76。皇妃の資格がない?!
愁水が怜銘の部屋に会いに来たところから、始まります。
タイトルは誰のことを表すのか、読めば分かる…かな。
「…怜怜、もう大丈夫なのか?…貴方には…兄上のことでは、辛い思いをさせてしまった…。本当に、申し訳ない……」
「…いいえ、愁水さま。貴方は、悪くございません。無論、皇帝陛下も同様でしてよ。今回、悪いと言えるのは邪神竜でしょうが、過去の大昔の人間が悪巧みしたことを、発端としたものです…。わたくしは誰が…とは、思いたくございません。唯単に運命の歯車が嚙み合わなかったのだと、そう思いましてよ…。」
結果的に、皇族である自分達の事情に巻き込んだと、怜銘に会った早々に詫びを入れる愁水に、誰も悪くないと自分は誰も恨んでいないと、彼女は否定する。運命がそうしたのだと…。
あの後直ぐに、愁水を迎える準備をした怜銘達。目覚めた怜銘が巫女の訪問を了承すれば、涼風が早速皇子に伝えに行き、清蘭がその間に張り切って準備した。他の侍女達も清蘭の指示に従い、大勢で協力し合えばあっという間に、皇子を招き入れる準備は整っていく。
怜銘の身支度を、清蘭・蓬花・清季の3人掛かりで行うという入念さに、怜銘も苦笑気味であった。…そのお陰で、短時間で仕上がったのだと言える。そうしてドタバタと身支度する彼女達は、何とか皇子が到着するまでに、間に合わせた。
着替えと髪のセットで、少々お疲れ気味の怜銘ではあるが、愁水が部屋に顔を出した時には、にっこりと笑顔で出迎える。愁水が部屋に入ってくるのを確認し、侍女達は清蘭を残して全員出て行く。その清蘭もお茶の用意をした後、怜銘の部屋から隣の部屋へと移動していた。
今の現状は怜銘の部屋で、愁水と2人っきりである。清蘭を含めた侍女達は今頃、他の仕事に従事しているか、自分の部屋で待機しているか、その何方かであろう。余程の用事がない限り、怜銘の部屋に勝手に入ることはない。勿論、彼女が呼べば例外なのだが。
「それでも…怜怜に謝りたい。邪神竜の復讐する相手は、皇家の人間だ。それなのに皇家の事情に貴方を巻き込み、その上…兄上のことで貴方を散々、苦しめた。兄上の真の正体を見抜けず、誰も本当の真相に気付くことがなく…。もっと早く気づくことができれば、貴方も父上も兄上も…他の誰も、傷つかずに済んだかもしれないというのに…。」
愁水は流水のことでは、色々と後悔しているようだ。確かに、愁水の一部から複製された流水が、人間ではないと初めから分かっていたら、何もかも防げたのかもしれない。けれども、あの時の邪神竜や竜の神様の話では、崩御された皇妃は気付いていたという話であり、その彼女は誰にもその真相を、打ち明けていなかった。
どうして皇妃は、流水の正体を見破ったというのに、夫である皇帝陛下に真相を語らなかったのか?…皇帝陛下が皇妃と愁水を助けた時点で、邪神竜の企てた真相を伝えていれば、その時点で流水は消えていただろうに。そうすれば、少なくとも本物の皇子である愁水が、不当な扱いを受けることは無かった筈なのに、と…。怜銘は、そう思わずにはいられない。
「…愁水さま。必要以上にご自分を責められては、いけませんよ。早く気付けばというお話に関しては、崩御なられた皇妃様はご存じだったそうですし…。それならば皇妃様も、御責任を問われてしまいます…。それに…傷つかれたお人を、もうお1人として…肝心な愁水さまご本人のお名前を、忘れていらっしゃますわよ?」
「……っ………それは………」
怜銘は自らがそう感じた疑問を、そのまま言葉にしてぶつけるのではなく、彼自身が気付かぬ真意に気付かせようと、自分の名前も忘れないでくださいね、と敢えて言葉にする。
愁水も、十分に傷ついている…。そうだと信じて言い切る怜銘に、愁水は戸惑いつつ言葉に詰まる。母親が何もかも知っていたと聞いてから、徐々にじんわりと浸透し、「何故……」という想いでいた。傷ついたのは貴方も同様…と彼女に諭され、漸く自らも傷ついていたと知り…。
「皇妃様も、何かご事情がお有りだったのかも…。皇帝陛下が禁忌を犯してまで守ろうとされて、皇妃様も愛するご家族を守る為、お悩みだったのかしら……」
「…………」
怜銘は戸惑う愁水に、皇妃にも事情があるのだと庇っているようだ。決して愁水を悲しませることが、彼女の望む未来ではないからだ。本心からそう信じていなくとも、彼の為ならばどんな嘘も吐けると、決心して。
「皇妃様はもう既に、流水さまに情が移っておられたのかもしれません。例え愛する人との子供ではなく、嫌いな相手の子供だったとしても、女性はその子供を出産した着後に、生まれた我が子を愛するようになると、以前に何処かで伺ったことがございます。女性は母となった途端に、誰よりも強くなるのだと……」
…そうとしか考えられない。生まれた幻の子供・流水さまを愛し、見殺すことも出来ないと…。実の子である愁水さまが、多少不憫な立場になろうとも、我が子だけは大丈夫と歪な過信を持たれて……。だとするならば、その行為こそが親の身勝手なのだと…。
