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墜下(1)

【嫉妬】〔しっ・と〕

自分よりもすぐれている人間をうらやみ、ねたむこと。

 薄暗い。周囲の建物が影を落とすからだろうか。光のもとに開けていて、歓声すら飛び交う大通りとは全然違う。全く違う。

 栄光。正しさ。希望。暖かさ。喜び。そのどれもが程遠いこの場所で、俺は武器を手にして、倒れる敗者の前で立ち尽くす。


「狂ってるぜ、お前……」


 哀れな敗者の言葉を受けている俺は、その通りだとするならば、勝者か。

 ふつふつと湧き上がるものがある。それは煮えたぎる油のように熱く衝動を呼び覚まして、この身を許せばもう戻ることなど出来ないほどに、冷たい。

 俺が感じているこれは怒りなのだろうか。これを怒りと呼ぶのだろうか。

 きっと違う。これは優越感だ。

 俺の目の前で、俺によって人が倒れていく。そこに感じるは優越感だ。

 俺が、目の前の人間よりも優れているという証。

 そして、俺自身が正しい人間であるという証。


 そう。

 俺は優れている。

 俺は正しい。


 ……俺は悪くない。

 俺は、間違ってなんか、いないんだ。



 窓を眺めていた。ずっとだ。

 ヒュルーを発ち、ハリアにたどり着くまでの数日間、俺は馬車の後部座席に座り、窓の外に視線を投げかけ続けていた。休憩や野営のために停まれば外へ出て無心で作業を手伝い、移動中に眠くなれば瞼の裏で夢を見る。

 否、眠くならなくとも俺は高校生活をただ回想していた。それは、夢を見ているのと変わらない。白昼夢に溺れているだけの人間だった。

 そうやって時折不真面目でありながらも、概ねの時間を窓の外へ視線を投げかけることに費やした。そんなことをして窓の外から返ってきたのは流れる景色のみ。

 荒れ地。山地。草地。草原。そして旅の最後には、湖の町。


「ハリアが見えるか。ようやく、戻ってこられたみたいだな」


 俺の隣でユリウスさんがつぶやいている。いつも通り俺は反応しない。空気を気にして前に座るエリスさんが「早く、建て直さないとね」と返事をよこした。これも、いつも通り。

 こんな調子でユリウスさんは気まぐれに俺に話を振ってくる。反応しなくてエリスさんが代わりに答える。そんなことを繰り返している。

 一度、煩わしくなって荷台へ乗り込もうとしたことがある。しかし、俺が乗り込もうとした瞬間に荷台には水や食料を一部積み込むことにしたらしく、あえなくユリウスさんの隣に戻ることになってしまった。

 おそらくはユリウスさんの指示なのだろう。そうまでして俺に話しかけて、彼が俺に求めるリターンというものは何なのだろうか。

 銀のペンダントを使えなくなった俺にはもう、扱える魔法の力はない。もとより反乱軍と戦うつもりもなかった俺には、義勇軍としての意志もない。過去に俺が仲間と呼んでいた人間たちは俺の本性を知って去っていってしまった。

 残っているのは、元の世界に戻りたいという気持ちだけ。……いや、それでさえも、今は力が湧いてこない。酷く空虚で、投げやりな気分だけが残っているのであった。

 それじゃあ、と、そんな俺の自暴自棄につけ込んで特攻隊長にさせるでもなく、ユリウスさんは淡々と話しかけてくる。意図がわからないものの、答えなくとも別に場所を追い出されたりはしないので、気楽に聞き流して寝ることにしていた。

 ただ、そんな日々も終わりだ。

 孤島が浮かぶ嘘のように大きな湖と、それを中心としたすり鉢状のくぼんだ大地に広がる家々。今日の天気は快晴で、夕焼けの赤い光を湖がいたずらに乱反射している。そんなハリアにも、もう少しで着くのだ。

 俺も、この世界に来てからいくつもの村や街を旅してきた。比較してみると、ハリアはその中でも最大級の街だと思う。大陸の中央から北寄りに外れたところにはあるが、王都自体が更に北にあることを考えると、物流の拠点として栄えているのだろうか。

