35。残酷な悪魔の正体
怜銘が部屋を抜け出したその後、となります。
タイトル通り、悪魔のような存在が登場しますので、ご注意くださいませ…。
走って走って…漸く到着した、目的の『宮ラブ』のイベント会場は、夜中に来てはならない…と皇子が話していた、問題のある四阿だ。怜銘が走って来る頃には、更に空の色が徐々に明るくなって来ており、このままノロノロと行動していれば、清蘭達侍女に怜銘が部屋から抜け出した事実を、知られてしまうことだろう。
先日この四阿で気分が悪くなってから、此処に来たのは2回目だ。それ以降は忙しかく過ごしていたこともあり、また曰くつきのこの四阿を良く思わない清蘭によって、此処に来るのを禁止されていた。怜銘は以前、此処で気分が悪くなったことなど忘れたかの如く、どうしても夢の内容を確認したくて、駆け付けて来た。皇子には昼間の間しか来てはいけないと、忠告されてもいたにも拘らず、もう明るくなるから大丈夫だろうと安易に考え…。
大して考えもせずに此処まで遣って来た怜銘は、四阿の戸を開けようとして、ガタガタガタと音を立てて開けた引き戸から、四阿の中に恐る恐る入って行く。あの時と同じく、殆ど物が置いてない状況だ。当然の如く誰もおらず、怜銘は小屋の中を見回していた。
その時、突風のような風が戸の外側から強く流れて来て、怜銘の身体に直撃してきたので、彼女は慌てて風に吹き飛ばされないようにと、小屋の中の唯一の大黒柱にしがみつく。暫くそのままの状態で柱にしがみついていると、唐突に風が止んでシ~ンと静かになる。
「あはははは…。相変わらず…惨めな姿だな、怜銘。」
「……!?………」
誰も居ない筈の小屋の中に、唐突に少年の声が響く。自分に対しての酷い言葉と思われるセリフに、思い当たる節がある怜銘は、その声の主に驚きつつも自らの周りを見渡し、キョロキョロとして。そうして…彼女は漸く見つけたのだった、その声の主と思われる人物を…。
怜銘はその声の主である少年を見つけ、瞳をこれ以上ない程に大きく見開く。その少年に見覚えのある怜銘は、頭が真っ白になる。今は全く何も考えられず、唯々只管に彼女がその少年を見つめ続けていると、目の前の少年は心底から楽しげに、彼女と視線が合えばニヤリと笑い…。「どうして…」と声に出そうとしても、彼女の口は動きが止めったように固まって。
……嘘でしょう?…どうして、この少年が今・此処で登場するの……。それにこの姿は、一体何なの…。どうして、あの時のままの子供の姿なの?…どうして、全く成長していないのか…。
目の前のこの少年は、怜銘にとっては過去の姿である。既に成人している筈の人物なのに…。怜銘と会わなくなってから何年も経っており、少なくとも目の前のこの少年も、怜銘より先に成人した筈である。この国の成人は、16歳からなので。
そのままの姿など有り得ないし、この少年は明らかに歳を取っておらず、不思議な現象で…。それに…実際の彼本人は、問題なくきちんと成人していた。では、この目の前の少年の正体は、一体誰なのか…?
……おかしい。何かが変だ。どうして過去の彼が、此処に存在しているの?…私はまだ、夢を見ている?…それとも、自分が作り出した幻想?…でも、それはないと言える自信があるもの。
「…お前、怜銘だろ?…久しぶりだな?…昔、あれだけ虐めてやったのに、また此処に遊びに来たのか?」
「……っ!!…………………」
目の前の少年をジッと見つめた状態で、怜銘は暫し固まっていたようだ。動揺する怜銘を嘲笑うかの如く、少年は怜銘の琴線に触れる言葉を告げ…。昔、怜銘を虐めていたのは、唯1人の少年だ。目の前の少年は、彼の少年だった頃に瓜二つで。
……嘘、嘘だわ…。だって彼の人とは、毎日会っているのよ。彼の人は…生きている人よ。それなのに…目の前の少年は、宙に浮いていて…。要するに目の前の少年は、既に死んだ存在だ。しかし、それは…おかしい。だって彼には、昨日も会っているというのに……
「怜銘…。お前、僕を忘れたのではないよな?…あの頃、お前は狼凱に懐いていただろ。兄のように慕っていたよな。」
目の前の少年が語る内容は、怜銘と少年しか知らない内容も含まれており、これは間違いなく…彼女が良く知る、彼の人の子供の頃の姿であり…。怜銘は有り得ない真実に怯えそうになり、それでもこれが現実だと知っており。
怜銘は、身体の震えが抑えられなかった。気付いたら身体が震えだし、そして震えが止まらなくなっていた。段々と顔から色を失って真っ青になり、徐々に小柄な身体が小刻みに震え出し、今は…誰が見ても分かるほどに、大きくガタガタと震え出す怜銘は…。有り得ない事態と恐ろしい現実に、何も考えられない状態となり、現実を受け止められそうになくて…。
「………流水……さま………」
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口をパクパクさせた後、漸く声が出てそう言うのが、やっとだ…。それしか…思い当たらなかった。第一皇子の愁水は、生きている筈だ。残るは『宮ラブ』の登場人物である彼の人しか、考えられなくて…。今現在も記憶を一部失くしている怜銘には、彼の人にそっくりな目の前の少年は、そうとしか思い当たらず…。