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「…兄上が邪神竜の作った存在だと、母上が気付いた時には、既に…我が子として愛していた…?」
「…ええ、その可能性が高いですわ…。親も悩みつつ、子供と共に成長するようなのですわ。」
「…………」
何処の世界でも何処の時代でもどのような身分でも、親の気持ちは子供に伝わるものだと、そう考える親達が居るようだけれど、それは…親の勝手な思い込みなのだと、前世の記憶がある怜銘はよく知っている。
…親の気持ちは分からなくとも、子の気持ちは良く分かっているつもりよ。親の気持ちが子供に伝えてもいないうちから、理解されるとどうして考えるのだろう…。どうして子供の気持ちを聞かずに、子供を理解したつもりでいるのだろう。何故、親の思い通りに子供がそうあるべきと、思い込むのだろう。それ以前に、家族なのに徹底的に話し合わないのよ…。
怜銘がそう疑問に思うのは、無理もない。彼女の家族は前世でも現世でも、最終的には彼女の意見を聞き入れてくれた。勿論、話さなければ分かり合えることはないと、以前の経験で彼女はそう感じた。
「言葉に出して言わなければ、分からないわよ?」
前世の母が口癖のように言っていたと、それを思い出したのはつい先程のことだけれど…。母がそう話す度、彼女は自らの気持ちを吐露した。その所為で母親と大喧嘩になり、父親にも本気で怒られた。其れでも、後悔をしたことはない。寧ろ、母親も彼女もスッキリしていたと…。
今の家族は、もっと過保護だ。使用人や平民を馬鹿にしたり、我が儘な言動で人を振り回す、などという行為とは真逆の怜銘は、幼い頃からとても聞き分けが良く、我が儘というより何方かと言えば、相手の為だった。但し、男児のように木に登り危険な目に遭い、両親から叱られ謝ったその数日後に、再び同様の行動に出ることだけは、問題視されていたが。
そういう風に無邪気で無欲で人の良い彼女だからこそ、彼女の言い分は漏らさず聞き入れてもらえる。両親だけではなく兄姉も、そして赤家の使用人達も、皆が彼女を溺愛している。
そういう幸せの中で過ごした彼女には、愁水の本当の苦しみや悲しみは、真に理解が出来ているかどうか分からない。流水も人間ではなかったとは言え、この世に人間として生きたからには、喜びや悲しみを持ち合わせたようである。流水はその全てを怒りに蝕まれたけれど、何の問題もなく心から幸せであれば、怒りに変換されなかったかもしれない。
前世も含めて幸せな人生だったからこそ、理解出来ることも、逆に出来ないこともあるだろう。彼らの母親である皇妃が、自らの子供達をどのくらい愛して大切に思ったのか、出産経験のない怜銘でも、少しは理解出来ると思っていた。
一度愛してしまったからこそ、切り捨てられない我が子への気持ちを、その真相を皇帝である夫に話せば、ほぼ 100%の確率で人間ではない子供は、切り捨てられると悟った。人間ではないのならば余計に、皇帝は我が子だとは絶対に認めず、一生愛さないと…。尚更夫には告げられないと、皇妃は我が子を犠牲にすることで、呪われた子供を自らの子供同様に愛そうと、決めたのかもしれない。
但し、怜銘も此処までの心情は、何となく同じ女性として、理解出来なくもなかっただろう。呪われた子供を簡単に切り捨てられないのは、人間として誰もが持つ感情であろう。但し、血の繋がった我が子を犠牲にして…という理屈は、怜銘には全く理解出来ないことだった。何方かを犠牲にする時点で有り得ない選択だと、どうしても分かり合えそうにない。
…どうして其処までして、流水さまを生かしたの?…どうして我が子を犠牲にした状態のまま、皇妃様は崩御されたの?…事故死などの突然死ならば兎も角、病死で長らく床に就かれておられたのに…。
国をも揺るがす真相を何も言わない状態で、後の残る人々に課題を残して死亡したのは、放置したのと変わらない。呪われた子供に情を移すのは兎も角、生かしたその後の後始末を、若しくは対策というものを、全く考えていなかったのか、それとも後に残る人間に託したのか、何方にしても無責任すぎる選択だ。血の繋がる我が子だから、犠牲にしても良いと考えるのは、親の身勝手な思考でもある。本人の意思を全く確認しておらず、これでは虐待と同様に思えてしまう。
…皇妃様とのあろうお方が、何を考えておられたのかしらね…。何もかも中途半端すぎて、浅はかとしか言いようがないわ。下手をすれば双子のタブーで、ご自分も我が子の愁水さまも、抹殺されていたかもしれない…。厳しい見方をするならば、気付いて直ぐに皇帝に真相を告げ、流水さまを消すべきだったのよ。そうすれば今更になって、流水さまが消えることもなく、また誰も悲しまずに済んだのに……
愁水が色々と後悔している様子を感じて、怜銘が代わりに憤然と怒る(?)様子でしょうか…。元皇妃は、ちょっと深い考えが足りない人のようでして。自分は悪気もなく知らぬうちに人を傷つけるタイプだと、思っていただければ良いかと…。
次回は………プロポーズとなるか?!