花選びの章11 竜花至上主義者達
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花選びの章11 竜花至上主義者達
総英が鷹隼宮から逃げ戻ったのは、儀式以上の衝撃で半死状態の論戦敗北者達が解散するところであった。
土気色を通り越して暗澹そのものと化した重臣達の表情を見れば、顚末は容易に推測出来る。それでも給仕を頼んだ女官に話を聞いたのは、不測の事態に備えての事であった。
上官と副将以上の交誼を自負していた総英だが、進退窮まった竜花の突拍子も無い手段に胆を冷やしてきたばかりでは無理も無い事だろう。
一方、初戦に大勝利を収めた皇翼は、一人、四阿で何か物思いしている風だったが、視界に遠慮がちに入ってきた年長の友人を認めると、直ぐに笑顔で招いた。
「我が愛しの白百合姫は、どんな様子だい?」
「……御命を少しでも惜しまれるなら、当分大将には近付かない方がいいでしょうよ」
「それは困る。会わなきゃ口説けない」
恋文にしようかな、でも、絶対に読まずに焼き捨てられるよな、と真剣に悩み出した皇翼は、恋愛に不器用な年頃の青年にしか見えぬ。
「序でに申し上げときますが、黒竜殿にも近付いちゃいけません。大将の怒り具合で、双子がどんな行動に出るか分かったもんじゃない。俺なら先ずは、毒味の数を増やしますね」
「……あの子達ならやりかねないなあ」
将来の国王毒殺犯とは、現在鷹家にて竜花の小姓と侍女を務める十三歳の双子の事である。
実は、竜花の部屋から這々の体で転がり出た総英は、門前でこの兄妹に拉致されていたのだ。
「鸞将軍。陛下が竜花様に求婚なさったというのは本当でしょうか」
武官として一通りの武芸を熟し、誉れ高き鳳の至宝、白百合の戦乙女の片腕という自負を粉々に打ち砕いてくれたのは妹璐珪で、妹に長身の総英を易々と羽交い絞めにさせてそう問うたのは、兄璐邦である。
総英が嫌になってしまうのは、この二人が竜花に仕込まれたとは言え、自分の胸の辺りまでしかない子供のくせに、この様な力技を苦も無く熟してしまう所だ。
しかも、肉体労働は璐珪の担当なのだから、情け無くなってしまう。
勿論、璐邦もかなりの腕だ。この際竜花は論外である。
「竜花様の御立腹の所以は、陛下の暴挙にあると推察して宜しいのでしょうか」
「お答え下さいませ、鸞将軍。竜花様の一大事でございます。もし陛下が嫌がる竜花様に無理を強いる様な事があれば、兄璐邦共々、その様な戯けた勅命に従う訳には参りません」
初夏の緑の如き、鮮やかな髪と瞳。兄は小姓として時に竜花と共に戦場を駆けさえするが、常は歳不相応な程落ち着いた物腰。
妹は少々過激な性格だが、竜花の忠実な侍女。先程せっせと枕や背当てを渡していたのは、この璐珪である。
中々愛らしい顔立ちのこの双子の共通項は、容貌と「竜花至上主義」の二点であった。
発言が如実に物語る様に、二人にとっては国王陛下の玉音よりも、竜花の下知が優先されるのだ。
否、竜花が命じずとも、主の意図を汲んだ双子なら、竹瑛宮の厨房に潜り込んで皇翼の膳に一服盛るくらいはしかねない。
この様な双子の偏った人格形成には、無論、多大な影響を与えた人物がいる。歳の離れた姉瑠珒である。この瑠珒、今は他国に縁付いたが、嫁ぐまでは竜花付の侍女であった。
双子よりも更に濃い、森林の如き深緑色の髪と瞳のこの姉は、凌誠の遠い縁者である事、実家が凰都市内の鷹家公邸に近かった事もあり、頻繁に実家に顔を出しては、幼い弟妹に竜花の麗質を吹き込んだ……もとい教化した……もとい薫陶したのである。
こうして、魂の奥の奥にまで「素晴らしき竜花姫像」を刷り込まれてしまった双子は、嫁ぐ姉と入れ替わりに、夫々竜花付の小姓と侍女になったのであった。
