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鉱山(5)

 坑道をランタンのか弱い光が照らしている。揺れるのは二つの影。俺と、その先を歩いているユリウスさんのものだ。

 ユリウスさんのおかげで何とかカイルを退けることが出来た俺は、彼の後をついて坑道の出口を目指していた。

 複雑な構造の坑道に反響する足音を聞いては時折ビビる俺を見て、全くの平静を保つユリウスさんが笑う。


「敵兵はいないはずだから安心しろ。坑道は占拠しきったと考えていい。外の戦いに関してもとっくに終わっているはずだ」


「外……。ユリウスさんは戦いが終わってからこっちに入ってきたんですか?」


「いや」


 ユリウスさんが首を横に振る。しかし、「直接見たわけじゃないが、俺たちが坑道にたどり着いた時点でほとんど決着はついてた」とのたまう。そのはっきりとした声色からは虚勢や盲信とは違う、確信めいたものがにじみ出ていた。


「向こうもマーカスの演説と鬨の声で俺たちの存在に気づいていたんだろう。反乱軍は少ない兵員を最大限活用させるために、兵を横に広く広げて待ち構えていた。横陣という陣形だ」


 彼は『横に広がる長い陣形』を示すように、手を広げる。


「俺たちには、鉱山を背にした反乱軍を包囲して追い詰める方法もあったんだが、マーカスは鉱山に敵兵が逃げ込んで潜んでしまうのを避けたがった。こっちもゲリラ戦に対応しているような余裕は無いからな。……だから、より『強硬な策』に出たんだ」


「『強硬な策』っていうのは……中央突破ですか?」


 俺の質問に対して、ユリウスさんがうなずく。


「勢いと数で無理やり中央を破って、その一部は鉱山へ。残りは突破した中央から左右に広がって背後から反乱軍を叩く。敵の前方には中央突破をしない重装兵も残しておいて、前と後ろから挟み撃ちにしたんだ。中央突破さえできれば勝ちは揺るがない作戦だよ」


 軍の動かし方など、知識もなければ興味もない俺は素直に感心した。銃やミサイルのない時代の大規模な戦いと言われて俺が想像できるのは、平野で横一列に広がった陣形同士がそのまま真っ直ぐにぶつかり合うような原始的なものだったからだ。

 当たり前だが、皆色々考えて指揮をしているということなのだろう。


「だから、『坑道にたどり着いた時点でほとんど決着はついてた』ってことなのか……」


 俺たちが坑道まで着くのは、ユリウスさんの言う中央突破が成功して初めてできることだ。彼の話を真に受けるのならば、成る程たしかに勝ちは揺るぎないのだろう。

 そしてフラルダリル鉱山を無事抑えられたことで、義勇軍は次の目標へ進むのだとも言える。すなわち、ヒュルーへの侵攻だ。


「次は、すぐにヒュルーに向かうんですか?」


「どうだろうな。こっちもこの前あった峡谷での急襲と、この戦いで疲弊しきっている。マーカス次第だが、少し休養を挟むかもしれない」


 彼は『マーカス次第』という言葉を使った。そういえば、さっきもより『強硬な策』に出たのはマーカスさんの意思であるようなことも言っていた。


「この義勇軍、マーカスさんが動かしてるんですか? 闘技場の決起集会を見た感じだと、ユリウスさんとマーカスさんとエリスさんの三人は同列だと思ってたんですけど……」


 失礼かもしれないが聞いてみる。もちろん、ユリウスさんがそんな程度で怒る人物ではないと思っているから聞けたのだが。

 ユリウスさんは少し驚いたように俺を見て、それから苦笑した。


「ああ。体裁上は、三人同列だけどな。マーカスは昔から指揮が上手かったし、今回の義勇軍で反乱軍へ反攻をしかけようと言い出したのもあいつだ。エリスは兵站考えたりの頭はいいけど消極的だし、俺はどっちかというと」


