14。悪役令嬢的な存在
前回の続き、同一日の出来事です。
乙女ゲーで言うところの悪役令嬢タイプが、怜銘のライバルに…?!
怜銘と清蘭の会話をただ聞いている、蓬花と涼風の2人の方が実は、清蘭よりも少しだけ詳しく聞かされていた。とは言っては、皇子本人から心情を聞かされたわけではない為、飽くまでも第三者目線の皇帝から、本人達の心情を交えていない事情のみを、聞かされているだけだった。
何があったのかは、聞かされて知っている。但し、何故そういう状況になったのかということを、皇帝も把握していないので、2人も聞かされていなかった。皇帝も皇子本人に「何故、このような事態になったのだ?」と問い詰めたが、皇子も怜銘も自分の殻に閉じ籠り、何も話してくれなかったという。どうしても話したくないというのが、本人達の強い意思で…。
それ以上は皇帝も聞くことが出来ず、ここまで拗れた状況となったのは、皇帝自身にも責任があるということを、彼自らもよく心得てしていた。自分達に都合の悪いことを、先へ先へと伸ばした所為でもあったのだから…。これは、子供達ばかりを責められない事情だと…。
そういう訳もあり皇太子妃の座にも皇子自身にも、怜銘が何方にも興味を持たないことは、蓬花と涼風も気付いている。しかしながら皇帝は「皇子との縁がなかったとしても…せめて怜銘を守って遣りたい。」と、2人には指示が出ていた。然も皇帝から指示を出された時、「何よりも、第一皇子が怜銘の身を案じている。」とも聞かされており、怜銘と皇子との心情のすれ違いには、余計に心が痛む思いであったりする。
だからと言っても、皇子の心情を彼女達が伝えることも出来ず、また皇帝から怜銘を守るようにと指示があったことも、決してバレてはいけない立場だ。そしてまた彼女達がそういう行動を取ることも、禁じられている。彼女達が最終的に目指す本当の職種は、皇室の密偵という仕事でもあり、皇室の正妃を一生涯かけ守ることでもあるのだから。侍女兼密偵が、最終的な彼女達の任務でもあるのだ。
こうして2人も、何も見聞きしていない…というように無言を貫き、怜銘に余計な情報を漏らすことはなく、また飽く迄も清蘭に、任せていたのであった。そしてその任された清蘭も、あれから黙り込む。今の怜銘には何を言っても、皇子の本心は届かないであろうと…思ったいたからだ。それぐらいに皇子の行動は、分かりやすくて。
皇子が鍛錬場を退出したので、怜銘も何気無く退出することにした。攻略対象を観察もしたことだし、意外にも攻略対象が身近な存在だと知れたし、本日の収穫は先ず先ずといったところだろうか。
幸先の良い出だしに満足し、既に頭の中では明日の計画を立てている怜銘は、先程の皇子が関わった光景は最早、綺麗さっぱりと頭の中から消え去っていた。今の彼女の立場からすれば、皇子と直接には関わってはいないと、まだ何とかぎりセーフの扱いだったのだ。視線が絡んだだけ…と捉えた怜銘に、誰が忠告を入れられるだろうか。「皇子と皇帝が、既に気にかけていらっしゃいます。」などとは……。
そうとは知らずにルンルン気分の怜銘は、背中側から鋭い視線が感じられ、流石に他人の悪意に鈍感な怜銘も、この鋭く背中を突き刺すような視線に気付き、パッと反射的に後ろを振り返り。
何とその鋭い視線の先にいたのは、この鍛錬場で見学していたと思われる麓淑玲であった。炎豪の年の離れた妹である彼女は、何かにつけ 兄とは反りが合わず、仲が悪いのだと前世の設定集に書いてあった。それは、彼女が末っ子でちやほやされ過ぎて、我が儘に育ってしまったからだろう。兄として色々と心配している炎豪は、それらが全て裏目に出てしまい、淑玲からすれば五月蠅く鬱陶しい兄に、見えることだろうなあ…。
この時の怜銘はまだ知らずにいた事情だったが、淑玲は従兄妹である皇子・愁水に恋慕しており、また同じく従姉妹である皇女・香爛を嫌っていた。皇女を嫌う理由は、単に性格が合わないという理由もあったが、皇子との逢瀬を毎回邪魔されている所為でもあったりする。
淑玲は、この麓で上位に入る程の美人であるが、彼女の性格はあまり良いとは言えない状態だ。二重人格者と言えなくとも、自分の我が儘を最早隠そうともしておらず、異性からは容姿でモテ栄やされる一方で、同性からはその性格でほぼ嫌われているのだ。彼女の我が儘な性格は有名で、この現世から浮世離れた存在の怜銘にさえ、その噂は届いている。
彼女のこの視線の意味は、皇子のライバルとして私を意識したのかな…。ライバルの座から私が自ら降りたならば、彼女は皇子の正妃を競うライバル視から、私を外してくれるのかしらね…。
そう単純に思う怜銘を、誰が本気で責められることだろうか……
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淑玲の性格をきちんと把握出来たのは、ギャルゲーの設定集のお陰だと思う怜銘にとっては、前世の設定集の方が身近な参考となっていた。それぐらいに俗世とは縁を切っていた状態の怜銘だったが、淑玲のことは悪役令嬢と同じ位置付けをしており、怜銘自身は別に嫌ってもいなかった。積極的に関わりたいとも思わないが、性格的に好きにもなれないが嫌いにもなれない、という気持ちではいた。
