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罪科(3)

 夜空に星が浮かぶ。大小の光の粒が暗い空間に浮かんでいて、よく見れば見覚えのある配置もあった。あれは何座だろうか。一際強い光の星が三つ浮かんでいた。……この世界に星座があるのかは、知らないが。

 俺は寝袋に包まってそんな星を眺めている。四分の三ほどを残して欠けている楕円の月を見てから、俺は上半身を起こす。

 近くにはミアとエレックも寝ている。今日は二人とも、夜警の当番は無いらしい。起こしてしまわないように小刀を持って寝袋から抜け出した。それからおとなしい寝息を立てているミアの寝顔と、豪快に口を開けて寝ているエレックを確認し、野営地点を離れる。

 ……今夜、一樹と話をする約束をしている。


「日付が変わる頃って、いつだよ……」


 俺は不満をこぼしながら石造りの館があるヒュルー中心部へ向かった。

 この世界に来てから不便に思ったものがある。その一つが時計の希少さだった。大きな家や街の中には時計があるものの、携帯できる時計は見かけない。もしかしたらこの世界のどこかにはあるかもしれないが、見かけないということは高価なものなのだろう。

 日本であれば色々なところにあって目につく時間の表示だが、この世界で時刻を調べるのは結構面倒だった。方位磁針はあるので、太陽が登っている時は日時計を利用することができるけれど、雨の日や夜は何の役にも立たない。そもそも、夜はほとんどの人が眠ってしまう。そういう意味では必要がないだけなのかもしれないが。

 自作を考えたこともあった。しかし、あんなにありふれたものである時計なのに俺が何一つメカニズムを知らないで使っていたことが分かっただけで、代替案すら思いつかなかった。

 だから一樹が言っていた集合時刻の『日付が変わる頃』というのは、俺にとって厄介でしかなかったのだ。


「月があの位置だから……後は時差だろ、こんなもん」


 月は太陽と違って、一日の終わりと始まりのタイミングに真南には無いことは理科の授業か何かで知っていた。だけど、細かい数字を覚えているわけではない。ただ、なんとなく『このぐらいだろう』という感覚で俺は集合地点へ急ぐ。

 寝静まっている村を進み、例の石造りの館の前にある広場まで来ると、既に一樹が待ち構えていた。……遅刻してしまったようだ。

 自分のせいではないという気持ちと申し訳無さを覚えつつ近づいていくと、その傍らにもうひとり立っているのが見えた。

 一樹は「遅えよ。寝落ちしたのか」と無邪気に言ってきているが、俺は謝罪半分、疑問半分という気持ちで返答する。


「悪い、時間が分からなくて……。それと……。……どうして、天見さんが」


 一樹と一緒に待っていたのは、天見舞だった。

 彼女はうつむき加減に目を伏せる。


「一樹くんから、ここに久喜くんが来るって聞いたから……」


 先程の俺の遅刻に対する謝罪より、遥かに申し訳無さそうな彼女に何も言うことができず、俺は一樹に視線を送る。

 俺は『彼らを殺して元の世界に戻る』という作戦をーー実行する決断ができなかったとしてもーー一度は考えた人物だ。どうして引き合わせようとしたのか、理解に苦しむ。

 一樹も俺の視線の意味に気づいているのだろうが、彼は気にも留めないとばかりにへらへらと笑んだ。


「ま、とりあえず移動しよう。『本陣』の前でする話でも無いしな」


「この場所を指定したのは一樹だろ。というか、『本陣』ってのは……」


 一樹が振り返り、彼の背後にある石造りの館を見た。


「あそこにある村の寄合所が、暫定の本陣なんだ」


「……まあ、そうだよな」


 昼に義勇軍が軍議を行っていたのもあの場所だ。頷いた俺は、歩き出した一樹を目で追う。彼は「二人とも、ついてきてくれ」と言って、どこかへ向かって進んでいった。


「……一樹くんは、元の世界でもこんな感じだったの?」


 急に天見さんに話しかけられて俺は息を飲む。昼のこともあって正直気まずいのだが、話しかけられたとあっては無視することもできない。

 ……それに、ソラや白石さん、速人と違って敵意はなさそうだし。


「……まあ、そうだね。……結構強引なところがあるやつだったよ」


「そうなんだ……。じゃあ、見失わないようにしないとね」


 彼女は笑いかけてくれているような雰囲気で話していたが、俺が彼女の顔を見ていなかったのでどうだったのかは分からない。そのまま俺は一樹の背中を追って歩き始める。


「ああ……うん。そうだね。……行こうか」


 満天の星空が降り注ぐ村の中を、一樹の先導で歩いていく。道中、天見さんが「星が綺麗だね」とか、「でもちょっと乾燥してるよね」とか、核心には触れない他愛ないことを話しかけてきた。俺はそのどれもに、曖昧な相槌を打ち続けていた。

 殺そうとした人と話しながら歩いている。そんな居心地の悪さや、自分が彼らにした仕打ちを思い出してしまって感じる気まずさから来る精神的なプレッシャーに耐えきれなくなってきて、俺は『一体何が目的なんだ』と一樹を問い詰めたい衝動に駆られていた。

