25。心の赴くまま生きる
今回も、その後あの人はどうなった…、ストーリー展開となります。
「ふう~~。今日も、いい仕事した!…転生したと気付いた当初は、何て文明の遅れた世界に生まれたかと、うんざりしたけど…。今では前世よりもこの世界の方が、居心地が良いぐらいだわ!…商人である現世の父親は、私に婿を取れとか嫁に行けとか、一切強制しなければ、それどころか…小説家としての私を理解し、全面的に応援してくれるもの。」
数年前、真っ先に後宮を立ち去った、 墨 清季 は独り言ちた。前世の記憶を持つ彼女には、何をしてでも成し遂げたい夢がある。その為には先ず実家に戻る必要があり、勘当されるのも承知の上で、父親に許可を得なければならないと、後宮から真っ直ぐ実家に戻っていた。
彼女の父は墨家の嫡男として生まれ、実家の家業を継いだ。墨家はそれなりに有力な商家でもあるが、王都に居を構えない唯一の商家でもある。田舎に残らざるを得ない庶民の暮らしを守る為、墨家は敢えて田舎に残る決断をした。
清季の父は生粋の商人魂の持ち主で、常に損得勘定をするほどに、仕事に命を捧げている。何を置いてもお客様第一とし、また自分が家族を養っている、という思いが常に心を占めていた。彼女もそういう父を尊敬しており、父の家業を継ぎたいと思った頃もある。現在は年の離れた兄達が、主に父親の仕事を手伝っている。長兄は何年か前に結婚し、その時に正式に跡を継いでいる。
実は…彼女が後宮入りした理由は、父親からの強制的な命令でも、嫁入り先を探したかった訳でもない。転生した当時、竜の神様と取引したことから、怜銘を手助けする為に後宮入りしたのである。
「清季は、後宮入りをしたいのだな……」
清季から後宮入りの話を聞かされても、父親は一言呟くだけだ。客相手には饒舌な人だが、家族に対しては寡黙な人である。父親は一旦仕事に打ち込むと、家族も顧みず仕事に熱中してしまう。幼少期に彼女は母親を病気で亡くし、この頃には年の離れた兄達も、父親の仕事に付き添うようになっていく。要するに…彼女1人だけが、自宅で留守番という待遇であった。
1人で留守番とは言えども、墨家では何人かの住み込みの使用人達が、彼女の世話を任されている。それでも幼い子供の傍に、両親や家族は誰も居ないとは、キツイ状況に違いない。幼い彼女は寂しさから逃れようと、自分の世界に籠り色々と妄想した。自作の物語を考えるうちに、ふと…前世の記憶が蘇ってきて……。
竜の神様から使命を受けたことも、共に思い出した清季。後は、言わずもがなであろうか…。こうして彼女は、前世の『BL作家・杏梨』の記憶を、取り戻す。思い出した当初、この世界の人々がBLを受け入れるのは、流石にもっと先の未来だろうと、彼女は一度諦めた。その後、此処で前世を知る人達と再会し、それを切っ掛けに自分のBL原点と思う箇所に、戻ってきたようだ。前世でもこうして、何度も悩んだところに…。
前世日本での彼女は、其れなりに良い家柄に生まれ、家柄を最も重視する至上主義の両親に、常に管理されていた。お茶やお琴などお嬢様らしい習い事は勿論、お嬢様としての礼儀作法も厳しく躾けられ、毎日が退屈で非日常的に感じていた。前世の彼女は毎日がとても息苦しく、自分らしい自我が持てぬまま、お金持ちの子供達が通学する学校で、心から打ち解ける親友も少なく。
共学の学校だという状況は、結果的に彼女の世界を広げてくれる。後に親友を超えて悪友となる、とある異性の男子には唯一、彼女の地が出せる人物だ。互いに友情以上恋愛未満の関係であり、彼との出会いによって彼女の運命は、激的に変わっていくことになる。
彼女が変に恋愛感情を持たずに済んだのは、彼がとある誰かを一途に探し求めていたから、なのかもしれないとも思う。彼の中の二重人格的で正反対の性質を見て、自分を重ねて見たこともあるだろう。そして…誰の目も気にせず、自らの言動にも自信を持ち、やり遂げようと邁進し続ける彼に、自分の未来も託せるような気がしていた。そう気付いた頃には、何かと彼と組んでいる自分がいる。そうして漸く自ら動くことにより、夢への一歩を踏み出したのであった。
…彼をBLの素材にすれば、丁度良さそうだわ…。彼と親友達との関係もBLに打って付けだと、私の脳ミソは勝手に変換して、刺激してくれているわ。
このようにして…彼女はBLの世界に、どっぷり浸かって良くのだった。BLに嵌ったのは彼からの影響ではなく、彼女の高校時代の女子友の影響で。お陰で彼からは、すっかり距離を置かれてしまったけど……
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「それがお前の望みならば、好きなようにすれば良い……」
「…えっ!?…父さまは、反対を…されませんの?…本当に私が好きなように過ごしても、宜しいのですか?」
実家で好きなように過ごせばいい、というお墨付きまでもらい、父からこうも前向きに賛成されては、前世の杏梨こと現在の清季は、もう一度確認してしまう。当の父親はコホンと咳払いをし、もごもごと言い訳するように付け足した。
