表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/113

追跡(1)

【逃竄】〔とう・ざん〕

逃げ隠れること。

 俺はエレックとミアのふたりと共に、再び湖の街に足を踏み入れた。王都を発って十数日後のことである。

 二度目のハリアは一度目に訪れたときよりも静かだった。闘技大会が終わっているというのも大きいのだろうが、それだけではない。街並みの一部が荒れている。まだ、復旧が終わっていないのだろう。


「……サターンの蜂起か……」


 俺は口の中で呟く。

 王都でリザさんに聞いた情報によると、ヤマトで王国に対する反乱軍として決起したラルガに呼応し、ハリアでもサターンが軍勢を率いて立ち上がったらしい。サターンはラルガが王国の将軍だった頃からの後援者であり、それもあってのことだったのだろう。

 大陸の西にあるヤマトから、魔導石が産出される鉱山があるヒュルーという地域を経て、王都の喉元であるハリアまでを一斉に掌握するのがラルガたちの目的であるのだろう、という仮説は、王都からハリアに来る旅の途中でエレックに教えてもらった。

 しかし、サターンには誤算があった。同じくハリア貴族であるマーカスさん、ユリウスさん、エリスさんの三貴族による抵抗だ。

 俺にとっても馴染み深いその三人は彼らの家の私兵に加え、闘技大会があって各地から訪れていた闘士をも仲間にしてサターンの蜂起を止めたのだ。その後、サターンがどうなったのかという情報は俺たちの手元には入ってきていない。

 マーカスさんたちは私兵と大会出場者である闘士たちを編成し直した義勇軍を指揮して、ラルガのいるヤマトへと攻めるつもりでいる。……そこに、ソラたちが加わるというのが、リザさんに聞いた話だ。


 もう一度、彼らに会った時、俺は槍を向けられるだろうか。自分のために彼らを殺す覚悟は、……まだ出来ていない。


「ミア、大丈夫か?」


 歩きながら、エレックがミアを気遣って声をかけた。

 自分の考え事に深く入っていた俺はハッとして彼女を見る。ミアは帽子を深く被ってうつむき加減に頷いた。


「……大丈夫……気にしないで……」


 声もどこか弱々しい。それもそのはずだ。ミアは服従の魔法によって洗脳されていたとはいえ、ハリアの闘技場で二人の人間を殺している。さらに、この街で自分の父親が蜂起したんだ。義勇軍との間に戦闘が起こったせいで街の一部が荒れていることもわかっている。

 彼女が悪いわけではない。それでも事情の知らない人間から見れば悪人になり得る。それは、王都で赤髪の少年アークと出会ったことで思い知った。

 彼女にとっては辛い立場だし、ハリアに足を踏み入れるのは、本当なら避けたいくらいに心の負担が大きいのだろう。

 それでも、ミアは俺についてきてくれると言ったのだ。逃げ出したって良いのに。


 俺はミアから視線をエレックに移す。彼と目があってから、俺は頷いた。


「さて、と」


 俺が足を止めると、後をついてきている二人も立ち止まる。まだここは湖の街の中でも外縁の方だ。ここから中心に入っていくにつれて人は多くなるし、闘技場にも近づいていってしまう。


「街についたからには情報収集と、宿の確保、必要物資の買い出しもしなきゃ。やることも多いし、手分けしないか?」


 提案する。ミアは頷き、エレックも「そうだな」と肯定する。俺はそれを確認してから話し続けた。


「誰が何をするのかについてだけど……。エレックとミアには宿の確保と買い出しを任せたいんだ。情報収集は俺がやる。俺はマーカスさんたちとも知り合いだし、一樹たちの名前も顔も全て把握している。適任だと思う。……どうかな?」


 この提案は『これが効率的だから』というだけでしているものではない。やはりミアに気を遣ってのものだ。街の人との接触のある情報収集を今の彼女に手伝ってもらうのは酷だろう。だからといって何もせずに宿屋に閉じこもっていろと伝えたら彼女はきっと、足手まといになっているように感じて、余計ふさぎ込んでしまう気がする。