 王都にいるときに荷揚げの仕事をしていたことがあった。耳にしたのは、王都につながる海路と陸路の話。海路における東廻りの交易拠点がチルという都市であり、西廻りはヤマト。そして、陸路はハリアやフォルを始めとした、内陸の都市になる。


 ……だから、予想はしていたのだ。


 馬車はハリアの近郊を越え、街へと徐々に入っていく。それと比例して、騒がしい人々の歓声が増えていった。

 凱旋の歓待だ。恐らくは伝達のための兵士が早馬などを駆って、街に状況を伝えているのだろう。本質としては相次ぐ反乱軍の特攻にも似た奇襲作戦によって継戦能力を失っての帰還なので、褒められたものではないと感じるのだが、そこは戦時中だ。次の戦いを始める準備――物資や兵士の補充と収集――を滞りなく進めるためにも、『良く』伝えているはずだ。

 まあ、魔導石の鉱山を落として、前線基地としてのヒュルーを奪還できたというのは成果としては成立する事実でもあるように思うので、そんなに穿った見方ばかりをしていてもしょうがないか。

 全く盛り上がらない気分で歓声を聞き流しながら外を眺めていると、道端で手を振る三人組の子供の姿があった。男の子が二人に女の子が一人。何処かで見たような気がして目を遣っていると、男の子の片方が俺の視線に気づいたようで、一段と強く手を振ってきた。


「ありがとう! 義勇兵のお兄ちゃん!」


 俺は慌てて窓から顔を引っ込めた。そして、「もうここで降ろしてくれ」と言いかけてから言葉を飲み込む。こんな場所で降りたら、囲まれてしまって大変な事態になるだろう。

 地獄のようだ。こんな歓声など、受ける資格もなければ、受けたいなどとも思っていないのに。


「これから、どうするんだ?」


 隣の席でユリウスさんが問いかける。それは、俺に対してではなく、前に座っているエリスさんや、はたまた馬を操りながらハリアの民衆へ片手を上げて答えるマーカスさんに対しての言葉なのだろう。それでも、充分に俺に対する問いとして機能した。

 これから、どうする。

 元の世界には戻りたい。でも、その前に少し。少しだけでいいから、……休みたい。油断すると思い出してしまいそうになる事柄から逃げ出す時間がほしい。シュヘルの滅亡も、俺を突き放した人間も、俺が突き放した人間も、全てを。



 凱旋を果たした義勇軍は闘技大会の行われた闘技場へと収容されていった。義勇軍は殆どがハリアの出身で編成されているため、ハリアに家のあるものは帰宅し、他所から来たものだけが収容される形になったので、スペース的にはかなりの空きがあった。

 その空いている場所には食料や武器などの物資が運び込まれていく。恐らく、次の出撃のための準備だろう。

 俺はというと、流されるままに闘技場の建物内にある一室を充てがわれて、そこで力なく寝転がっていた。

 あまり広くないとはいえ一人部屋だ。何か功績でもあっただろうかと考えたものの、今回の出征で俺は特に何もしていない。マーカスさんや、ユリウスさん、エリスさん。誰かの配慮だろう。


「せっかくの、一人部屋だけどな……」


 俺の荷物は何もなかった。グングニルと、小刀。それから身につけているものだけだ。ラーズが渡してくれた小竜の牙ですら持っていない……と、そこまで考えて笑う。


「いらないさ。もう。……そう思って、全部置いてきたんだ。取りに戻らなかったんだ」


 独り言ちていると、ノックの音が軽快に響いた。それからゆっくり扉が開く。

 現れたのは短髪の剣士。ユリウスさん。気まずさもあり、俺は思わず視線を下へ逸らす。身につけている剣が目に入ったが、普段彼が身につけている壮麗な白鞘の剣ではなくなっていた。


「これか」


 ユリウスさんは腰の剣を掴む。


「輝もよく知ってるガルムのおっちゃんに、メンテナンスを頼んでるんだ。これはその間の代用品。……武器に関して目ざといのは、流石に闘技大会の実力者ってところか?」


 気さくに話しかけられ、それでも俺は答えない。『早く出ていってくれ』と、それだけの想いを込めた視線でユリウスさんを睨み返す。彼は困ったような顔で、ポケットから紙切れを出した。


