60。事件の結末とその後
今回の話は、少し時間が遡ります。
タイトル通り、事件の結末とその後の話となりますが、多少前回と重複した部分が見られます。
時間は、少しだけ巻き戻る。無事に黒幕の男が、拘束された日のことである。
仮死状態の怜銘はその日のうちに、まるで息を吹き返すかの如く、眠りから目覚める状態となる。彼女にずっと寄り添っていた蓬花がすぐに気付き、涼風が老医師を呼びに行く。老医師が怜銘の身体の状態を見守る中、彼女はふっと目を開け…。
怜銘は目を覚まし、目を開いただけという状態で、暫くぼんやりしていた。蓬花から呼ばれ、清蘭は慌てて駆け付けて来ると、怜銘が目を開けた姿を見て、涙を流し号泣する。それを見た怜銘が、少し意識が浮上してきたようで、清蘭にふわりと柔らかな笑顔を向けて。横に寝た状態の怜銘に、清蘭はガバッという猛烈な勢いで、怜銘に抱き着いた。本来ならば、老医師が止めなければならない行動だが、怜銘の様子から大丈夫だと判断して。
その後は侍女が次々と訪れ、目を覚ました怜銘を見ては、皆嬉しそうに泣きじゃくるという繰り返しだ。そして今度は侍女の次に先ず、愁水が飛び込んで来る。彼に抱き締められた当初は戸惑いを隠せず、彼女の戸惑う様子を見て微笑む彼を見て、怜銘に昔の思い出がフッと蘇って来て。
「貴方は、愁愁ですのね……」
彼女が彼のことを昔の愛称で呼んだことで、彼も感極まったことだろう。彼は嬉しくて嬉しくて、彼女をまたギュッと抱き締めたのだが、彼女は照れた様子は見せても、以前のように嫌がる素振りはなく。然も愛おしそうに、彼女も笑い返して。
しかし、愁水が喜びを噛み締めている間にも、今度は香爛が飛び込んできて、怜銘に抱き着いた。愁水は怜銘を妹に盗られた形となり、苦笑する。行き成り抱き着いた香爛に、戸惑う様子を見せた怜銘も、震える幼子をあやすかのように、笑顔で香爛の頭を撫でている。香爛は徐々に震えが止まって、落ち着きを見せていた。暫し怜銘と話をして、愁水と香爛の兄妹は帰っていく。
皇子達が出て行ったのを見計らっていたかのように、蓉杏や茗明や恋華が相次いで訪れた。友人達も泣きながら、怜銘が無事だったことを喜んでくれる。その日に訪れたのは、怜銘の仲が良い人達ばかりだったが、次の日も朝食を摂った後から、他の令嬢達やその侍女達、王宮や後宮で働く使用人達が訪れた。勿論、見舞い客は女性のみであるものの、男性陣は王宮で「目出度いっ!」と、酒を交わし…。
特に武官達や隠密達は、愁水の機嫌が上機嫌になったことに、安堵する。表の黒幕が摑まることで、更に裏側の黒幕の正体も判明した。怜銘が目覚めて数日後、そろそろ証拠も揃って来たと、真の黒幕を捕らえるという流れになり、この真の黒幕を捕らえることには、寧ろ皇帝よりも愁水の方が乗り気になっていた。
皇帝の予想通り、愁水は条件を出して来た。怜銘の仮死状態の一件を水に流す代わりとして、今回の真の黒幕を捕らえ尋問するのは、愁水に一任することを…提示してきたのである。その時の愁水の顔は………
思い出しても、恐怖を感じざるを得ないな…。あれは提案だと言ってきたが、実のところは間違いなく、交換条件であったな…。私も皇帝として闇の部分を持ってはいるが、我が息子の方が深い闇を持っておるな…。流石に…怜銘が苦労しそうだなあと、同情したくなって来たわ…。
皇帝からすれば、息子から脅されたも同然だ。あの腹黒過ぎる顔で、ああいう条件をやや強引に提示されれば、ノーとは言えない状況だ。あの状態でノーと返していたならば、息子の方から親子の縁を切るとでも、次期皇帝にならないと言いそうなことだと、想像が付く。何方にしろ、皇帝も皇子の復讐行為を、邪魔をする気は全くないのだが…。
…怒った皇子は、十分に恐ろしい。愁水を敵に回す結果になったことを、心底後悔すれば良い。何れ皇帝となる愁水は、私よりも容赦がないことを……。
数日後、真の黒幕とされる悪人達を捕らえた。その真の黒幕の正体は、赤家を始めとする青家・緑家・黄家・白家を逆恨みした、元低位貴族の者たちだ。以前に不正を働き、麓水国5家に復讐の機会を狙っていた奴らだ。郡家当主を表の黒幕に仕立てたのは、過去に彼に仕事を横取りされたから。隠密は、青家と黄家の屋敷で働いていた者も居たが、仕事で不正をしクビになっている。要するに何奴も此奴も、逆恨みということだ。
彼らの唯の逆恨みで、全く関係のない怜銘の殺害計画は、結果的に彼女自らの芝居で未遂に終わったとしても、暗殺しようと目論んだのは間違いない。彼ら罪人たちは、怜銘の評判をも貶めようとしており、例えどういう理由があろうとも、愁水にとっては絶対に許せないことである。
こうして皇帝ではなく、皇子に処罰されることになる暗殺者達は、処刑若しくは生涯に渡り投獄されることとなる。真の黒幕達と直接手を下した隠密達は、処刑された。郡家当主は投獄され、怜銘暗殺未遂事件はこうして幕を閉じたのである。
