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衝突Ⅱ(2)

 暗い村の中を歩いていく。どこに向かっているのか俺は知らないが、ソラには目的地が決まっているのだろう。彼は黙々と先導している。その後ろにエレックと天見さん、更に後ろを俺とミアが行く。

 一樹に連れられて村の外れまで行ったときとは全然違う。天見さんも何も言わないし、ソラはもちろん、エレックすら言葉は発しない。ミアは元々無口だ。

 俺は隣を歩くミアに小声で聞く。


「何か、知ってるか……?」


 ミアは首をふるふると振って否定を示す。「わからない」と言う。

 確証こそないが、彼女の態度に嘘はないと感じた。本当に何も知らないのだろう。俺は諦めて周囲の風景を眺める。

 焼け落ちた木の匂いに混じって、微かに血の匂いがする。夜の闇の中、目を凝らすと村の家々も壊されているものが多く存在していた。

 でも、兵士の雄叫びなんかは聞こえない。確かに戦いは終わっているみたいだ。


「戦いが終わってから、どのくらい経ったんだ……?」


 ミアに聞いたつもりだったが、答えたのは先頭を歩くソラだった。


「二時間くらいだ。敵の軍はあまり数も無かったから、すぐに抵抗も減った」


 彼の言葉で俺は少し納得する。やはり村の南側の遠くに見えた大群の灯火は反乱軍の策だったんだ。位置を見誤らせるため、そして、数を見誤らせるため。

 ソラがこちらを向かずに話し続ける。


「奇襲だったから被害はあったけど、敵の一番強い魔法使いも……俺が倒した」


「……ノール」


「ああ。……だけど、被害はあるし捕虜もいる。義勇軍はヒュルーに一部を残してハリアに引き返す」


「……そうか」


 俺のいた軍でも三度の戦いがあった。消耗しているのは事実なのだろう。補給も含め、一度ハリアに退くというのはまともな判断に思えた。

 そして十分ほど歩いて、ソラが「ここだ」と言って道の角を曲がる。それについていくと、開けた場所に出た。


「あ……」


 家の破片と思しき瓦礫が散乱するその場所は村の中心というわけではない。それなのに人がいた。白いローブマントを着ていて、そのどれもが、俺の知っている人物だった。

 橋山一樹、成瀬速人、白石綾香。そこに加わる狛江ソラと天見舞、エレック、ミア、そして俺。

 彼らがいることを心のどこかで予想しつつも、目の前にして言葉を失った俺に構うことはなく、ソラはその開けた地面に大剣『グラム』を突き刺した。

 緻密で豪奢な太陽の意匠を施された白い大剣を見て怯えてしまいつつも、俺は何とか口を開く。


「……その武器」


「ノールを殺した後、奪った。信じられないくらいに丈夫で、それなのに凄く軽い武器なんだ」


 ソラは淡々と話している。緊張で嚥下しにくい唾液を俺は無理やり飲み込む。

 殺したとか、奪ったとか、そんな簡単に話すことじゃない。少なくとも元の世界の日本における倫理観はそうだ。

 ……彼はもう、ジャングルで出会った頃とは違う人間なのだと感じた。


「輝……。俺は、人を斬ることを、受け入れた。それに、奪おうとしてくるものから奪うことが悪いとは、俺はもう思っていない」


 ソラは伏し目がちになって、白い大剣を見つめる。


「強欲と言われても良い。これから戦っていく中で必要な武器だと思ったから奪っただけだ」


「『奪おうとしてくる』って……」


 ソラが白い大剣グラムの柄を握り込む。顔を伏せていても、その怒りや悔しさの類の感情が読み取れてしまう。


「綾香の命が奪われかけた。シュヘルの平和は奪われた」


 カイルによって滅ぼされたシュヘル。……カイルは、俺の渡した地図でシュヘルにたどり着いた。

 聞きたくなかった単語のせいで、胃の辺りが締め付けられる。何故だ。俺は……悪くない。だというのに、俺が感じているのは罪悪感だ。

 ソラが、グラムを更に強く握り込む。


「あんなこと、繰り返させるわけには行かないんだ」


 そして彼は伏せていた顔を上げ、一直線に俺を見据えてきた。足がすくむほどのその強い目が俺を貫いている。


「輝……。シュヘルの平和を奪った人間の一人は、お前なのか」


「ち、違う!」


 俺は即答する。首も振って、手も振って、全身で否定を表現する。

 この場にいる七対十四個の視線が俺に集まってきていた。ノールと対峙したときとは違う。ここにはミアもエレックもいる。……折角仲間になってくれた二人にだけは、俺が悪い人間だなんて思わせるわけにはいかない。

 認められない。そんなことは、絶対に認められない!