 自分が『答え』を出せなくて泣きついたというのに、自分でも理不尽だとは思うのだが。


「なあ、一樹ーー」


 耐えきれずに一樹に呼びかける。すると彼は立ち止まって、振り向いた。


「ーーここまで来ればいいだろ。こんなところ、誰も来ないはずだ」


 彼が言う『こんなところ』が何なのかと辺りを見ると、村の外にある小さな農場の入り口だった。近くに小さな川があるのだろう。水の音と、音虫のたぐいが歌う声が静かに流れている。

 月と星の明かり、そして農場より更に村の外側にいる夜警中の戦士による篝火。そんな弱い光源の中でも、暗闇に慣れた俺の目は一樹と天見さんの二人の姿をはっきりと捉えている。それは、彼らが来ている白いローブマントが光を反射しているからかもしれない。

 その白いローブマントを捲くって、一樹が左手で小さな箱のようなものを取り出した。手のひらに乗るサイズで、金属光沢がある。立方体のてっぺんには魔法陣のようなものが描かれていた。

 一樹が左手で持つその箱を包み込むようにして右手を重ねる。その右手にある指輪から赤くて弱い光があふれる。数秒、そうしてから彼が右手をどけると、先程あった魔法陣が赤く光り、見慣れたものを映し出した。

 ……アナログ時計だ。この箱は魔法で時間を知るための道具なのか。


「今の時刻は一時過ぎ。歩いた時間は精々十分程度だから、まあまあの遅刻だったな」


「……だから、さっきも謝っただろ。俺には時間を知る術なんてなかったんだよ」


 むしろ、俺の勘が誤差一時間以内だったことのほうに驚きを覚える。

 すると一樹がその箱を差し出してきた。


「じゃあ、これやるよ。使うか? ……魔力を流せば動かせるぞ」


 彼の言葉には含みがあった。『使うか?』ではない。『使えるか?』と聞いてきているのだ。

 俺は無言で首を振る。一樹が目を閉じて、その魔法時計を懐にしまった。


「……舞から聞いた通りだな。魔法、使えなくなったのか」


 俺は一樹を、次に天見さんを見てから小さく息を吐く。まずは、俺の身の上話から始めたほうが良いみたいだ。


「天見さんは、俺の話、どこまで一樹から聞いてるんだ?」


「……全部、だと思う」


 天見さんが暗いトーンで答える。一樹に目を向けると頷いていた。そうか。つまり元の世界に帰る方法も含めての『全部』で良いのだろう。

 一樹は補足するように付け足す。


「王都で会った時、舞にはお前のことを話してたんだ。……舞が、お前を心配していたみたいだったからさ。だから今日のことも話した。拗れるのが嫌だから、他の人には話してないが」


「分かった。……ありがとう、一樹」


 お礼を言い、何から話したものか、と俺は思索する。


「俺たちが使う魔法は、この『銀のペンダント』のような『アクセサリー』によって発動している」


 俺は胸元から光を失ったペンダントを取り出して話し始めた。


「それは、力をもたらしている存在が宿っているからだ。俺はそれを『精霊』と呼んでる」


 フルは自らを『月の精霊』だと言っていた。その実態は、俺の身体を乗っ取ろうと目論む嫉妬の化身だったが。


「王都で俺は、その『精霊』に身体を乗っ取られた。力を欲してしまったからだ。……ソラを、退けるために」


「『デミアン』と『エレック』を庇うためだったんだよな。その辺のことはリザさんから聞いたよ。……それで、その『精霊』はどうしたんだ?」


 一樹が話を促す。俺はペンダントから手を話した。軽い衝撃が首にかかっているチェーンから伝わる。


「封印された。経緯を話すとややこしいんだけど、過去にこの『銀のペンダント』の持ち主だったイッソスという男の部屋にあった魔法の罠で、『精霊』はもう現れなくなった。おかげで身体を取り戻すことはできたけど、『精霊』がいなくなったのと同時に魔力も消えたんだ。……だから魔法が使えなくなった」


 そして、その流れで話を続ける。


「ちなみに、俺が今日話した『元の世界に帰る方法』。これはイッソスが見つけたものだ」


「その、イッソスは、元の世界に帰れたのかな」


 天見さんが質問を挟んでくる。俺は首を横に振った。


「そこまでは分からなかった。だけど、理には適っているように思った。……実行するかどうかは、別だけどさ」


 俺の言葉に天見さんがホッとした顔を見せる。俺に殺意が無いことが、彼女の安心につながったのだろう。

 でも、俺は安心なんてできなかった。


「……この方法以外に、帰るための手段は見つかっていない」


 俺は単なる事実として話す。天見さんが表情をこわばらせているのを横目に、一樹に話の矛先を向けた。


「そっちはどうだ。『因果を断ち切る』ための手がかりはあったのか」


「無い、とは言えない。ソラは『声』が聞こえたと言っていた」


「こ、『声』……?」


 思わず顔をしかめてしまう。それだけ聞くと、まるで壊れてしまった人間の妄言のようだったからだ。

 一樹もそんな俺の気持ちはわかっているらしく、「まあ、聞け」となだめてきた。


「輝と同じく、ソラのペンダントにも何かが宿ってる。そいつが語りかけてくる時があるんだと。その『精霊』が言うには、『黒王の復活を止めろ』とのことだ」


 同じく異世界に送り込まれた人間なのに、別の世界の物語のような話の流れになっていて頭が痛くなる。まるで本当に、二束三文でばらまかれるような勇者と魔王の冒険譚じゃないか。