 だったら、エレックという保護者付きで別のことをやってもらうのが最適だと思ってのことだ。


 勿論、そんなことを気にせずにミアを連れて街の人に積極的に話しかけるという方法もあるだろうけど、そこまで出来るほど俺は目的に対してシビアになれない。

 いつだかエレックが、ミアだけではなく俺のことも大切な友人だと言い切ってくれたように、いつの間にか俺の中でもこの二人は友人と呼べる存在になっていた。


 エレックが俺と目をあわせて、口元だけ微笑んで見せた。彼には俺の意図が伝わったのだろう。


「りょーかい、少年。……ま、一応宿のアテはあるんだ。闘技大会の時に泊まってた場所でさ。色々融通してくれる」


 彼は懐から紙とペンを取り出して器用にさらさらと何かを書いていく。そして、書き終わった後に紙を渡してきた。


「場所はここだ。ちょっとわかりにくいかもしれないけど、幾つか目印も書いといたから辿ってくれ。この宿屋で落ち合おう」


 紙を受け取ると、簡素な地図と、闘技場から宿屋までの道筋が書いてあった。成程、確かに俺もエレックも闘技場に足を運んだことがある。その闘技場からの道順を示してもらうのが一番わかり易い。


「ありがとう。あんまり暗くならないうちには戻るよ」


「おう。そんじゃ、早速行こうか、ミア」


「……わかった。輝、またあとでね」


「うん。悪いけど、そっちは任せた」


 心ここにあらずという感じのミアを連れてエレックが買い出しに向かう。

 その後ろ姿を見て、俺は少し不安になりながらも聞き込みに向かった。



「すみません!」


 俺は鎚の打ちふるわれる甲高い金属音に負けじと声を張った。


 湖に向かってすり鉢状になっている地形のハリア。その坂道を降りていき、中腹で脇道に入っていくと、デフォルメされた剣と盾が描かれた看板を出している鍛冶屋がある。

 前回来てから一ヶ月くらいの時間が過ぎているので正しい場所を覚えているか不安ではあったが、無事にたどり着くことが出来たようだ。

 俺は店の中にあるカウンターの、更に奥にある作業場に聞こえるように引き続き大声を出して呼び掛けていた。


「すみませーん!」


 何度めかの呼びかけでようやく鎚の音が止み、中から懐かしい顔が出てくる。白髪の混じった髭と、眉間に刻まれた皺。精悍な顔つきで、強面の中年男性。


「何だ? ……おお、てめえは……!」


「あの、お久しぶりです」


 俺を見て驚く強面の中年男性……ガルムさんに対して、俺は頭を下げて会釈する。情報収集のために最初に俺が訪れたのは、俺の愛用している小刀の制作者である彼だった。


 ソラたちについての聞き込みであれば、一番手っ取り早いのはマーカスさんたちに話を聞くことだ。しかし、彼らは立場のある人間でもあるし、恐らく今は反乱軍に対抗するための義勇軍を取りまとめるために忙しいのは予想できる。そう簡単に会うことなどできないかもしれない。

 それよりも先に、会えそうな人間から会うというのがここに来た目的だった。

 それに――俺は自分の背中に帯びているグングニルを横目で一瞥する――この武器グングニルについての話も聞けたらありがたい。餅は餅屋、というわけだ。


 早速話し始めようとしたところで、鼻につく匂いに顔をしかめてしまう。金属が焼ける独特の匂いだ。匂いのもとを辿って奥の作業場を除くと、数人の作業員が休憩をとっていた。灼熱の作業場に向かうのは体力が要るのだろう。皆疲弊している様子だった。

 ただ、以前ここに訪れた時にはガルムさん一人だったはずだ。一体どうしたことだろう。


「ええと、あの人たちは……」


 訊くと、ガルムさんは太い腕を組んで鼻で息を吐いた。


「ふん。工場こうばを本格稼働してんだよ。戦争が始まるからな」


「戦争……」


 いざ口に出すと、日本で平和に育った俺としては違和感のある言葉だった。それでもリザさんに聞いたときとは違う。武器の量産を目の前にして、今更の如く現実感が湧いてくる。


「……ラルガの反乱、ですよね」


「ああ。まあ、田舎もんでも流石に知ってるか……。義勇軍のための武器が足りないってんで、マーカスのガキに頼まれてんだよ。大口注文で感謝だね。ふん」


 口でそう言う割にはあまり嬉しそうに見えない。鼻息荒く、俺に視線を向ける。


「そんなこたいいんだ。……てめえは随分と、長い間行方をくらましていたみたいだな」


「あ、王都に急がなくてばならない用事がありまして……」


 答えると、ガルムさんがその強面をさらに険しくする。店の奥から鉄を焼く熱い空気が流れ込んできていた。


「俺の武器でエントリーした闘技大会の決勝を突然辞退して、ハリアから姿を消す程の用事ってのは、大層なもんだろうな。ええ?」


 その視線に捉えられて、流れ込んでくる熱気と反比例するかのように俺の体の芯が冷えていく。

 ……まずい。怒ってる。そりゃそうだ。闘技大会にはガルムさんの武器で参加してたんだ。もし仮に、ガルムさんの武器が『決勝から逃げ出した腰抜けの御用達』という評判になってしまっていたとしたら目も当てられない。

