29。退屈な日々の過ごし方
今回から、宮ラブ本来の世界に戻ります。やっと怜銘達が登場?
怜銘が皇太子に嫁いでから、早1年経とうとしていた。その間に彼女は皇太子の子を身籠り、後宮から一歩も外に出られないほど、軟禁されたも同然の生活を送っている。今の彼女は皇太子妃という身分から、王都と言えども今までのように頻繁に外出は出来ず、当然ながら許されない立場でもあった。
否、正しく厳密に述べるならば、外出が許されないのではなく、警護付きとして許されていた。つまるところは、現状の身重の身体の彼女を案じ、外出を含めた危険とされる行動を一時的に禁止した、そういう意味なのである。
一時的とはいえ後宮や皇居から外出するならば、いくら皇太子妃に警護を付けようとも、皇帝からの許可が必須だ。庶民の生活を自らの目で確認したいという怜銘の申し出は、本来ならば絶対に許可が下りることはないだろう。皇族も一夫一妻制度となって以降、皇太子妃や皇后を絶対に失えない事情にある。再び側妃を設けようという、またもや要らぬ争いごとを生む結果が、見えているからだが……
今回の集団お見合いで貴族令息と令嬢は、これまでで最も多くカップルが生まれており、有力令嬢達は正式な婚約を済ませ、既に婚姻した者もそれなりにいる。未だ婚姻に至らない令嬢とは、清季のような結婚する意思がない者、皇太子との年齢差があり過ぎる者、淑玲のように性格に難のある者、身分上皇太子妃に不向きな者、以上が当て嵌まると言えよう。
実際には…怜銘を失えば、皇太子は皇帝同様に独身を貫くであろう。現状、怜銘はまだ出産前であるが、次代の皇太子となる子を宿しており、彼女の周りの人間達誰もがピリピリする状態であった。但し、彼女の意思は全く反対で。
もしもお腹の子供に何かあれば、使用人達全員の首が飛ぶだろう。実際に処刑されることはなくとも、皇帝や皇太子を敵に回すことは、誰もが予想出来得る範囲だ。何が何でも皇太子妃と赤子の命を守ると、後宮も王宮も含めた全員が彼女に過保護に接していた。のほほんとした毎日が退屈だと思うのは、怜銘唯1人……
「お腹の子が流産すれば、皇族一大事として騒がれるだろう。貴方の不注意が過ぎて、次期皇太子を安易な行動で死なせたと、貴方に責任が向けられるかもしれない。貴方に敵意が向くのは、私は決して許せないことだろう。もし…私がそうした暴君になったら、貴方が止めてくれ…」
結果的に怜銘は皇太子本人から、彼女の行動を制限されたのである。当初は文句を零していた彼女だが、これが次期皇太子に関わる重要事態であり、自分の行動如何で起きる騒動に、彼が暴走するとも遠回しに告白され、青ざめることとなる。
次期皇太子を死なせた場合、一夫多妻制の頃には罰が与えられた。但し、母親が命を懸け子を出産するのだと、現在の麓水国では理解も進んでいる。ところが禁忌の双子に関しては、未だそれらとは別の事柄と捉え、迷信深いところがある。愁水は我が子が無事に生まれるのを切っ掛けに、双子を禁忌とするのは単なる迷信とし、国の法律を変えるつもりであった。
法律を変えるつもりの彼が態とらしく、自らの妻に古い罰則を告げたのは、前世の記憶が濃い彼女に注意を促したかった、それが目的であろうか…。最近の彼女は下手に前世の記憶がある所為か、単に駄目だと止めようとすればするほど、好奇心を持ってしまうように見受けられたからだ。
今回の愁水の忠告を、怜銘は重く受け止めた。前世と異なる法令に、改めてこの世界の厳しさを知っていくのであった。前世のような高度な医学もない世界での出産が、如何に大変かも感じている。こうして、すっかり大人しくなった彼女に、肉親などの知り合いは後宮に招いて良いと、皇帝から許可が下りた。皇帝と皇太子が彼女を気遣い、聊か可哀そうだと思ってのことである。
勿論、誰でも呼べる訳ではないけれど、彼女の両親・兄姉の他にも、後宮で知り合った友人なども、怜銘のごく親しい人達は許可が下りた。早速後宮を訪れて来たのは、彼女の両親と兄姉だ。親族と言えど男性は後宮に入れない事情から、皇居の方で面会することになる。
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「…ああ、私の大切な怜銘!…元気にしていたか?…私達家族と会えず、寂しい思いをしていなかったか?」
「…まあまあ、怜銘。暫く会わない間に丁度良い体型になられて、わたくしもすっかり安心致しましたわ。」
「久しぶりだな、我が妹・怜銘。皇太子殿下はお前を、大切にしてくれているようだな。もし…嫌なことがあれば、何時でも我が家に戻って来て良いからな。」
「怜銘、貴方はわたくしの自慢の妹ですわ。皇太子さまへの恋心から一段と綺麗になられて、流石はわたくしの愛らしい妹ですわ!」
相変わらず怜銘を溺愛する家族は、再会した彼女を抱き寄せる。会えなくて寂しいのは、父・潘憂の方だろう。痩せ過ぎの娘がふくよかになったと、母・明鈴は相変わらずのボケぶりだ。兄・唐瑛はとことん末妹に甘く接し、姉・秋凜は恋に疎い末妹を揶揄うような口ぶりだ。怜銘は頬を緩めつつも、家族の甘々な態度に心中で苦笑する。皇太子自らも態々顔を出し、彼女の家族に挨拶したけれども、彼らは皇太子との挨拶は軽く済ませ、彼女との会話に花を咲かせている。