「……それは、いつからなんだ?」


 訊くと、今度は天見さんが答える。


「最初は、王都で久喜くんと戦った時。次は、この義勇軍に参加して初めての戦いの時だって言ってたよ。チルっていう港町でドラゴンと戦った時から『声』らしきものを聞いていたみたいだけど……」


 戦いの時に現れる『声』。先程『頭が痛い』などと思ってしまったが、その症状が出るタイミングは俺が『フル』に語りかけられていた状況と酷似していただけに、全てを否定は出来ない。

 同時に俺は一つ疑問を抱く。そんなお伽噺の勇者みたいな出来事があったのに、昼に見たソラは随分と消耗しているように感じた。


「『声』については信じるよ。俺の『精霊』の話と同じようなもんだろうし。……でも、そんな『声』が聞こえてるのに、今日会ったソラは……なんというか、調子が悪そうだったけど」


 素直に質問すると、一樹も天見さんも暗い表情になる。それから、一樹がボソリと呟いた。


「綾香が一度、死にかけたんだ」


「……それは」


「先遣隊として進軍してすぐだ。サターンの蜂起の敵軍残党と遭遇した俺たちは、脇道の森に伏せっていた彼らに左右から挟み撃ちにされて、俺たちが反応する間もなく綾香は槍で一突きだった。今日、綾香の首元は見たか?」


「いや……」


 彼女が作り出した木製の弓と矢ばかりが気になって、そんなところまで見ている余裕は無かった。

 一樹は「そうか。……傷は、見てないか」と言う。


「舞の魔法で何とか回復したんだけど、それから、ソラは豹変したんだ。それまでの旅じゃ、襲ってくる野盗も殺さずに生け捕りするような人間だったのが、今じゃ積極的に敵を斬り伏せてる」


 俺は返す言葉をなくした。いや、これはわかりきっていたことだ。シュヘルで別れる時から彼らの目的は将軍の殺害だった。誰かを殺すことは決まりきっていたことだ。

 それでも、俺の身体が震えたのはなぜだろうか。人が死ぬところは何度も見てきた。殺し殺されるところも見た。ミアだって、エレックだって人を殺している。

 ……ただ、そうか。

 妙に納得した気持ちでうつむき、目を細めた。同じ日本で育ち、近い価値観を持っていると思っていた人が誰かを殺しているという現実感が怖いんだ。

 そして俺は反射的に喉元まで上がってきた疑問を吐き出さないように耐える。『二人も、誰かを殺したのか』。訊くべきじゃないことだ。訊いたって、誰も幸せになれないことだ。

 俺が耐えていると、一樹が怪訝そうな顔を上げた。彼は振り向いて農場の先……柵のある郊外を睨むように目を凝らしている。


「変だな……。音がする」


「音? 音ってーー」


 俺が一樹に問いただそうとした声を遮って、金属の硬い音がけたたましく鳴り響いた。鐘の音……緊急を知らせる音だ! そしてそれは恐らく、敵襲を示している。

 一樹が腰に帯びている剣の柄に触れる。


「ちょっと不味いな……! 舞! 一度ソラたちのところに戻るぞ!」


「あ、うん! ……久喜くんは、どうするの?」


 天見さんへの返事の代わりに俺は背中の小刀を抜く。グングニルは置いてきてしまっている。


「俺はミアとエレックのところに戻る。武器も、これしか持ってきてないし」


「分かった!」


 一樹は走り出す。「死ぬなよ! 輝!」と言って腰から二刀を抜き去りながら。

 残された天見さんが何か言いたげに俺を振り返る。


「久喜くん、本当は、今日、もう一つ話したいことがあって……。シュヘルなんだけどーー」


「ーー舞! 早く!」


 遠くから一樹が天見さんを呼んでいる。シュヘルがどうしたのか気にはなるが、俺もここで話を聞いているより、一刻も早くミアとエレックと合流したい。


「ごめん、天見さん。……続きは、また、次に」


 俺はそう言って、返事を待たずに走り出した。騒々しくも暗い村の道を駆け抜けながら、ぼんやりと考える。

 先程『次に』と俺は天見さんに言った。次があるかわからないけど、俺は少なくとも次を期待している……。きっと無意識にそう思っていたからそんな言葉を選んでしまったのだろう。


「どうでもいいか、そんなこと……。それより、早く戻らないと……!」


 細かい砂地に足を取られないように気をつけながら、俺は更に走るスピードを速めた。

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