「俺は悪くない!」


 シュヘルの話を深く追及されたら、俺がカイルに脅されて地図を渡した話にたどり着いてしまうかもしれない。どこかへ、話を逸らさないと。

 焦る俺の視界に白い大剣が入ってくる。……これだ!


「それよりも、お前が人を殺して、そして奪っていることのほうが問題だろ! お前に殺された人間の中には、仕方ない事情で刃を向けた者もいただろうに! そうやって命を奪ってきて、『受け入れた』、だと……! シュヘルの平和を奪った人間とお前に一体何の差があるんだよ!」


 ソラは暗い顔で、口を真一文字に結んだ。ただ話を逸らして攻撃するだけの詭弁だったが、彼には効いている。

 このまま、やり過ごせれば――。


「――聞き捨てならないよ、今の言葉」


 ソラではない。声の主は白石さんだ。彼女は俺を睨んでいる。


「ソラは、あんたとは違う。自分のためじゃなくって、誰かのために動いてるの。誰かのために……背負ってくれてるの」


 そして彼女は自らの首元に触れる。暗くて分かりづらいが、よく見ると鎖骨のあたりにに傷跡のようなものがある。

 一樹が言っていたことを思い出す。白石さんは一度、反乱軍の兵士によって槍で貫かれて殺されかけたのだと。……それからソラは、人を殺すようになってしまったのだと。

 白石さんは首元を触れていた手を握り、拳を作った。


「それに、ソラは……行ったことを認めてる。逃げも隠れもしなかった。……あんたはどうなの。シュヘルのこと。……あんたが我が身可愛さで渡した地図が、シュヘルを滅ぼす原因になったってこと」


 そこまで知られているのか。多分、俺がノールと戦った時に周りにいた戦士の誰かが漏らして、それがソラたちに伝わったのだろう。もしかしたらミアやエレックにも伝わっているかもしれない。だとしたら、とぼけたり誤魔化すのは逆効果だ。

 それよりも、俺の行動の正当性を訴えるんだ。


「知らなかったんだよ! あの地図を外に漏らすな、なんて、お前らだって聞いてなかっただろうが! それに、俺は殺されかけてた! 地図を渡したら助けてやるって言われてた! ……被害者なんだよ! 俺じゃない! ……そこにいる、殺人鬼とは違ってな!」


