16。幼馴染の枷は大きく
宋爛の章、始まります。彼に関しては、初恋ではないですが……
白家に生まれた 宋爛は、白家本家の女系一族では 唯一の男子として、大切に育てられた。本家に宋爛が生まれた後、生まれたのは女児ばかりである。彼の従兄弟である 廉江 の実家・白家分家でも、男児として生まれてきたのは、廉江だけだ。白家では分家も含め女系一族と言われるほど、女性ばかりが生まれてくる。3人女児が生まれたとして、男児は1人生まれるかどうか、という具合に。
廉江は白家を名乗る分家次期当主として、赤秋凜を妻にした。政略結婚もまだ見られる麓水国で、廉江と秋凜とは恋愛結婚である。どちらかと言えば、先に惚れた秋凜が廉江に猛アタックをし、婚姻に至っていた。秋凜は古い習慣の残る世界の貴族女性ながらも、積極的で行動力を持つ異例の女性だ。怜銘とは別の意味で……
実は、秋凜は怜銘の実の姉である。妹の怜銘とは年が離れており、妹が成人する前に秋凜は廉江と結婚し、既に白家分家に嫁いでいる。何かと口実をつけ、頻繁に実家である赤家に帰省した。
秋凜は妹の怜銘を非常に可愛がっており、何かあればすぐ実家に戻るほど、彼女を溺愛していた。怜銘が皇家に嫁ぐことになった際も、彼女の婚礼用具に口を出す為に、態々何度も実家に足を運んでいたほどだ。妹の幸せを願う姉の想いは、途轍もなく重い。但し、前世で薄幸であった怜銘自身は、感謝している。偶に…彼らの溺愛ぶりには、呆れることはあれど…。
シスコン気味の秋凛の夫となった廉江もまた、従兄弟の宗爛を大切に思うところなどは、妻と似ている。妻ほどの溺愛ぶりではなくとも、実の弟のように可愛がり、よく面倒を見ていた。宋爛も彼のことを、実の兄のように慕っている。
廉江と秋凛が婚姻後、怜銘も宗爛もそれぞれが慕う兄と姉に会いに、頻繁に2人の新居に行くうちに、知り合った。宗爛に常にくっついて来ていた杏蓉も、含めて。杏蓉は廉江の実妹であり、彼女もまた実兄に会いたいと、宋爛に連れて来てもらったのだから。実の兄妹のように育った2人は、常に共に居るのが当たり前で。
杏蓉は白家分家の三女で、宋爛の従兄妹に当たる。怜銘の前世の世界でも、男女となる『いとこ』は結婚も許されていたが、この世界もまた同様に『いとこ』は婚姻できる。実際にいとこ同士での婚姻は、政略結婚でも利用されるのだ。
恋愛結婚が主流になる頃には、いとこ同士の婚姻も激減した。この頃はまだ恋愛結婚が流行り始めた頃なので、政略結婚でのいとこ同士の婚姻は、まだあると言える頃だろう。しかし、白家では政略結婚をさせない方針を取っており、宋爛と杏蓉の想いを酌んで、政略的な婚約はさせていなかった。但し、杏蓉本人は幼い頃から、彼への恋心を意識した。反対に宋爛は彼女を妹としか見ておらず、この頃に出会っていた怜銘の存在が気に掛かり……
当初、宋爛は兄が取られたような気分で、廉江の妻・秋凜にも良い感情が持てずにいた。その上、怜銘が実姉にだけではなく、廉江にも可愛がられる様子を見てしまい、怜銘にも敵対心を持った宋爛は。
逆に杏蓉は、優しく面倒見の良い怜銘に直ぐに懐く。「怜怜お姉さま」「杏杏」と気安く呼び合うほどに、妹同士として仲良くなる。幼い頃の杏蓉は人見知りが酷くて、中々同年代の友達が出来ずにいたぐらいだ。実は…単純な人見知りではなく、他人の感情を敏感に感じ取ることが可能な彼女は、相手が自分に向ける裏側の感情というものを、何となく感じ取っていた。
怜銘に対してはそういう悪意は全く感じられず、裏表のない無垢な感情であると感じた。杏蓉には裏表のある感情は、何とも言えない気分の悪さを感じる。時には悪意だったり軽蔑であったりと、良くない感情を向けられる場合が多いから。
人見知りの杏蓉が懐いたことから、最終的には宋爛も怜銘を受け入れた。結局3人は仲の良い幼馴染の関係となり、幼い頃はよく3人で遊んでいた。しかし………。唐突に怜銘が来なくなったことで、その後の怜銘との付き合いは皆無となり、残された2人は複雑な思いを抱えることとなる。
この頃には、彼女に仄かな恋愛感情を持ち始めた宋爛は、やりきれない想いを抱えていた。宋爛は怜銘に初恋をし、その彼に一途な恋をしていた杏蓉は、怜銘に対して姉のような恋敵のような、複雑な感情を持っていたけれど…。怜銘が会いに来なくなったことで、裏切られたような怒りの感情を持つ宋爛に、杏蓉は彼とは別の感情に支配された。唯々寂しいと、姉を失ったようで……
その後、秋凜から怜銘が引き籠もった事情を知らされ、2人は後悔した。特に裏切られたという感情を持った宋爛は、今までずっと後悔し続けていたようだ。もっと早くに、会いに行けば良かったと……
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集団見合いの為に後宮入りした杏蓉と共に、宋爛もまた集団見合いに参加するつもりだ。白家代表となる杏蓉は皇太子妃候補として、参加を余儀なくされていた。まだ婚姻していない者の中で、正式な婚約者が居ない限りは皇太子妃候補として、各家から1人は参加しなければならないからだ。白家は女児が多くとも、皇太子より年上過ぎたり年下過ぎたりと、候補になるには年齢の問題がある。故に、候補者として参加するのは、杏蓉しかおらず。
