17。すれ違う其々の想い
宋爛の章の続きです。彼の初恋は如何に……?
「宋爛兄さま。怜銘お姉さまは確かに、わたくし達の大事な幼馴染でもあられますが、それと同時に…皇子様の正妃候補の最有力者でも、あられるのですわ。わたくし達がこのように、気軽に声をお掛け致しましては失礼でしてよ。…お久しぶりでございます、怜銘お姉さま。宋爛兄さまが、大変ご無礼致しましたわ。わたくしもこうしてお姉さまにお会いできまして、心より嬉しく思いましてよ。お元気そうで、何よりでございます。」
「…杏杏なのですね。本当にお久しぶりでしたわね…。貴方こそ、お元気そうで何よりでしてよ。」
「…ふふっ、そうお呼びいただけて…嬉しいことですわ。宋爛兄さまが、思い出を惜しまれる筈ですね…。」
自分より年上の宋爛を窘めつつ、杏蓉は怜銘に正式な挨拶をした。親しき仲にも礼儀あり…という、貴族令嬢らしい挨拶で。今の怜銘には、馴れ馴れしさのある挨拶よりも、こうした礼儀正しい挨拶の方がしっくりくる。杏蓉が冷静に、分析した結果だ。怜銘はこのやり取りで、一気に懐かしい想いが蘇るように感じた。
もう1人の幼馴染・杏蓉は、上手く話の流れを変えたお陰で、噂好き令嬢達も訝しむことはなさそうだと、ひっそりほくそ笑む。彼女が宋爛に忠告した通り、皇太子妃の最有力候補者である怜銘を敵に回せば、赤家をも敵に回すことと同義である。また怜銘を気に入っている皇家をも、敵に回すことになるかもしれないと、誰もが再認識したことだろう。
怜銘は違和感を振り払い、彼らを敢えて愛称で呼んだ。怜銘から愛称呼びされた彼らも、彼女の違和感に気付きつつも、本心から嬉しく思うのであった。お可哀そうな宋爛兄さま…と、杏蓉は多少の哀れみを感じていながら。
…これからまた、お姉さまとは一からやり直せば良いのです。宋爛兄さまの想いは叶わないことでしょうが、幼馴染としてならばやり直せるかもしれません。何もかも昔の状態には、戻りませんけれど…。お久しぶりにお会いした怜銘お姉さまは、宋爛兄さまの想いにお気付きになられませんでしたわ…。皇子さまがお姉さまを、本気で見初めておられる現状では、兄さまの想いは報われそうになくて……
長年片思いの相手に無意識に振られた彼が、意外とさっぱりしていると、杏蓉も気付かない。彼とは長い付き合いの中で、例え彼のことを誰よりも理解していても、彼には自分の想いは永遠に届かないと、疾うの昔に諦めた。その所為からなのか、彼の微妙な気持ちの変化に気付けず。
怜銘に再会したことが切っ掛けで、漸く…過去の初恋に決別した宋爛。目の前の女性の中に、あの頃の少女は居ないと気付いた。同一人物の筈なのに、どこか別人に感じる雰囲気を持った彼女に、自分もまた昔のままではないのだと気付く。
…私の初恋は、怜怜で間違いない。だが…私の初恋だった怜怜は、今の怜銘と何処か違う気がする。勿論、怜怜だけが別人のように変化したのではなく、知らぬうちに…私も杏蓉も変化していたのだろう。成長しながら少しづつ、緩やかな変化だからこそ気付かず……
再会したいと熱望していた怜銘は、思い出の中の人物と完全一致とは、いかないようだ。幼少の初めて恋心は、会わない期間が長くなるにつれ、徐々に形を変化していった。あの頃の想いが嘘だったかのように、再会が終わりを告げることになる。本人を目の前にして、自らの想いを告げる前に鎮火した。本命からフラれたのも同然だというのに、浄化した如く跡形もなく、恋心が消えたように感じる。
怜銘を別人に感じるのは、当然である。現在の彼女は、今の世界とは別の世界での記憶を、持っている。然も、この世界での過去の記憶を、殆ど失った状態だ。本人でありながら本人ではない、そういう状況であった。
しかし、宋爛の恋心はどうなってしまったのだろうか?…3人がずっと幼馴染のままであれば、例え怜銘自身が別人のように変化したとしても、彼の恋心は持続されたことだろう。長い時間は、3人の関係を変えてしまう。彼らのうち2人は、常に互いの傍に寄り添うように過ごした。彼が昔の初恋を引き摺っていた所為で、常に寄り添う人物との関係が当たり前だと、勘違いしていただけで。
自分の恋心が泡のように消え、代わりと言うように別の想いが、彼の心を占めていくような変化に、困惑することとなる。彼のもう1人の幼馴染であり、また実妹のような存在でもある、従兄妹への気持ちに。
****************************
集団見合いに参加する従兄妹が心配で、彼も参加することにした。単に見守るつもりだったのに、意外な従兄妹の一面を知ることになった宋爛は、自らの想いが何処に向かうのか見失ったように感じた。
これまでは単なる幼馴染として従兄妹として、兄妹のように育ちながらも、常に自分が兄のように見守るべきだと、信じた。兄としての立場に自分は居た筈なのに、後宮での杏蓉は弟を守る姉の如く振舞い、立場が逆転したと思い知らされる。王宮で働く宋爛の元へは、参加者である貴族令嬢達が大勢押し掛け、年下の杏蓉がそれに上手く制するところを、見てからは。