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「…申し訳ございません、怜銘様。私の父が本当に、馬鹿なことを……」
こう告げて頭を下げたのは、投獄された郡家当主の娘であり、後宮では怜銘の侍女である。怜銘が目を覚ましたことで、瑩莉の苦しみは多少改善されたものの、父親が本当に暗殺しようとしたのは、許されることではない。頭を下げ謝罪をしても、罪を逃れられない。それでも…父に代わり、謝罪という誠意は見せたいと。
「…瑩莉、貴方は何も悪くありません。流石に、貴方の父親を許す訳には、参りませんけれども…。寧ろ貴方は、幼い頃から父親の被害に遭っておられた、被害者なのですわ。今は貴方の父上も反省されておられるようですし、郡家当主は投獄以上の処罰には問われないことでしょう。これからの貴方は、父上のことは忘れて、ご自分の幸せを見つけてくださいな。」
「……ありがとうございます。怜銘様のご恩に報いるよう、今後も努力致したいと思います。」
瑩莉は何も知らなかったことだと認められ、何の罪にも問われてはいない。父親の罪を知った時も、父親に自首するようにと告げた彼女は、悪意がない人物と判断されたのだ。怒り狂っていた愁水も、何も関与していない瑩莉に、罰を受けさせるつもりはなかったので。
瑩莉は怜銘を慕っており、真面目に働いていたようだ。彼女の子供の頃からの幼馴染で、他の令嬢の侍女になっている者から、詳しい事情を聞くことが出来た。父親の所為で母子は苦労させられ、それで母親が早死にしたという証言も得ていた。
瑩莉が投獄された郡家当主の娘で、怜銘を暗殺しようと命令したのが、その郡家当主だという事実は全て公表せず、その事実自体を伏せられた。瑩莉の父親が犯した罪のことは、王宮と後宮でさえ殆ど知られていない状況だ。郡家当主を捕まえた時点で、皇帝と愁水は既に瑩莉と知り合いだと暈し、親子だと公表しなかった。瑩莉が望むならば今後も、後宮の侍女として働くことが可能となったのである。
瑩莉本人もこの後宮で働きたいと、せめて父親の犯した罪を、彼女が誠心誠意仕えて埋め合わせしたいと願っており、そのまま怜銘に仕えるという待遇となる。怜銘自身も、瑩莉が父親の暴走を止めたのだと、逆に感謝をしていたので、侍女が恋愛結婚をして幸せになることを、心から望んでいたりする。
怜銘も、瑩莉の希望を受け入れた。瑩莉が父親の責任を取らされることを、怜銘は飽くまでも望まない。父親の罪と瑩莉とは無関係だと、彼女は信じたかった。幸いにも皇帝も愁水も、瑩莉の境遇を哀れに思い同情しており、瑩莉の父親が罪を犯したこと自体を伏せた。それならば怜銘も、瑩莉本人が辞職したいと思わない限り、此処に居てもらいたいと思って…。
結果的にこの結論は、功を称していた。怜銘の暗殺未遂の事件後直ぐに、瑩莉が責任を感じ辞職をしていたならば、真の黒幕達に表の黒幕が捕まったことを、早々と気付かれていたかもしれない。それほどに怜銘の暗殺未遂は強烈で、王宮と後宮以外の世間の人々にも、大きな影響を与えていたのだから…。
さてこれにて、怜銘の暗殺未遂事件は無事に解決したけれども、怜銘達にはまだ大きな問題が残されていた。それは何かと言えば、幽霊の流水が今も何処かで、彷徨っているという一件である。実はその流水は、幽霊という見えない姿であるのを上手く活用し、真の黒幕へと続く足取りを辿ってくれていた。流水自身が皇帝の目の前に現れて、それを報告していたのだが、その事実は…皇帝と密偵ぐらいしか知らない事実でもある。
愁水は、怜銘が仮死状態なのも知らされていなかったので、流水が目撃者であることも、未だ知らずにいた。だから、流水が今回の事件の解決に、裏側から協力してくれていたとは、思ってもみなかったことである。
皇帝も今回の一件では、流水に感謝をしていた。怜銘が無事だったのは、彼が目撃していたからだ。もし彼が再び幽霊として現れなければ、怜銘は…毒殺されていたかもしれない。そう思えば、流水は怜銘の命の恩人でもある。しかし、流水は怜銘に危害を与えたという過去もあり、このままいつまでも幽霊として、放置する訳にも行かないと…。
複雑な心境なのは、皇帝だけではなく怜銘も同じである。流水が皇帝に報告していたことまでは、彼女は知らなかったけれども、毒が塗られたことを詳細に教えてくれたのは、流水だ。彼が教えてくれなければ、今頃彼女は…。そう思うと……
…今回は、流水さまに助けられたわ。でも、どうして助けてくださるの?…流水さまは、そういう人助けをするようなお人では、ない筈なのに…。唯の気まぐれなのかしら…。もしそうだとしても、彼の常の言動とは、辻褄が合わないわね。本当に彼は、どういう風の吹き回しなのかしら…。
しかし、怜銘は…知らない。まだ、本当の流水の姿を………
怜銘暗殺事件での結末とその後を、纏めました。これで事件もひと段落しましたので、この章は終了となります。
次回は、終章に入る予定です。