愁水は特に気にする様子もなく、苦笑気味に彼らを見つめた。怜銘と安易に会えなくなるという事実に、結婚式当日の彼らが打ちひしがれていたからだ。幸せそうに微笑む彼女を見て、彼らもまた安堵した様子を見せ、微笑み返す。これを見ていた愁水もまた、思うところがあり……
…そろそろ、後宮の規定を考え直す頃合いだろうな。集団見合いという後宮入りの際は別とし、正式な後宮入りをした皇妃の親族には、後宮への立ち入り禁止を除外すべきだろう。
父である皇帝が開く朝廷で、変更すべき法令を幾つか提示したものの、中々検討されずにいる状況だ。皇帝も父親の立場としては、廃止したい法令も幾つかあるようだったが、皇帝としての立場から見れば、そう簡単に許可が出せないらしい。それでも愁水は毎日根気よく、皇帝を説得し続けた。手始めに皇帝が検討することで、臣下達も自らに不都合な法令だとしても、検討せざる得なくなるだろう、と…。
愁水が国政に本格的に関わっていく傍ら、後宮に来客を迎える以外は、怜銘にとって退屈な毎日であった。そういう日々の中で、杏梨という作者の本が話題になり始め、漸く清季がこの世界でも夢を叶えたのだと、怜銘は知った。
…清季…いえ、アンリさん!…小説家デビュー、おめでとうございます!…わたくしも1日でも早く、この世界での貴方の小説が読みたいです……
何とか手に入れたいと思案する怜銘に、皇太子がプレゼントしたのは、彼女のお目当ての本である。大喜びで早速読もうとする彼女に、長時間本を読むのは身体に良くないと、休憩を挟み数時間までと制限されたのは、当然のことだろう。
杏梨がこの世界で初めて書いたものは、男女の恋愛をメインとしたもので、BLではない。一般的な恋愛小説を好む怜銘には、有難い話だ。前世で身近の人物を題材としたBLは、今も彼女にとって抵抗があるが、これは別の意味での抵抗が…?
…杏梨さんがこの世界で初出版した本は、後宮ロマンスがメインだわ。後宮に暫く居たからこそ、そこそこ詳しく書ける内容なのよね…。然も、後宮の状況はある程度まで暈し、彼女の想像力で作り上げた世界に仕上がっているし、皇族側も文句は言えない内容ね。流石、現実世界でも有名作家だった杏梨さん、よね!
当初は感心していた彼女も、ふと登場人物に疑問が湧いた。何となく自分がよく知る人が、何人か登場する。その中でも特に、主人公のヒロインと相手役ヒーローに心覚えがある、そういう嫌な予感が犇々と……
……ちょっと…待って。この2人、もしかして愁水さまとわたくし?…色々と誤魔化されておりますが、間違いなく…わたくし達夫婦がモデルですよね?…何とも恥ずか死にそうです~~。
最近、怜銘の心の声に関しては、前世の記憶が強くなった頃から徐々に、元々の彼女らしい口調に戻ってきていた。但し、予想外の出来事に混乱したようで、今の彼女の口調は両世界がごちゃ混ぜになっているけれど…。話し言葉に関しては、この世界の令嬢らしい口調なので、誰にもバレることはないだろう。唯一バレるとするならば、この世界の創世神・竜の神様達ぐらいで。
本を読む時間は1人になりたいと、侍女達にお願いして良かったと、彼女は心底恥ずかしげに真っ赤な顔を両手で覆う。他人事として読む間は、ロマンチックな展開だと若気つつも、平気で読み進めていたというのに、モデルが自分達だと理解した途端、恥ずかしくて読むのも辛くなってくるのは、これ如何に…?
それでも話の先が知りたくて、自分達と思しき登場人物達のラブシーン(?)を見る度、顔を赤く染めつつ必死に我慢し読み進めた。何とか最後まで読み終えた彼女が、椅子に凭れ掛かるようにぐったりと、悶絶したのは言うまでもなく。
……あああ~~!!…恥ずかし過ぎるっ!…モデルが誰なのか、後宮の皆さんにも絶対にバレたよね?……くぅ~~~~~!!
「物語の中の王子様とお姫様が、まるで私達がお仕えしている、皇太子殿下と妃殿下の恋物語みたいで、素敵ね…。杏梨さまは、神の領域のお方かも?」
後宮でも小説が鰻上りで、杏梨は神がかりの扱いだ。但し、怜銘に仕えるごく一部の身近な者達以外は、登場人物のモデルを明確には把握できず…。
「……これ、絶対に…お2人のことよね……?」
「…そうよね。他人の空似にしては、似すぎだわ……」
「…涼風さん、蓬花さん。皇太子殿下・妃殿下の前ではくれぐれも、その話題は振らないでくださいまし。それ、絶対に禁句ですからね…」
清蘭が告げた禁句という言葉に、2人は顔を見合わせ無言で頷くのであった。
番外編最後となる、主人公とその相手役のその後、始まりました。今後は現代編にも続く、内容となっていきます。今回は、アンリが繋ぐ物語になっています。
※本編終了後の番外編です。本編は完結済み。今年中を目途に、番外編完結を目指します。現在、番外最終章となっています。完結まで残すはあと数話、最後まで応援をよろしくお願いします。




