20。モブ攻略中イベント
4日目の続きとなります。
前回、転生者らしい怪しい侍女が登場しましたが、今回も波乱含みます。
「……清蘭さんがご存じならば、若しくは…知られても良いとのことでしたら、私は別に構いませんけれど……。主に『宮ラブ』のことですし…。」
思い掛けず、とある1人の侍女にそう言われて、完全に冷静さを失ってしまった怜銘は、ぼんやりしたまま頷いた後、この侍女は未だ真っ青の状態の怜銘に異変を感じ、戸口付近の清蘭を慌てて呼ぶ。
「清蘭様、怜銘様のお顔が真っ青ですわ。どう致しましょう?」
「…っ!…これは…大変だわっ!…お嬢様は、相当にご気分がお悪いようです。蓬花さん、申し訳ありませんが、何方か怜銘様を運んでくださる殿方を、呼んで来てくださいな。」
「…っ!…直ぐ、お呼びして参りますっ!」
「…お嬢様!…ああ、本当に顔色がよくないですね…。蓬花さんが来るまで、私の羽織りで申し訳ないですが、一先ずこれを使ってください。」
怜銘の体調が悪そうだと知らされ、清蘭は慌てて彼女達の傍まで、小走りで駆けてくる。距離はそう離れてはいないものの、小屋の中は案外と広く、民族衣装に近い衣装を着た彼女達の足では、どうしても歩くのが遅くなる。まだ正式な後宮の侍女でない彼女達は、決まった侍女の衣装ではないので、余計にだろう。
真っ青な顔に身体を小刻みに震わせ、熱もありそうな怜銘に、「これは…ご自分の足では、お部屋まで帰れませんね。」と、即座に判断した清蘭は、戸口の外側で待機する蓬花に、明確な指示を出した。
実家であれば、怜銘を運ぶ人間は誰でも良いが、今の彼女は王太子妃ナンバーワン候補でもあり、この後宮では直ぐに噂となりかねない。貴族令嬢は噂一つで、結婚にも影響することを知っている清蘭は、怜銘の様子からモタモタする暇はないと判断し、蓬花に頼むことにした。
誰を連れて来るのが良いのかは、蓬花の方がよく理解している筈だと清蘭が思った通り、蓬花は一目散に呼ぶべき人物の元へと、駆けて行く。涼風ではなく蓬花だったのも、彼女の方が間違った相手を選ばないだろう、という思いもあったが…。
その間にも怜銘は、更に青ざめ大量の汗を掻いていた。これは…非常にまずいのではと、この場の誰もがそう思う。清蘭と先程の侍女とそして、此処に自ら志願して来た侍女達が、怜銘の周りを囲むように彼女の容態を見守る中で、目に見えて容態が悪くなる怜銘に…。この小屋に来てから具合が悪くなった彼女に、何かに呪われたのではないかと、侍女達は心配になる。清蘭は自分が反対すれば良かったと後悔し、他の侍女達も「やはり此処は…呪われているわ。」と、内心では恐れ慄く者達もいて…。
当初の怜銘は、転生したと思われる侍女が自分の前に現れ、自分の弱みを握られたことに対する恐怖を感じ、身体が寒くなってきたのかと思っていた。しかしドンドンと冷や汗を掻き始め、悪寒で身体の震えが止まらなくなり、漸く自分の身体の不調が変だと気付いて…。
その時には、自分ではどうしようも出来なくなっていた。気を失わないようにするのが、精一杯であり。この小屋に来てから、何か…何とも言えない違和感を感じていたものの、今はそう気付いたのは先程で。侍女達も騒いでいるのは理解したが、どうなっているのかは…全く分からないほど、身体が辛くなっていた。
こうして全員が只管待っていると、ガヤガヤと何人かの男性の声が、近くに迫って来るのが分かった。蓬花が真っ先に飛び込んで来て、「今、来られます!」と清蘭に向けて叫ぶように告げると、戸口付近が一層騒がしくなり、1人の男性らしき足音が近づいて来て…。
「(…ハア、ハア。)………怜銘は、大丈夫なのか?」
「「「……えっ?……み、皇子様?!」」」
駆けつけてくれたのが、肩で息をするような男性の声と侍女達の声で、第一皇子だと理解出来た怜銘は、目を何とか大きく開けようと、本当に皇子が駆けつけたのか確認しようとしたのだが、今の怜銘は熱が高いようなのか、周りに霧がかかったかのようにしか見えなかった…。
確認しようとする怜銘に皇子は近付くと、いとも簡単に彼女を抱き上げた。所謂お姫様抱っこ、というものだ。そのまま足早に小屋を出て、後宮の方へと歩いて行く皇子の行動を、誰も止められず誰もが驚くようにして、見つめていた。それもその筈で、今の皇子の表情は、安易に話し掛けられる状況ではなくて。
これほど必死なご様子の皇子様を、初めて見たな…。怜銘には内密に護衛をしていた武官も、内心ではそう驚き呆然としていた。蓬花が慌てて駆け出して行き、何事だろうとは思っていたが、まさか…怜銘が体調を崩していたとは、思っておらず。愁水様のこのご様子では、もう既にお心をお決めになられたのかも、しれないな、と……。
この武官達は既に既婚者であり、集団お見合いには関係ないが、其れでも…誰が誰とどうなるのかは、気になっていた。