 彼は白い鞘に納められた長剣の柄頭を手のひらで軽く叩く。


「『こっち』の方が得手だからな。マーカスに口出しするつもりもないよ。適材適所だ」


「そうなんですね……。そういえば、『唯剣』って……」


 ユリウスさんの名前を聞いたカイルがそんなことを言っていた。どういう意味なのかはわからないけれど、『剣』の付く二つ名だなんて、兵法の実力者ゆえのものだろう。しかもカイルがその二つ名を知っていたことから、敵である反乱軍にもその勇名が轟いているとみて違いない。

 ユリウスさんは、今度は苦笑ではなく、照れたような笑みを見せた。


「いや……。この前の闘技大会で優勝して、王様と謁見している時に剣術の流派やらを聞かれたんだよ。その時に俺、少し緊張しちゃって、『ただ、勝てるように剣を振っただけ』って答えちゃってさ……」


 ただ、剣を振る。それで『唯剣』か。……思ったより素っ頓狂な逸話で俺は思わず吹き出してしまった。

 ユリウスさんは咎めるように口先をすぼめる。


「笑うなよ、輝。……まあそんな間抜けな渾名もいつの間にか、『唯一無二の剣技』とか『己の身はただ、剣と同じ』とか、変に解釈されてさ。困ってんだ、こっちは」


「い、いえ、すみません、思わず……。それにしても、闘技大会、ユリウスさんが優勝されたんですね」


 出してしまった笑いを押し留めてからユリウスさんに訊いた。

 途中棄権してから、その後の結果を聞く機会もなかったハリアの闘技大会。小刀を教わっているときは、マーカスさんもユリウスさんに匹敵するほどの強さだったと思っていたが、結果はユリウスさんの優勝だったんだ。

 そのユリウスさんは、不意に思い出したように口を開いた。


「そういえば、試合しようって約束してたな。輝とは」


「あ……」


 緩んでいた俺の口元が固まる。

 確かにその約束はした。だが、試合をするまでもない。ユリウスさんとカイルとの戦いを見ていて、俺が彼に敵う道理が無いことなど、素人に毛が生えたような俺にだって分かった。

 そんな俺の気持ちを察したのか「まあ、落ち着いたらだな」とユリウスさんは言った。そしてそのまま続ける。


「ちなみに、詳しくは聞きそびれていたが……。この前ハリアで再会した時、『王都での用事は終わった』って言ってたな。元の世界への帰り方はわかったのか? 今魔法が使えなくなっているのも、元の世界に帰るための手順だったりするのか?」


 特に深い意味はなく、無邪気に聞いてきているのだろう。しかし、俺としては答えづらいことでもあった。ソラたちを殺そうとしているなどと、言えはしない。


「手がかりがわかったくらいです。魔力をなくしたのは、手順とかじゃなくて、事故ですね。はは」


 笑って誤魔化す。ちょっと下手だったろうか。ユリウスさんが何を考えているのかわからない神妙な表情をしているのを目の端に捉えた俺は、視線を前方へとやった。


「あ! 出口まで来たみたいですね」


「……ん。ああ、そうだな……。あれ、誰かいるぞ」


 ユリウスさんに言われて目を凝らす。外界からの白い光があふれる鉱山の出口にも二つの人影。小さいのと、大きいの。……ミアとエレックだ!