また以前に皇太子妃候補に打診され、皇太子本人の粗暴さに離脱した者は、今回の集団見合いには参加できない。無論、この時の皇太子は今の皇太子・愁水ではなくて、崩御する以前の流水であったけれど……
杏蓉も宋爛も2人共、お見合いには仕方なく参加した。杏蓉は集団見合いのしきたりで参加を余儀なくされたが、皇太子妃になど選ばれるつもりはない。怜銘が引き籠もった原因を詳しく知らなかったこともあり、皇太子が原因だったなどとは全く知らずにいたものの、今も宋爛に片思い中の杏蓉と、怜銘を初恋相手だと信じている宋爛には、想い人以外の異性に現を抜かすつもりも、ないのだから。
宋爛も妹のような存在の杏蓉が心配で、参加しただけだ。本気で相手を見つけようなどとは、思ってもいなくて。怜銘が参加するという真相を、秋凜から聞かされた時には、ただ単に会いたいと願っただけだ。
…あの時、私は怜怜が約束を破ったと、単純に思い込んだ。怜怜が後宮で大怪我をした所為で、その時の恐怖心から引き籠もってしまったと、真相を聞かされた時は既に遅かった…。怜怜が私達の約束を、何の理由もなく破る筈もないのに、私は…彼女を信じ切ることすら出来なかった……
だからこそ今からでも、もう一度会って懺悔できたら…。彼女と再会したら自分の本心を伝えようと、宋爛は彼女に告白する決心をした。この世界の基準で言えば、例え彼女が美人に含まれていないとしても、彼には一向に構わない。皇太子達と同様に彼もまた、誰にでも優しく明るい性格の彼女に、心底惚れていたのだから…。もう一度会いたいと願うのは、当然の流れと言えただろう。
杏蓉は彼の気持ちに気付いており、相手があの怜怜お姉さまだと思えば、彼女を憎む気持ちにはなれず。大怪我を負った上、心に大きな傷を負ったらしい彼女にも、幸せになってもらいたいと願い…。彼女が選ぶ相手が例え彼だとしても、杏蓉は後悔しないという思いであった。
その後2人は無事に、彼女と再会することが出来た。現在は王宮で文官として働く宋爛は、集団見合いの中でも優良株の1人のようである。見合い中に宋爛に群がるお嬢様達に、睨みを利かしては追い払おうとして、杏蓉は頻繁に宋爛の元へ会いに来た。序でに、彼に会いたいという思いも抱え。そうした経緯を経て、何も知らずに現れた彼女と彼らは、漸く話し合う機会が巡って来るのである。
宋爛から話し掛けられた怜銘は、当初はギョッとした様子であった。何しろ、前世の記憶ばかりが先走り、過去の記憶を殆ど失っている彼女には、彼らの記憶は全くなくて…。暫し辛うじて、姉の旦那さまの従兄弟だと思い出すことを切っ掛けに、怜銘も少しずつ過去を思い出していったが…。
「……っ……怜銘っ!…やっぱり貴方も此処に、来ていたんだな。花の宴では貴方の姿をちらりと見かけたが、私が…話し掛けようと思った頃には、もう貴方は居なかった…。文官である私は、後宮には訪ねて行けないからな…。」
「…本当に…お久しぶりですわね、宋宋。今の貴方は、文官なのですね。昔の夢が叶いましたのね。おめでとうございます。」
「ありがとう、怜銘…。その呼び方、懐かしいな…。」
主人公の1人と攻略対象として警戒中の怜銘には、幼馴染の2人と再会したというのに、どことなく余所余所しい。宋爛と杏蓉の2人も、怜銘との距離を感じたものの、長年付き合いがない状態で仕方がないと思う。
また赤家と白家との身分の差も、彼女と後宮で再会したことで、2人には犇々と感じさせられた。怜銘は皇太子妃になるに相応しい身分なのだと、改めて痛感させられてしまう。
「怜銘の身に起こたことは、秋凛さまから後から教えていただいた。酷い怪我をしたのだと…。そうとは知らず、私は…貴方が約束を破ったとばかり思って、貴方に怒りをぶつけていた…。今まで私には何も出来なくて、これほど歯痒いことはないよ。ずっと後悔していた。貴方を信じず、悪かった……」
宋爛は怜銘に再会できたことが嬉しく、つい昔の幼馴染の気安さな態度で、親し気に声を掛けた。これが、どういう状況を招くかも、深く考えずに。相手が戸惑うことになるとも、気付かずに。
彼女の余所余所しさに気付き、誠意を見せようと謝罪したものの、今の怜銘に宋爛の隠れた想いは届いていないようだった。怜銘からすれば、取り敢えず思い出した思い出の中の、唯の幼馴染にしか過ぎなくて。適当に合わせただけで。
過去の記憶を失くし、辛うじて思い出したとしか言えぬ状況化で、前世の記憶にあるギャルゲー設定は、其れほどに大きい存在と言えそうだ。
宋爛の章、その1ですね。後半から、本編と同じ場面が出てきます。その為、怜銘も2人の障害(?)として、登場しています。
何故か…バグが発生(?)し、何度も書き直ししましたよ……
然も、更新間際に……
※本編は終了しています。本編終了後の番外編では、人物により話数が異なる予定でしたが、今のところは3話前後で終わっていますが…。次回の更新は未定とします。次回までは、もう少々お待ちくださいませ…。