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突然、皇子にお姫様抱っこされた怜銘は、案外と意識はハッキリしており、抵抗しようにも身体が動かず、また声を出そうとしても、口を動かすことも出来ずにいた。意識がハッキリしているお陰で、目の前が霞んでよく見えないものの、こうして運ばれるのは、内心では恥ずかしくて仕方がなくて。
如何して…こうなったの?…私は、皇子を攻略される気も攻略する気も全くなく、関係ないというのに…。これでは、怜銘ルートにでも入ったみたいじゃない……。
抑々『宮ラブ』では、怜銘がゲームに未登場なのだから、怜銘ルートは存在しないのだ。そして同様に、今現在怜銘を運ぶ愁水も、何故か『宮ラブ』には未登場の人物なのだ。モブキャラとも言えない2人なのに…。怜銘はまだ…モブの隅っこにいてもおかしくなくとも、皇子を敢えてモブにしたのだろうと思えば、思えなくもないけれども、こうして何でも『宮ラブ』に結びつけるから、変だと思うのかもしれない。
怜銘は、半分諦めムードで考える。今の自分は指先1つ動かせず、一言も声が出せない以上は、人生諦めが肝心なのだと…。第一皇子の名前が異なっていることは、一旦脇に置くことで考えるのは止め、後日にまた考えようと。
『宮ラブ』はBL作家が考え、とある漫画家が作画したもので、登場人物はイラスト画である。こうして見ると、現実人物の特徴を明確に捉えてあり、現実とよく似ていると言えばそう見えるし、全く似てないと思えばそう思えて来る。ゲームの人物イラストは現実の人物の似顔絵ではなく、飽くまでも美的化されたもので、瞳に星が入るなど顔つきも髪型も現実的ではなくて。漫画やアニメと同等扱いなので、現実の人物とは差異があっても当たり前だろう。
皇子の名前も違っているとは言い切れても、顔などの容姿は…似ているようで似ていないようで、微妙に判断が難しい…。それにこうも…皇子か怜銘のイベントというような、攻略ルートに近い状況が実際に起きた以上、『宮ラブ』とは全く関係ないのだとは、言い切れなくて。
誰が主人公の時で、誰ルートだったかは忘れたけれど、これと似た状況のイベントが確かにあったような…。そうやって気付くと、宴の夜の時もイベントかもしれない。鍛錬場で皇子が乱入した時も、昨日の皇子の執務室での出来事も、イベントなのかもしれない…と、これでもう4つのイベントを、熟されたことになるの?!
どうしよう…。これって、確実にイベント熟して…いえ、熟されている?…もしかしたら、皇子がイベントを避けない限りは、私が如何いう言動を取ろうとも、避けられない運命なの?…モブの私には、イベントを避けることが出来ないの?
怜銘の思考回路が彼女の頭の中でグルグル回る間に、皇子が彼女の部屋に到着したようだ。彼はそっと怜銘をベットに降ろし、横たえさせてくれた。清蘭や蓬花達はまだ遅れているようで、部屋で待機していた侍女達が慌てた様子で、怜銘の看病をしてくれている。
皇子は侍女達に任せ、直ぐに怜銘の部屋を去って行き、清蘭達が戻って来てからは安堵してそのまま眠ってしまった。自分の身に一体何が起こったのか、怜銘もよく分からない。あの時の状況は、あの侍女に言われた言葉で混乱した、そういう状況ではないと自分でも理解していた。何故なのかは分からなくとも。
あの状態は、何だったのだろうか…。突然に身体中が寒くなり、身体の震えが止まらない状態で、身体の芯から冷えるような、どれだけ温めても温まらないような、そういう感覚だったのよ…。本当に…呪われたのでは、ないよね……。
怜銘は思考を停止し、ブルっと身体を震わせる。そう意識した途端、本当に呪われたような気がして来て、悪寒が走ったので…。呪われたなどとは…縁起でもないと思い直し、彼女がそう呟こうとした途端に、目が覚めて来た。部屋の時計を確認すれば、もう午後になろうかという頃だ。慌てて飛び起きようとした怜銘に、近くで待機していた清蘭が、ギョッとした素振りをする。
「お嬢様っ!…まだ、起き上がらないでください…。もう少し、お休みくださいませ。それとも…お腹が空きましたか?…それならば直ぐ用意をさせますが…。」
「…いいえ。午後からは、皇子様のお手伝いに行かなければ……。昨日、そうお約束したばかりですのに、初日から遅れるなどとは……。」
「『今日は手伝わなくてもいい。』と、皇子様からはそのように賜っておりますので、お嬢様は…お気になさらないでくださいませ。」
「…ですが、お約束致しました以上、そういう訳には………」
「お嬢様をお運びくださったのは、皇子様なのですよ。お嬢様がご無理をされますと、余計にお気になされますよ。」
「………」
怜銘は清蘭と会話するうちに、「あれは…現実だったの?」と、皇子にお姫様抱っこをされたことを思い出し、真っ赤になり…。清蘭に言われた通りの真実に、彼女は何も反論が出来なくなっていた。
新キャラ登場しましたが、今回もまだ…名前が出ていません。次回には、出せそうかな…。
副タイトルの意味は、『モブキャラを攻略している最中のイベント』という、意味となっています。