「そうまではっきりとした拒絶を示されて、関わるつもりもない。だが、凱旋の宴会には出てくれ。自由に座れるだけの席数はあるし、別に誰かと話さなくても良い。ただ、輝も腹は減るだろう? 今日の義勇軍の晩飯の配給は無しだ。食いっぱぐれたくなければ、ここに来いよ」


 一気にユリウスさんは話すと、ポケットから出した紙切れを部屋の入口近くに置いてある卓へと置いた。そして「待ってるぞ」と言い残して去っていく。

 俺は耳をすませて、足音が離れるのを確認してから卓に近づき紙切れをとった。時間は十九時で、場所は『その小刀で訓練をした湖畔の公園』と書いてあった。

 俺は腰の小刀に触れてから紙切れを握りしめた。


「いつの話だよ」


 俺がまだ、王都を目指して闇雲に戦っていた頃。元の世界に戻るためには、誰かの犠牲が必要だなんて知らなかった頃。

 ……あのときには、もう。シュヘルは滅びていたのか。

 心臓が不用意に鼓動を早めた。手の中の紙切れを湿らせるように、汗が滲み出す。


「違う……。俺は、悪くない。俺は、俺が生きるためにシュヘルの場所を教えたんだ。誰だって、あの場所にいたら、俺と同じことをするんだ……」


 自分に言い聞かせて、息を吐く。部屋にあるベッドに腰掛けてから、更に数分深呼吸を繰り返す。そうしてようやく冷や汗と動機が収まっていった。

 それから俺は湿った紙切れをもう一度開く。十九時。部屋を見渡す。やはり、時計なんていう気の利いたものはない。


「不便な世界だな……本当に」


 一つつぶやくと俺は、武器を身につけたまま、扉を開けて外に出た。

 すでに夜の帳は下りていて、湖畔独特の水の匂いに夜の匂いと、食べ物の匂いが混じって流れ込んできていた。遠くから雑音も聞こえてくる。すでに宴会は始まっているのかもしれないし、まだ準備中かもしれない。

 いずれにせよ、俺の身体は間抜けにも空腹を訴えている。配給もないのであれば取りうる選択肢は一つだけだ。


「さっさと食べて、部屋に戻ろう」


 闘技場から湖畔の公園までの距離はあまりない。十分も歩けばすぐに宴会会場と思しき場所は見えてきた。

 夜の湖を臨む広大な原っぱに、たくさんのテーブルと椅子が並べられていて、いくつもある篝火が轟々と燃え盛っている。

 早く着きすぎてしまったのか、まだ集まりきってはいないようだが、一部では早速宴を始めている集団もあった。踊り子は楽団の奏でる出鱈目なメロディに合わせて舞い、それを肴に木製のジョッキをぶつけ合う赤ら顔の男たち。食事も出ているようだ。

 あの場所に混ざろうとは思わないが、勝手に始めることができるのであれば、ここで待っているよりも食べ始めたい。それに、早く食べ始められたら早く帰れる。

 俺はすでに騒いでいる一団から距離をおきつつ、周囲に誰も座っていない場所を見つけて一先ず座った。


「あら、一人なの? 混ざればいいのに?」


 着席直後に声をかけてきたのは見知らぬ女性だった。二十代かそこらで、ワンピーススタイルの服装。体つきからして戦士には見えない。何者かと思ったが、その手に持つものを見て理解した。給仕さんだ。


「はい。とりあえず出来たものから持ってくるから、どんどん食べてってね」


 彼女は手に持っていた大皿を俺の目の前に置いた。豪快に焼かれた獣の肉や、おそらくは湖で取れた魚を使ったであろうトマト料理。その他、葉類のサラダなど、大雑把に盛り付けられたプレートである。

 凄い量だ。それに、しばらくぶりだ。こんなご馳走は。

 素直に驚いていたら、給仕の女性は首をかしげる。


「あら? やっぱりあっちと混ざる? お皿、向こうに持っていこうか?」


「ああ、いや、大丈夫です……」


「そう? ま、一人で寂しくなったらお姉さんが相手してあげるから、声かけてね」


 彼女はそんなことを言いながら去っていった。仮に寂しくなったとしても声をかけられる勇気は無いだろうな、と思ってから、俺は大皿と向き合った。両手を合わせ手早く感謝を込める。