「輝!」


「少年!」


 二人は俺に気づいて走り寄ってくる。そして、ミアはその勢いのまま飛びついてきて、エレックは安堵のため息をつきながら腕を組んだ。


「無事だったみたいだな。……『唯剣』様も、お変わり無いようで」


 エレックがユリウスさんへ皮肉めいた言葉を投げかけながら目を向ける。だが、彼はそれを気にする様子もなく、口の端を上げた。


「久しいな、ケイロスの。もう当主にはなったのか?」


「まさか。家出してんですよ。なれるわけがないです」


「その割には、幸せそうだ」


「おかげさまで」


 飄々としたやり取りが続く。親しげにも見える。彼らは知り合いなのだろうか。ユリウスさんが急に真面目な顔になった。


「……抱えてるものが大切なら、手放さないことだな」


 声のトーンも抑えて低く重い。真剣そのものの声色だ。今度はエレックの口が下向きの弧を描く。


「残念ながら、抱えてるわけじゃない。お互い支え合ってるだけなんですよ」


 ユリウスさんは半ば呆れたように深い息を吐いた。


「口が減らないのは相変わらずか」


 そして彼はそのまま、俺に抱きついているミアへ目を向けて「……それで、その子は……」と言う。

 ミアがユリウスさんを振り返り、二人の視線が交差する。俺は焦りを覚える。

 ユリウスさんはハリアの貴族であり、闘技大会の出場者だ。闘技場内でミアの顔を至近距離で見ている。今まではごまかせていたが、バレてしまうかもしれない。

 だが、俺の懸念を他所よそに、ユリウスさんは目を閉じる。


「……いや、勘違いか。知人に似ていると思ったが、別人みたいだ」


 気づかれなかったみたいだ。もしくは、気づいているけど見逃してくれるのか。いずれにせよありがたい。ミアが闘技大会で狂剣を振るってしまった『デミアン』だということを追求する気はなさそうだ。

 安堵していると、ユリウスさんは俺に向き直る。


「じゃあな、輝。試合ができる日を楽しみにしてるよ」


「はは。……その約束は、あんまり期待しすぎないでください」


 返すと、ユリウスさんは無言で踵を返して背を向け、一足先に坑道から出ていってしまった。

 それを見送っていると、俺にひっついていたミアがおずおずと離れて、代わりに俺の服の裾を引っ張る。


「……いまのって」


「うん。この義勇軍の発起人の一人。ユリウスさんだよ」


 ユリウスさんが去っていくその背中を眺めながら俺は目を細める。彼は悠々と歩く。迷いなど、欠片も見せないような足取りで。


「そういえば、少年、知り合いだったって言ってたな」


 そう言ってきたのはエレックだった。俺は小さくうなずいて、鞘に入れている小刀に触れた。


「ユリウスさんと、それからマーカスさんにも、闘技大会が始まる前まで小刀の使い方を教わってたんだ。……エレックも、知り合いみたいだね?」


「ああ。俺のいたケイロス家は御三家陣営じゃなくてダグラス家の下についてたからあんまり会ったことは無いけど、それでも同じハリア貴族だったからな。顔見知りくらいのものだよ」


 ただの顔見知りにしては親しげに見えた。何かしら因縁があるのかもしれないが、彼は特に話す必要は無いと考えているのだろう。まあ、エレックがそう思うのなら、追及する必要もないか。

 そう考えていたら、俺の服の裾を引かれた。ミアだった。


「輝は、あれから大丈夫だった?」


 あれからというのは、落盤のことだろう。えらい目には遭ったが、無事に戻ってこれて良かった。


「何とかね。そっちは?」


 同じ内容を聞き返すと、ミアではなくエレックがにやけながら答える。


「ミアが泣きそうになってたくらいかな」


「エレック!」


 ミアは耳を真っ赤にしてエレックを振り返った。きっと怖い顔で睨んでいる。その様子が想像出来てしまって、俺は笑ってしまう。

 エレックも同じく笑顔になり、それから踵を返して坑道の出口を指差した。


「冗談冗談。さ、外に出るか。聞いた話じゃ反乱軍も早々逃げちまって今は休息中らしい。俺たちも飯にしよう。少年も腹減っただろ? 時間なくなっちゃうぜ」


「……もう。じゃあ、はやく出ようよ」


 エレックとミアは出口に向かって歩き始める。俺は二人についていく形で足を踏み出していった。


「……時間、無いよな」


 奇しくもエレックの言った言葉が俺の心に刺さる。

 時間はない。ここを出て、義勇軍はヒュルーを目指す。そこにはソラたちがいる。もう、再会の時は目の前だ。

 カイルを取り逃がしてしまった今、元の世界に帰るためにアクセサリーを求めるのならば、……やはりソラたちとの戦いを選ぶべきなのだろうか。

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