今でも、十日に一度は双子に竜花の様子を尋ねる文を寄越し、二月に一度は里帰りして公邸に顔を見せる瑠珒の、竜花への傾倒振りを示す逸話は数多い。
瑠珒が鷹家に奉公に上がったのは、竜花五歳の時、つまり、家宰となった凌誠が吟味した奉公人の第一陣である。
先王の意向で、竜花が鷹州の本邸から凰都の公邸へ移ったのも、この頃であった。
因みに、王宮内に賜った貴族の殿舎を官邸、自領の邸を本邸、更に大貴族が凰都に構えた別宅を公邸と言った。
ここには官邸を賜った貴族の縁者の内、殿上を許されぬ者が常駐し、有事の際には当主の手足となるのが通例であるが、現在の鷹家は翅元の不行状から縁を切った縁者が多数の為、使用人しか居らず、偶に竜花が監督に訪れる以外は、鳳国きっての大貴族の公邸とは思えぬ程静まり返っている。
各地に点在する他の別荘や邸は、一括りに私邸と言われる。
可愛い姪の教育の為にも、不出来な父親の悪影響を排除する為にも、先王が望んだ竜花の凰都移住であった。
公邸に腰を落ち着けた直後から、凌誠の反「貴族の姫君教育」が開始され、同時に瑠珒が侍女として付いた訳である。
竜花七歳のある夏の日。
髪をずっと伸ばしていた竜花だが、腿に届く長さをいい加減持て余し、切る事に決めた。
それまでは、凌誠が身嗜みを理由に短髪を禁じていたのだが、ここまで長いと、結っても武術の鍛錬には邪魔なだけだったのだ。
だがここで、人に頼まず自ら短刀で切り落とそうとするところが竜花である。
偶然その場に遭遇した瑠珒は、一瞬で事態を理解し、問答無用で懐剣を引き抜いた。
因みに、普通の侍女は、主の供の最中なら兎も角、仕える邸内で懐剣を所持したりしない。
説得が無理な場合の竜花を止める方法として、瑠珒は前々から用意していたのである。
「自傷行為を見逃す訳には参りません! もしどうしてもと仰るなら、私、御前にて咽喉刺し貫いて自害致します!」
とんでもない侍女である。
「何を大仰な。ただ髪を切るだけではないか」
竜花は、幼い時からこの様な物言いをした。造形美の極致の如き美少女だが、固い口調が良く馴染んでいたという。
外見と中身がこうまで違うのも珍しかろう主人に、年長の侍女は懐剣を細首に当てたまま食ってかかった。
「だけ? だけと仰いましたか!?」
瑠珒は世界の終わりを聞いた様な顔をした。
「何と嘆かわしい! 世の乙女が求めてやまぬ、絹の如き御髪を備えていらっしゃるというのに! その幸運を天に感謝なさらず、無造作にお捨てになるとは何たる暴挙! 何たる愚行! 天罰が下るに値する愚挙なれど、姫様をむざと天雷の餌食とする訳には参りません。不肖、この瑠珒めが、姫様に成り代わりまして天の怒りをお鎮め致します!」
「瑠珒……。今度は何の芝居を見たんだ?」
「『姫将軍捕り物控え其の六忠臣桜蘭の最期』ですわ。詳しい内容をご説明致しましょうか」
呆れる主から、今後勝手に髪を切らぬとの言質を取ったという伝説は、今でも鷹家奉公人達の語り草となっているのだから侮れぬ。
この姉仕込みの双子もかなりの曲者だが、困った事に、普通は実物を目にした時、理想と現実の落差に夢は脆くも崩れ幻滅し、現実を直視せざるを得なくなるものであるのに、双子は洗脳具合が余りにも深かった為か、一般的な貴族の姫の枠を大きく逸脱するどころか、踏み潰して彼方に蹴り飛ばすに等しき竜花の言動に、更に心酔してしまっているのだ。
それを嫌と言う程思い知らされている総英は、忙しく頭を働かせた。
迀闊に答えようものなら、総英と言えども竜花様の敵、とばかりに誅殺されかねぬ。
どうやって切り抜けたものかと内心冷や汗を掻いていたが、激情治まらぬ竜花の二人を呼ぶ声で、運良く解放されたのである。
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