花選びの章2 青年王の憂鬱
毎週末の更新を目指しております。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
花選びの章2 青年王の憂鬱
目下最注目の人物鷲皇翼は、長身だが均等の取れた体付きの好青年である。鷲羽の様な金茶の髪を長く伸ばし、端正な顔立ちの中の、意志の強い黒瞳を、柔和な笑みで包んでいる。
常に穏やかな物腰の為、武よりも文の印象が強いが、十二の若さで戴冠してからの六年を、先王の代からの重臣達と乗り切ってきた事からも、柔和なだけの王でない事は明らかだった。
「どうした。打たんのか?」
皇翼は、寝台上で碁盤を前に、片足を立てた姿でいたのだが、その手は碁石を玩ぶばかりで、一向に勝負を進めようとしない。
対戦相手が、仕方無い、と、吐息交じりで上体を起こした。
「相手を決めかねている、といった風だな」
「まあね」
相手の身動ぎに従って、艶やかな漆黒の髪が寝具の上を流れる。
国王の寝台で優雅に寝そべり、無礼千万な言葉遣いをして許される者は、鳳国広しと言えど一人しか存在しない。
その者の名は鷹竜花。
皇翼の父方の従姉にして、鳳国羽林軍第一軍の姫将軍である。
竜花は皇翼の一つ上。黒絹の如き髪、菫色の瞳、淡紅色の唇が与える気高い印象から、世に白百合と讃えられる大変な美女である。
艶やかさ妖艶さとは無縁の美貌ながら、優しい筈の柳眉は菫色の双眸に踊る生気で凛々しさを醸し出し、通った鼻梁が更に強固な意志を映して、陽性の美を宿す。
だが竜花は、容貌だけで白百合に擬えられた訳ではない。
小柄ながら、すらりと伸びた長い手足のこの華奢な姫は、戦場に立って未だ負けを知らぬと言う、天性の武人でもあるのだ。
美麗な白銀の戦装束を纏った竜花が、馬に乗り、鮮やかな剣技で戦場を駆ける姿は、正に気高き白百合の如きと謳われ、「白百合の戦乙女」と聞けば、敵兵は震え上がるとまで言われた。
更に、竜花は、皇翼から度々政治上の相談を受けると、天が与えた三物、幼少より王宮の学者達に舌を巻かせてきた才知を以て、それによく応えた。
皇翼登極からの六年を一番支えたのが誰であったか、鳳に知らぬ者はいない。
竜花は血縁を振り翳さず美貌を誇らず、己の力量で現在を得たのである。
だがしかし、年頃の、しかも美男美女が、深夜、薄い夜着姿で寝台で寛いでいるというのは少々問題であろう。
けれど、他国の王宮なら、侍従や女官達が目を光らせる光景でも、鳳国に於いては、それは全くの杞憂でしかなかった。
この二人は、非常に仲睦まじく親密だが、それはまるで男の友情の如し、というのが、寿鳳宮に暮らす者達共通の認識であったのだ。
この時も、竜花は、体の線がはっきりと分かる薄い夜着だけ。
寝台の上で碁盤を前に横になり、両肘で上体を支えるという、非常に不安定で胸元が悩ましい体勢だったが、二人の間には、越える一線が存在すらしないのだった。
大体、話題が、翌日に迫った皇翼の嫁問題なのである。
「いい加減、覚悟を決めたらどうだ。始めから政略結婚なのは、国中が承知しているんだぞ」
「君は他人事だから簡単に言ってくれるけれど、好きでもない相手に結婚を申し込む僕の情け無さを、少しでも考えた事があるかい?」
「結婚後に好きになれ。それが政略結婚だ」
真理である。
「それはその通りだけれどね。何と言うか……決め手に欠けるんだよ。何家の何姫、親族は誰で、資産は幾らで。そんな情報は全部頭に入っているけれど、それでは一向に人柄が伝わらない。このままでは、資産目録と家系図の巻書を持った案山子に跪くのと、大差無いよ」
皇翼の尤もな嘆きに、竜花は強制的説得を諦めた。
可憐な顔に渋面を作って言う。
「人柄が摑める話を聞けば満足なのか?」
「君なら知っているだろう?」
「お前の決断を左右したのが誰なのか、発覚して姫君達に恨まれるのは私なんだぞ!」
「うん、僕ではないね」
先程のお返し、とばかりにさらりと言われて、竜花は怒る気も穏便に説得する気も失せた様だった。
億劫そうに起き上がる際、戦士とは思えぬ程白く細い足が零れる。
世の殆どの殿方の心拍数を跳ね上げるだろう一品から、さり気なく目を逸らした青年の努力を粉砕するが如く、無自覚な美女は胡坐を掻いて断った。
「今から話す事は、あくまで私の得た印象と逸話だ。噂は噂に過ぎん事を胆に銘じておけよ」
「鵜呑みにしない。誓います」
安堵して笑む従弟には降参するしかない。
お読みいただきありがとうございます。
ご感想等ありましたら嬉しいです。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。
全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
天に刃向かう月
も、ご覧下さると嬉しいです。