「…別に儂は昔から、お前のやることに反対なぞしておらんぞ。特に清季、お前には不自由させないようにと、してきたつもりだ。お前は昔から何かの話を書いていたから、儂は…後見をするつもりでいた。嫁に行きたいのであれば、墨家で出来る限りの婚礼道具を用意するつもりだ。儂も…孫を見せてもらいたいと思いつつ、お前が嫁ぐというのも複雑な心境なのだぞ。」
「………父さまって、意外と…親バカだったのですね?」
「お前は…彼奴の残した、たった1人の娘だ。母を亡くした時、息子共はそれなりに大きく理解できただろうが、それに比べてまだ幼いお前1人を残して、商人として遠くにも行かねばならず、本当はどれだけ辛いことだったか…。平民相手に商売をする墨家では、儂がまだまだ頑張らねばならなくて、まだ幼いお前を連れ歩くよりも、墨家で留守番をさせた方が、一番の安全だったからな…。」
無口な父が初めて語った、父親としての複雑な想いに、自分が思う以上に大切にされていたことに、清季は苦笑した。前世では互いに本心を曝け出せず、口喧嘩する前に杏梨は家を飛び出し、両親を只管に否定した。もしかしたら…前世の両親も、本当は同様だったのかもしれないと、後悔する気持ちも押し寄せてくる。
「…父さま。私、此処に居てもいいんですか?…私が行き遅れたら、父さま達に恥を搔かせますわ。ご迷惑をお掛けするぐらいでしたら、私は…1人でも大丈夫ですからね。」
「…今更、そういう心配をしなくていい。其処らの子供達とお前とでは、一線を画していたからな。今更だな、ハハハッ……」
「我が太太も、清季を応援するそうだ。だからお前は、何も心配するな。」
「そうだぞ。俺もお前の味方だし、清季は唯甘えれば良いんだよ。」
父との会話に、兄達2人が割り込んで来る。長兄の嫁は清季も良く知る人で、幼馴染のお姉さんでもある。幼い頃から妹のように可愛がってくれたが、まさか大人になった現在も、家族ぐるみで清季を応援してくれるとは……
清季を全面的にフォローするつもりだと、家族全員から宣言されたことに、彼女も顔をくしゃりと歪ませ、今にも…泣き出しそうになる。こうして、家族中から応援された彼女には、もう何も怖いものはないだろう。但し、最終的にBL作家になりたいという事情は、この世界でも安易に言い出せることではなく。
…前世では反対されると決めつけ、家族と話し合ったことは一度もない。私が死んだ後、両親はどういう反応をしたのだろう。私のことで悲しまなくてもいいから、私が其れなりに有名なBL作家だったことは、一生涯知られたくない。
前世は、生粋のお嬢様だった杏梨。お嬢様言葉は慣れているものの、実際にはあの家への唯一の抵抗から、丁寧な言葉遣いをしないよう気配った。墨家の家族全員、特に畏まる言葉遣いは使わない。墨家は商家の中では上位であっても、平民相手に商いをする商家の人間として、畏まる必要が皆無だったのだから……
行く行くはBL作家へと続く道を、此処でも歩み始めていた。その道のりは前世よりもずっと厳しく、男性同士の愛が存在したとしても、誰も理解を示そうとはしない。例え理解を示す者は存在するとしても、声に上げる者もまた居ない。
だから彼女もそれはそれ、これはこれと考えた上で、真っ先に男女恋愛の物語から創作する。此処では単なる純愛ものの物語を、希少な紙を使った書物として扱う者はない。平民には本の値段が高めであるにも拘らず、彼女の書いた本の噂が上昇するほどに、飛ぶように売れる。杏梨はこの世界でも、作家として成功していった。
そして近い将来、本業のBL作家活動に精を出す。前世で書くようなBL小説ではなく、この世界の住人も受け入れられるBL小説を、編み出していった。そこそこ有名な彼女の作家名のお陰もあり、BL作品もすんなり受け入れられるのは、言うまでもないだろう。前世同様、『杏梨』(※カタカナ表記のない麓水では、本名の漢字を使用)の名で書いた作品は、麓水国の王都にまで広まっていく。
「あらっ?…これは、この世界の杏梨さんが書いた小説?…此処でも作家としての人生を、ご成功されたのですね?」
初版本の杏梨の小説を手に取り、怜銘は自分のことのように喜ぶ。近い将来に本業であるBL小説が発売された時には、自らの小遣いで後宮の皆の分まで買い占め、杏梨の小説の布教に手を貸すのだが、それはまだ…先の話となる。
珍しくも無言のまま皺を寄せている夫に、怜銘は何とも言えない既視感を、感じていた。前世にも似たような状況があったと、彼女は苦笑しつつも。前世の人生全てを吹っ切れた気でいたが、何処か無性に懐かしくて……
しかしそれはまた、是とは全く別の物語として、語られることになるだろう。
前世でギャルゲーに関与したその1人、清季として生まれ変わった杏梨に、焦点を置いています。杏梨と清季の人生を比べるように、書いてみました。
最後の部分で怜銘が登場していますが、これは今後の番外編への前触れとも、言えるでしょうか…?
※本編終了後の番外編でして、本編は完結しています。今年中を目途に、番外編も全ての完結を目指していますが…。もうちょっと、ペース上げなくては……。あともう少し、お付き合いくださいませ。