「いただきます」


 大皿の隅においてあった食器を手にとって、大きく切られた肉塊へと突き刺す。そしてそれを貪るように食らう。後は繰り返し。

 まともに動いていない割には空腹だったのか、咀嚼と嚥下が止まらない。無我夢中で掻き込んでいっていると、徐々に人が集まり出してきていた。最初に来た大皿が空になって我に返ると、俺の周囲の席は埋まっており、各々食べたり飲んだり談笑したりと、いつの間にか宴になっていた。


「お、食い終わったか、クソガキぃ」


 声色からして酒臭い男性の声が右側から聞こえてくる。嫌だなと思って右に目をやると、見覚えのある髭面の男だった。


「久しぶりだなァ、おい。俺のことは覚えてるか? ……それとも、敗者のことなんぞ忘れちまったかァ?」


 忘れるわけもない。あんたはあのときの俺にとって、確かな恐怖の対象だったんだ。


「左腕の怪我は、良くなったんだな。……ゾニ」


 ゾニは闘技大会の二回戦で戦った相手だった。

 あのとき、手負いの彼に負けかけた俺は、大会ルール上違反となる『魔法』を使って勝利を手にした。あまり、胸を張って話ができる相手じゃない。


「何か、用でもあるのか?」


「つれねえな! 大会は大会、今は今! 同じ陣営にいるんだ。仲良く飲み交わそうってのはおかしなことじゃねえだろ?」


 そうして、木製のジョッキを差し向けてくる。

 乾杯くらい、構わないか……。

 俺は自分の、ぶどうジュースの入ったジョッキを手に持って、ゾニの顔を見上げて訊く。


「何に?」


「もちろん、勝利に!」


 満面の笑みで答えるゾニと杯をぶつけ合い、お互いにその内容物を飲み込む。一気に飲み干したゾニが酒臭い吐息を夜空にぶちまけると、俺に目線をやってきて訊いてくる。


「ダグラスの息子に勝ってから、何処へ?」


 彼にとって俺は、彼を倒した人間だ。そんな人間が勝手に勝負を棄権して、そのまま去ってしまう。普通に考えれば失礼なことをしているというのは、俺にだって理解できる。

 謝ることはしないが、誠意をもって答えるべきか。


「外せない用があって、王都へ」


 異世界のことや『アクセサリー』のことを話すのを避けるのであれば、これが精一杯の回答か。……逆上されても仕方ないかもな。

 しかし、ゾニは眉間に皺を寄せることなく鼻を鳴らしたのみだった。


「ほお、そりゃ大変だ」


 ゾニは案外さっぱりとした人間なのかもしれない。闘技大会での盤外戦術は、あくまで戦術なのであって、彼の性格を判断するものではなかったのか。

 そう、俺が思った直後、彼は質問を続ける。


「その王都に行ったのには、シュヘルに何か関係してんのか?」


「……な、にを」


 ゾニは俺の耳に顔を近づける。


「軍の中で、お前がシュヘルを滅ぼす原因を作ったって噂が流れてるぞ。あくまで噂だが、な」


 たらふく食って張り詰めた胃を握るように締め付けられる。軽い嘔吐感と冷や汗。顔をうつむけながら、周囲の様子を伺う。殆どは談笑しているが、俺と目が合う人間もいる。……睨んでいる? 憎んでいる? 嘲笑っている?

 ……わからない。わからないが、ここにいるのはまずい。良くない。


「ゾニ、それは噂だ。俺は悪くない」


 俺は椅子を引いて席を立った。「ちょっと待てよ、どうした」と声を駆けてくるゾニを無視し、湖畔の公園を出口へと急ぐ。


「闘技場は……駄目だ」


 自分の部屋に戻るのは危険だ。俺は悪くないのに、俺を悪いと思ってひどいことをしてくる人間はこの世に存在している。それは、狛江ソラであり、白石綾香であり、成瀬速人であり、天見舞であり、……一樹や、エレックや、ミアだ。

 そんな人間がいるのは恐らく義勇軍だろう。それならば離れるべきだ。


「やられてたまるか……! 俺は悪くないんだ……!」


 日の落ちた湖の町。すり鉢状の街の底辺から俺は坂道を登り始めた。まるで、蟻地獄に囚われた獲物が哀れに足掻くように。

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