「このっ……!」


 白石さんが怒りを顔中に満たして詰め寄ってくる。目の前まで来て立ち止まる。そして、俺が何か反応する前に、頬に衝撃が走って乾いた音が響いた。


「いって……」


 したたかな平手打ちだった。じんじんと響くような痛みと熱を頬に感じて、俺は呆然としてしまう。

 視界の端でミアが動いたが、エレックがそれを押し留めている。他の面々は驚いた顔をしているのみだ。


「……こ、の……!」


 痛みに慣れていくにつれて徐々に湧き上がる怒り。その感情に奮い立たされて俺は気を取り直していく。


「言葉で勝てなきゃ感情任せに訴えるってか! 最低だな……! 本当に――」


 俺はソラを指差す。


「――そこの殺人鬼と同類の、最低さだ!」


 虚しく俺の言葉が響く。響くのみで返ってこない。俺はハッとして視線を左右に揺らす。白石さんを除く、他の人間は俺から目を逸らしてしまっていた。

 誰も同調していない……。どうしてだ。俺の言っていることは正しいはず。何故誰も乗ってこない。ついてこない。

 唯一俺の方を睨んでいた白石さんは踵を返してソラの近くへと向かう。


「ソラ、もう良い。行こう。……あんな最低の人間に、ソラの気持ちなんて分かりっこないよ。それに」


 白石さんの視線が、俺に向く。その冷たさに俺は息を呑む。


「あたし、これ以上ここにいたらあいつを殺しちゃいそう」


 言い返そうとしたが、恐怖が先に出た。上手く口が動かない。

 彼女の言葉に嘘がないと感じてしまった。本当にその気になったら俺を殺せるのだと思ってしまうほどの凄みだった。

 全身に鳥肌が立ち、口をぱくぱくと開閉させてしまう。

 ソラは小さな声で「分かった」とだけつぶやく。そしてソラと白石さんは連れ立ってこの場から歩いて去ってしまった。俺を含む、残された五人だけが立ち尽くしている。

 白石さんとソラの姿が見えなくなってから、俺はゆっくりと口を開く。


「は、は……。見たかよ。勝手に責めて、勝手に殴って、勝手に逃げるなんて、どうなってんだ」


「……ふう」


 さっきと違って反応があった。一番遠い位置から静観していた青年、成瀬速人の大袈裟なため息だった。


「貴方はまだ、自分の過ちに気づいてすらいないのですね」


「過ち……? どっからどう見れば、今の俺に落ち度があるんだよ」


 苛つく。まだ俺を悪人に仕立て上げるつもりなのか。どう考えても手まで出しているソラと白石さんが悪者だろう。俺は被害者だ。

 速人は眼鏡の位置を直しながら、鼻で笑った。


「甘えた人間は、所詮甘えた人間のまま。成長や変化なんて期待するだけ無駄でしたか」


「無駄……だと……?」


「無駄でしょう? 最初は聡い人間だと思っていたのですがね……。結局、自らの行いにも責任を持てないようでは……」


「黙れ。……いや」


 再び煮えたぎるような怒り。否定否定否定。何故俺の話を受け入れない。何故俺の立場に立ってくれない。そんな人間なんて――。

 俺は小刀を抜いて、速人に近づいていく。

 ――こんな人間なんかに配慮する必要なんて無い。ただの敵だ。

 丁度いい。俺が元の世界に帰るためには『アクセサリー』と『所有者の死』が必要なんだ。今ここで、その礎になってもらう!


「黙らせてやる……!」


「ほら」


 速人が俺に向けて手のひらを向けた。直後走る黄色い閃光。

 魔法か……! 俺がそう思ったと同時に、小刀を持つ手に衝撃が走る。


「ぐあっ!」


 思わず小刀を取り落し、一歩後ろへ退く。

 電撃の魔法だ。フルが俺の身体を奪ったあと、速人がフルに向けて放った魔法。

 速人は手のひらを下ろし、軽蔑と受け取れるような冷たい目を向けてくる。


「王都の時から……いえ。シュヘルで逃げた時から変わっていない。都合が悪くなったらすぐにこれです。……『感情任せに訴え』ているのは、どっちの方だかわかりませんね」


「く……!」


 速人がさっきソラと白石さんが去っていった方へ、足を向けた。


「私も、ここで失礼します。馬鹿と同じ空気を吸うのは耐えかねますので」


 その言葉を吐き捨てると、彼は歩いていってしまった。沸騰した頭では満足に文句を考えることも出来ず、俺は右手の痺れに耐えながら歯を食いしばる。

 クソが。ソラなんかについていく異常者が。俺に非がないのが何故わからない。


「……久喜くん」


 名前を呼ばれて振り向く。天見さんだった。だが、いつもの彼女の柔和そうな表情はなく、その目は如実に怯えを映しこんでいた。そして、怯えた彼女と俺の間に入り込む影。……一樹。


「輝」


「……何だよ、一樹」


 俺を見る一樹の目は、速人の『あの目』に酷く似ていた。


「今、何を考えて速人に武器を向けたんだ?」


 俺は彼から目を逸らす。視界には砂地で何の面白みもない地面があった。


「……知るかよ」


「そうかい。……俺の買いかぶりだったのかな。輝は、そんなことをしない人間だと思ってたよ」


 彼の声色から『呆れ』がにじみ出てきているのに気が付き、俺は彼に向き直る。


「……だって、じゃあ、俺はどうすれば良かったんだよ! ここまで言われて、何もしなけりゃ良かったのか!」


 訴えた。だけど、俺の言葉はすでに彼には届いていない。それほどに一樹の目は、表情は、絶望的なものだった。


「お前に……こんなに幻滅させられるなんて、思ってもみなかった。……舞、行こう」


 一樹が天見さんの背中を押す。天見さんはまだ、俺を怯えた目で見ていた。彼女は一樹に背を押されて、速人たちを追い始める。

 すれ違いざま、彼女の声が聞こえる。


「……嘘つき」


「……は?」


 呼気とともにそんな反応しかできなかった俺は立ち尽くして力なく地面を見つめた。

 ソラも、白石さんも、速人も、天見さんも、一樹ですら、俺の元には残っていない。まるで、シュヘルで彼らと衝突し、決別した時のようだった。

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