花選びの章19 蠢動
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花選びの章19 蠢動
「諸君。私は敢えて問おう。鳳王室の藩屏として我等が今ここに在るのは何の為か。偉大な先祖の足跡を辿り、血を絶やさずにきたのは何の為か。この様な暴挙を看過する為か」
薄暗い部屋に、人影は六つ。
黙して語らぬ上座の主は、心を読ませぬ表情で閉ざされた大窓を見上げている。
埋まった五席、熱弁を揮うのは、論議の進行役を自負する初老の男だった。
「答えは否だ。若き陛下をお助けし、正道に導く事こそ、誇り高き鳳貴族の真の務め」
無数に上がった賛同の声に、男は数度頷いた。
「日頃は聡明な陛下であらせられるが、如何せん、まだ御若い。御自分が何をなさったのか理解しておられないのだ。真の忠臣として、我等は生命を賭してその誤りを正し、此度の『花選び』が噴飯ものの愚挙であった事を、何としても御理解頂かねばならん」
「鷹公主の立后は、決してあってはならぬ事態。早急に手を打たねばなりますまい」
「統翬王が定められた神聖な儀式を冒瀆する事が、どれ程の罪か。陛下にお伝えしなければ」
「陛下は賢明な方だ。今は公主の色香に惑わされているだけでしょう。我等愛国の士の声が届けば、きっと御目を覚まされる筈です」
あれこれと大義名分をこじつける者達を、上座の主は内心で嗤った。
己を正義と信じるなら、言葉は不要の筈だ。論理で頑なに武装するのは、自身こそが己の正義を信じておらぬ何よりの証拠だろう。その武器が端から破綻しているのだから嗤わせる、と、元より己を義とは思わぬ男は更に嗤った。
男にとって、国の行く末等どうでも良かった。
賢王が善政を敷こうとも、暴君が悪法を蔓延らせようとも構わなかった。
呪わしく疎ましい世界で興をそそられるか否か。それが全てだった。
始めに関心を持ったのは、小動物が責め苛まれた末に上げる、断末魔だった。
直ぐに飽きて人間に変えたが、周りが煩かった。
戦場で人を殺せば英雄なのに、他では許されぬとは妙な話だ。
戦場では弄る暇が無い。絶好の狩場だった鷹州も直ぐに追われた。
各地を巡ってみたが、興味を引かれたのは一つしかなかった。
「万一の場合、公主のお命を頂く事も考慮せねばなりませんが……」
男は嗤う。
初めて同志達を振り返った。
「知れた事。既に手は打ってある」
満座の一人が、陰惨な笑みで応じる。
そう。興味の尽きぬ者は一人だけ。
――何度殺しても死なぬ娘。
あの娘の体が鼓動を止める様を見てみたかった。
どうやったら殺せるのか知りたかった。
「公主と我等とは決して相容れぬ。だからこそ、公主を王妃にしてはならぬのだ」
一声一声に悪意が滲む。
全ての言葉に憎悪が滴る。
――例え相手が何者であったとしても。
「鷹竜花に、死を」
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解散後、薄暗い部屋に独り残った男は、血に濡れた様な褐色の瞳を北へ向けた。
「鳳凰の血が欲しくば他にも人はいたろうに、敢えて私を望んだのは……何の為だ」
偉大過ぎた父。
疎ましかった母。
何より憎んだ優秀な兄。
そして自分は、取り巻くものを生かすこの世界を悉く呪った。
世界を変えるより、壊す方が容易く。
壊され、踏み躙られた者の慟哭は、大層心地好かった。
だから汚した。天の娘を。
嘲る様な眼差しは、北――空。
神を信じぬからこそ睨むのは――天。
祝福された者と、呪われた者。
それがどちらも天から与えられたものだとしても、並び立つ事など望むべくもないのだから。
「呪い通り、貴様が私の血を啜れるか、試してみようではないか」
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全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
天に刃向かう月
も、ご覧下さると嬉しいです。