事で、一躍勇名を馳せる事になる慈孝だが、今は鵲主に安静を言い渡され、依然として鵲家で療養を続けている。

 本人は頗る元気なだけに、これが中々苦痛な様だったが、玲舜の付き切りの世話に恐縮しているのが微笑ましかった。


「では、返答の儀まで竜花様は安全ですね」

「……それはどうだろう」


 求婚返答まで残り四日。だが総英は、之楊程楽観する気にはなれなかった。

 この秘密会談前に書翰を届けてきたが、常は静かな鷹隼宮が何やらばたばたと騒がしい。

 侍女を摑まえて訊けば、近々瑠珒がやって来るのだと言う。


「あー、もうそんな時期かー」


 竜花の近況をその目で確認する為の、鷹家名物瑠珒の里帰りである。

 常は城下の公邸で対面するのだが、今の竜花は流石に王宮からは出られない。已む無く、瑠珒を客人として鷹隼宮に招く事になったらしい。

 元侍女には破格の待遇も、竜花がそれだけ姉代わりの元侍女を深く恃んでいる事の表れだ。

 先触れを頼むのも申し訳無い程の慌しさに、何時もの事だからと勝手に入っていったところ、室内から璐珪との会話の断片が洩れ聞えた。


「……残り二人……恐ら……の…部……。あちらは……鳩が…………。鴾……武器……」

「引き続…………琰……噂……」


 何やら物凄く嫌な感じのする単語の羅列だった。

 思わず耳を欹てたが折り悪く凌誠が通り掛り、促されて入室した時には、当然話は終わっていた。

 凄まじい勢いで増殖中の書翰(仕事)の塔の隙間から、外出禁止で剣呑極まる目付きの上司に追加を渡すだけでも肝が縮む思いだったのだ。

 五倍で返ってきた書翰類は、今、総英の足元に積まれている。空恐ろしい処理速度である。

 悲観的な総英に、二人は首を傾げた。


「何故です? 他に懸念があるのですか?」

「あれか? 竜花様の御命を狙った不届き者が、未だ捕らえられていない事か」

「あ、いや、えーと」


 答えられずに総英は口篭った。

 実は、下手人は既に捕縛されている。

 背後関係を調べる為、皇翼の意向で緘口令が敷かれ、之楊にも漏らせぬ現状なのだ。

 だが、命令が無くても、総英は決して喋らなかっただろう。

 何故なら、刺客を捕らえたのは花衛ではなく、璐(・)邦(・)なのである。


 慈孝が負傷した瞬間、皆がそちらに気を取られている隙に、璐邦だけは逆方向に駆けて行った。それを竜花が目で追ったのは、総英も確認している。

 その後、皇翼に殴り込みをかける直前に上がった一発の花火が、刺客捕縛の合図だったのだ。

 本来なら、真っ先に総英が指示せねばならぬ事を、兵士でもない璐邦が単独で行い、手柄を立てた。

 之楊にばれたら何を言われるか、恐ろしくて話せたものではない。


 この璐邦の行動が、竜花の意を受けたものである事は言うまでもない。

 どんな形であれ襲撃を想定していた竜花は、周到に対策を練っていたのだ。

 実は、これが総英の悲観の所以であった。


 戦に於いて、竜花は決して受身にならぬ。これは六年仕えた総英も熟知している事だ。

 攻撃は最大の防御、を信条に、苛烈な攻撃を得意とするが、決して猪突猛進にはならず、二桁に上る細作を手足の如く使い分け、合戦地の地形気象から、土地の者の対鳳感情、敵の人間関係までを探り出し、入念で緻密な準備の上で進軍するのだ。

 竜花不敗の由来も、ここにあると言っていい。


 情報戦で白百合の戦乙女に勝てる者はおらず、心理戦では、喧伝されるその武勇を最大限に利用した。

 その竜花が、どっしりと腰を据えるのは、最小の攻撃で最大限の戦果を上げる時機を窺う時だ。

 蜘蛛の巣よりも緻密に張り巡らせた罠に獲物が掛かるのを、しなやかな体に力を溜めてじっと待つ。虎視眈々と隙を窺う。

 今の竜花からは、戦場で、万全の体制で敵を待ち受ける時の気配が濃厚に漂う様に思えてならなかった。

 だが、文官の二人に、この感覚を上手く説明出来ぬ。


「何となく、嵐の前の静けさっつーか。もう一波乱ありそうな……すごーく嫌な予感が」


 そう言うのが精一杯の総英だったが、この嫌な予感は直ぐにも的中する事になった。


 鷹州にて翅元謀叛の報が齎されたのである――。






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。


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