また淑玲は『宮ラブ』でも妃の位を狙っており、ギャルゲーの中では単なる妃になる道具として、皇子を見ていた節もみられたけれども、現実の彼女を観察するに、今の彼女は皇子に恋しているように感じる。
ならば…王太子妃の座は、淑玲に明け渡してしまおう。今の彼女ならば皇子に好かれる為ならば、我が儘も我慢できるようになるかもしれないわ…。それに私の一番の問題が、彼女の存在によって消えるかもしれない。
そう考えた怜銘は、何も悪くないだろう。皇子との接点が殆どない怜銘よりも、皇子とは従兄妹の関係で仲の良い(?)淑玲の方が、一歩先を行っていると信じていたのだから、無理もない話なのだ。淑玲に皇子を押し付ければ、自分は自由を手に出来ると、安直に考えていた怜銘は、険しい視線を送っている淑玲に、にこっと笑顔を見せて安心させようとした。実際は、歯牙にもかけていないと、淑玲には誤解されてしまったが、怜銘はその事実に気付くことなく、軽く会釈をしてその場を後にしたのであった。
反対の立場からこの光景を見れば、激しい怒りを視線に込め睨んでいた淑玲は、何の混じりけもない怜銘の笑顔にヤラレ、完全に毒気を抜かれポカンとする。暫くの間は呆気に取られたまま、怜銘を見つめ返していて、彼女が去るのをただ見送っていて。
それについては淑玲だけではなく、淑玲付きの侍女達もポカンとしたまま、ただ見送るしかなかった。淑玲と共に後宮入りした専属の侍女達でさえ、主人である淑玲に睨まれるのは、ハッキリ言って怖いと思っていたのに。そして、皇子に恋慕している彼女は、ライバル達に容赦なく睨みつけており、その顔は迫力があり過ぎていて、鬼の形相のように感じるほどだ。それなりに美女中でも上位の美人であるものの、目や眉毛はやや吊り上がり、乙女ゲーの悪役令嬢キャラに、正にピッタリの人物像だった。
淑玲の身分は王族であり、本来ならば『皇帝一家の次に身分が高い一族』という扱いとなるべき筈が、実際には…王家と同じ麓家を名乗るだけの貴族、としか言えない状況に彼らは立たされていた。現在は怜銘の実家である赤家が、絶対的な権力を持っている所為で、皇帝一家以外の麓家は赤家より下の位置付けとなっている。
当然だがその後に、「何なのよ、あの子の余裕ありげな顔はっ!!」と、怒って怒鳴り散らしたのは言うまでもない…。これにより、侍女達の怜銘に対する人気が、更に鰻上りとなったのも…。あの我が儘淑玲を意に介さず、素敵な笑顔まで見せた余裕のある人物だったのだとして、淑玲に思うところのある人物達は、怜銘を陰ながら応援したいと思い始めているとは、露ほども知らぬのは本人だけ…である。
その頃の怜銘は、後宮でそんな噂にもなっているとは知らずに、明日の計画を本格的に立てていた。皇子のことは淑玲に任せればいい、そう踏ん切りが付いたので、明日は『宮ラブ』の残りの主人公となる文官達を、偵察しに行こうと思っていた。
確か…残りは、3人だった筈だわ…。まだ『緑』家と『白』家の令息達が、登場していないもの。他にも商家の息子が、王宮に出入りしていた筈よね…。まあ、この3人も目立つ髪色をしていたから、分かりやすいと思うけど。兎に角、明日は彼らを探すことを第一の目的にしよう。
彼女にはまだやらねばならない課題が、幾つか残っている。しかしその前に、攻略対象じゃなく…何人か存在する男性主人公を、探さねばならないのだ。まだ全てを思い出していない怜銘には、地道に1つずつ確認していく必要がある。自分が皇太子妃から完全に逃れる為には、他の男性主人公か若しくはモブ男性と、恋仲にならなければならないかもしれない、怜銘はそう覚悟して。
しかし、皇子の存在は何かと意識していても、皇女の存在はすっかりと忘れていた怜銘は、王宮に行くことで生じる皇子以外の存在により、彼女の運命を大きく狂わされることになるとは、今のところ全く気付いていなかった。自分の運命は、皇子が関わるかどうかによって変わるとしか、思っていなかったのだから…。
最早この世界で自分は、モブキャラであるどころか、ヒロイン級の存在キャラとなっていることとは、夢にも思わない怜銘。そして、その怜銘を見つめる人物が、皇子以外にも存在することにも、気付かずに……。
こうして怜銘は、忘れ去られた存在としてではなく、思いっ切り目立った存在としても、この『宮ラブ』に近い世界の中心となって行く。本人の意思のないままに、そして神の願うままの存在へと………
乙女ゲーだけでなく、ギャルゲーでも悪役令嬢キャラなのですが、乙女ゲーのような役割とは少々異なります。それは追い追い分かってくることかと…。
怜銘、淑玲にライバル視される…の卷ですね。今後どういう関係になるのかは、まだ考え中ですが。