「なんだ、やっぱり覚えているじゃないか。僕を忘れたふりをして、僕を揶揄うつもりだったのか?…そういうヤツには、お仕置だよなあ…。」
目の前の少年は、やはり…流水であった。怜銘に対し残酷な言葉を告げる彼は、こういう残酷な言い回しも、ニヤリと笑う意地の悪い残酷な表情も、怜銘には聞き覚えも見覚えもあるものだ。そして彼は、『宮ラブ』に登場したキャラそのものの人物で。
怜銘は、気付いていた…。この少年の話し方や仕草などの全てが、過去の皇子と全く同じであるということに…。間違いなくこの少年は、怜銘の良く知る人物なのだろうと。実在しない人物だと一時期は思っていたのに、如何やら実在した人物だったらしくて。それにこれは、どういう展開なのだろうか…。
この少年が全く成長していないのは、既に死亡しているからなのか…。少年のこの姿は、幽霊ということなんだろうか…。ぷかぷかと宙に浮かぶ少年は、何らかの能力者なのかもしれないと思うだろうが、怜銘には彼の正体がもう…分かっていた。向こうの光景がハッキリ見えるほど、少年の身体は透けていた。これはどう判断しようと、彼の正体は幽霊なのだと…。
少年からお仕置きの言葉が飛び出て、怜銘は昔を思い出しつい身構えていた。少年は彼女を足蹴りしようとして、足を上げ構えたまでは良いものの、彼女に真面に当たる筈だった蹴りは、彼女の身体をすり抜けていった。
……ああ。やはり、彼はもう死んでいるのね…。あの乱暴な流水さまは、もう崩御されている…。それでも、此処に幽霊として現れるということは、自分はまだ死んでいないと事実に気付かないのか、それともその事実を認めたくないのか、何方かなのだろうか…。何故亡くなられたのかは、全く事情を聞いていない私には、理由が分からない…。どうして、こうなったのだろう…。
「……クソっ!…怜銘にも、触れられないのかっ!…お仕置きも何も全く出来ないとは、僕は楽しむことも出来ないのかっ!」
「………」
彼の本来の性格を知らない人物には、悪戯っ子の男子のセリフに聞こえるかもしれないが、彼の本来の性格は屈折していた。自分が得をする人間達には、礼儀正しい皇子らしい仮初の姿を見せ、自分より弱い立場の人間には、自分の本音で接することで、イビリ倒していた。とてもではないが、悪戯っ子の範疇を超えている。
悪口や嫌がらせは勿論のこと、前世で言うところのイジメに近いものを感じ、偶に彼の虫の居所が悪ければ、強めの力で頭を殴ってきたり、身体を足で蹴ってきたりすることもあった。他の大人達にバレないよう、力を加減をして…。
但し、怜銘が大怪我をしたあの事件の時は、彼の機嫌が最高潮に悪く、怜銘も普段とよりも体調が悪かった。朝から自分に熱があることを知らず、後宮に遊びに来ていた怜銘は、皇子の腹いせで水を掛けられ、その後更に足蹴りされるという、不幸が重なって…。怜銘は今の少年の行動で、その時のことを詳細に思い出し、今の怜銘は恐怖より怒りが沸々と湧いてくる。
本当に最低だ…。流水が第一皇子だからと、怜銘が彼より格下の身分だからと、か弱い令嬢に何をしているのよっ!…同じ人間とは思えない仕業だわ、流水第一皇子さまはっ!!
怜銘はそこでふと気付いた疑問に、彼女の頭の中は真っ白になっていく。抑々、目の前の少年・流水皇子が第一皇子というならば、愁水皇子さまは第一皇子ではないのではなかろうか…。それとも、その逆が正しい可能性はあるのだろうか?…同性の双子だとしても、双子の2人共に第一皇子となることは、絶対に有り得ない。双子と言えども、2人同時に生まれることは不可能であり、多少の生まれる時間の誤差は出る。それが数分の場合もあれば、何時間か異なる場合もあるらしく、同じ何分何秒で生まれることは、医師とて不可能だと言い切ることだろう。
何方かが第一皇子ではなく、何方かが第二皇子なのだろう…と。怜銘の戻って来た記憶の中に、流水が第一皇子だと紹介された事実が、残されていた。要するに第一皇子の異性の友達として、後宮に呼ばれたのは間違いなくて…。怜銘がそう思い出せば、何方が第一皇子かは明白で…。
「…流水さま。本当は、貴方が第一皇子様なのですね?」
そう確信した怜銘は、気付いた瞬間にはそう訊ねていた。ここ数日の愁水の優しさや笑顔を思い出しつつ、怜銘は目の前の霊体の少年に、そう訊ねる。手の指先が小刻みに震えても平静さを装いながら、少年を睨みつけるようにキッと見つめ。
「……ああ、そうだっ!…僕は、この麓水国の皇子だっ!…アイツではなく、この僕が第一皇子だったのに………」
怜銘が再会した相手は、何と幽霊になっていた(?)という展開です。
今回は、残酷な存在そのものが登場しましたので、暴力的な言動が見られます。読まれる際には、ご注意を……。
※ご気分が悪くなられた方々には、申し訳ありません…。