怜銘や杏蓉以外の女性には、完全なツンデレタイプである宋爛。キツメの口調で言い切る彼を、同じ年頃の異性は敬遠する。しかし…集団見合いの中では、彼のそういう態度も格好良いと評されるようで、家柄や身分・見目麗しい容姿が、令嬢達には最も重要視事項であろうかと…。
それは、一方的に男性側に求める、女性側だけの条件ではない。身分と容姿を最重要視するのは、男性側も全く同じであった。要するに、外見や身分で結婚相手を選ぶことは、どの世界のどの時代でも似た状況である。
国や時代で、美とする基準が異なる場合もあれども、美という外見が左右するのは同じだ。麓水国も同様で、その美の基準は異世界の日本よりももっと、厳しい設定だ。日本での『可愛い』に等しい基準はなく、日本で『可愛い』とされた基準は、一般的な普通という基準で扱われていた。
残念なことに…怜銘は普通という扱いだが、杏蓉と宋爛の2人ならば、十分に美しい基準に含まれる。その結果として、貴族令嬢にモテる宋爛に対し、杏蓉は武官や文官達に大モテだ。宋爛が…苦悩するほどに。
「白宋爛。君の従兄妹の白杏蓉殿を、是非私に紹介してくれないか?…彼女のような身分も容姿も問題のないご令嬢ならば、我が家柄に十分に釣り合っているし、両親も喜ぶことだろう。」
早い話が、杏蓉を自分に紹介してくれと、宋爛に擦り寄ってくる文官達の何とも多いことか…。上から目線の勝手な言い分に、その度に眉を顰める。兄妹のように育った従兄妹は、婚姻も可能だと言うのに。
異世界である日本でも、異性の『いとこ』同士ならば、血が繋がっていようと繋がっていまいと、結婚は法律で許可されていた。麓水国も同様に、異性の『いとこ』同士での婚姻は、国の決まりで許されている。簡潔に言えば、宋爛と杏蓉は正式に婚姻できる関係、と言えるのであった。
実のところ近年では、『いとこ』同士での結婚は減る傾向にある。政略結婚として最も取られる1つの手段だが、恋愛結婚が流行る昨今の傾向は、『いとこ』との結婚を態と避け始める若者達が、増える傾向となっている。
そういう昨今の流れの中で、杏蓉が宋爛を慕ってくれていると、彼も薄々気付いていたものの、幼い頃からずっと慕われる彼女の初恋相手が自分だとは、まだ知らない。飽くまで兄のように慕われ、初恋ではなく憧れられている程度だと、単純に彼は思い込んでいた。従兄妹や幼馴染以上に異性の存在として、本気で自分に想いを向けているなどとは、露とも知らずに。
「……何故、私の大切な従兄妹を其方達に態々、紹介する必要がある?」
彼ならば紹介してくれるだろうと、当たり前のように接触してきた相手に、彼はそう冷たく言い切る。相手が誰であろうと、従兄妹を紹介しようとは思わない。大切な妹のような存在を、身分や容姿しか見ていない愚か者になど、元から紹介するつもりはないけれど。何時しか…紹介したくないという、独占と執着に近いものへと変化し、単なる言い訳となる。
しかし、宋爛は故意の言動ではないものの、同じ白家の従兄妹として、大切な幼馴染で妹のような杏蓉を、単にそういう存在だから大切なのだと、自らにも言い訳のように暗示して、無意識に自らの想いも蓋をして。
怜銘暗殺事件が起きた時、長年患った初恋を再燃させることもなく、ショックを受けてもダメージは少なく、それよりも…従兄妹がショックを受けることが、心配でならない。いつの間にか、従兄妹の存在が大きくなっていたと、実感させられた。もしも従兄妹が、彼の前から突然居なくなってしまったら…。そう考えただけで膝から崩れ落ち、暫く呆然となりそうだ。
それに対し、杏蓉は怜銘が亡くなったと知り、一時的に気を失っていた。漸く再会したと思えば、もう二度と会えないという状況に、何も考えられなかった。宋爛の元へ縋りたくなったけれども、彼の方がどれだけ悲しんでいるかと思えば、彼女は動けなくなっていた。
そして、今は…宋爛にも会いたくないという、真逆な思いも抱えている。泣き崩れているかもしれない彼の姿を、辛くて見ていられないという、思いからだ。彼の悲しむ姿を自分が見つめることに、そういう状況になりたくないのだと。自分が駆け付ければ、自分もまた彼に泣き付くかもしれないと、1人でやせ我慢をして。
…怜銘お姉さまがお亡くなりになられたと、まだ信じたくなどありません。お姉さまがお亡くなりになられたとのお知らせに、宋爛兄さまはどれほど悲しまれることでしょうね…。今のわたくしに、お姉さまの代わりは務まりませんもの。一日も早く宋爛兄さまをお助けできるよう、心を強く持たなければ……
まさか、彼が自分を心配し駆け付けるなどとは、知るよりもなく。
宋爛の章、その2となります。前半には本編同様、杏蓉と怜銘との遣り取りがあります。若干、会話は微妙に異なるかと。
怜銘暗殺事件で、どのカップルも自分の恋心に気付く、という切っ掛けになっているのは、偶然の賜物です…(笑)。それだけ影響力がある人物だったと……
※本編は終了しています。本編終了後の番外編では、人物により話数が異なる予定でしたが、今回も3話で終わりそう? 次回の更新は未定とします。次回までは、もう少々お待ちくださいませ…。