 怒られる云々を超えて、今後この店の敷居をまたぐことを許されないかもしれない。


「……申し訳ございませんでした」


 俺は素直に頭を下げて謝った。すると、下げた頭の向こうで、ガルムさんがいきなり豪快に笑う声が聞こえてきた。


「……ぶわっはっは! 冗談だ! 坊主! 頭を上げろ!」


 言われた通りに恐る恐る頭を上げると、屈託ない笑みを浮かべるガルムさんの顔。さっきまで怯えていた自分が急に恥ずかしくなって、耳まで熱を持っているのが感じ取れる。

 ……心臓に悪い。


「安心しろ! 『決勝まで進んで姿を消した謎の剣士の持ってた武器を造った鍛冶師』ってな具合で、こっちにゃ逆にいい評判になったわ!」


「……え、あ、ありがとうございます……?」


 カウンター越しに肩を強く叩かれて、俺は引きつった笑みを浮かべた。ガルムさんはひとしきり笑って満足したのか、俺の肩から手を離すと、カウンターに身を乗り出す。


「それで、今日はどうした? また槍を壊したか?」


「いえ、あの槍は……。……俺よりもあの槍を必要にしている人に渡しました」


 あの槍は今、王都にいるアークの手にある。扱い方はリザさんに教わっているはずだ。

 ガルムさんは口角をわずかに上げて小さなため息をついた。


「ほう。……まあ、持ち主はお前だ。お前が選んだのならば、それが正しいのだろうな。……それで、鍛冶屋に武器作成以外の用事ってのは、何だ?」


 訊きたいのは義勇軍とのコンタクトを取る方法と、グングニルについて。最優先はもちろん義勇軍についてだが、先程話題に出たときに、彼はあまり肯定的な反応ではなかった。

 ……この店は武器屋だ。まずは武器の話について振り出しつつ、会話の流れで義勇軍についても聞いてみよう。武器と戦いは切っても切り離せない関係だ。会話を切り替えるタイミングはいくらでもある。


「最近、手に入れた武器があるんです。なにか知っていることでもあればと……」


 そう言ってから俺は背中に手を回して、見た目からは想像できない程に軽いグングニルをガルムさんに手渡した。


「む……中々、重いな」


 ガルムさんが顔をしかめて一人呟く。これでわかった。王都でエレックに持ってもらった時に重たがってたのは別に俺をからかっている訳じゃなかった。

 俺には軽く感じる。エレックとガルムさんには重く感じる。彼らと比べて俺の筋力が勝っているとも思えない。今の俺には身体能力を上げるための魔法もない。だとしたら、扱う人によって重さが変わる……これは、そういう武器なのだろうか。


「……ふむ」


 ガルムさんの手によって調べられているグングニル。その深い黒色の刀身が怪しく照る。峰と刃、黒と銀の対比がきれいで、美術品かと見紛ってしまう。

 一通りグングニルを調べ終わった彼は訝しげに呟いた。


「さっぱりだな。形からしても、剣なのか、槍なのかすら曖昧だ。てめえ、こいつをどこで手に入れた?」


 協力をお願いしているのだ。情報を惜しむつもりも無い。でも、手に入れた経緯について話すのは避けたい。王城でやらかしたとあってはガルムさんに通報されるかもしれないし、通報されなかったとしても、俺が犯罪者だと知った上で話をするという事自体がガルムさんにとっての迷惑をかける行動になりかねないからだ。


「手に入れた場所は言えません。……伝えられるのは名前だけです。グングニルというらしいです。名前以外のことはほとんど分かっていないんです」


「『訳有』、か。……それじゃあ、質問を変える」


 彼は俺の言葉でなにかを察してからグングニルを差し出してきた。


「銀にしては異常に重いが、質感からして銀で間違いはない。こんなものを軽々振れる人間がいるなんて想像もつかん。……だが、てめえはこれを、扱えるんだな?」


「……はい。ガルムさんは重いとおっしゃいますが、俺にとっては全く重くないんです」


 俺はガルムさんに頷き返し、手を差し出す。


「……ちょっと、良いですか?」


「あ、ああ」


 俺はガルムさんからグングニルを返してもらうと、その場でぐるぐる回したり、片手で一通り操って見せた。相変わらず、羽根のように軽い。


「重かったらこんなふうには扱えません」


「……確かに。信じられんが、嘘ではなさそうだな。ふむ……」


 ガルムさんは唸っている。しばらくしてから彼はぼそりと話し始めた。


「良く分からない……が。多分これは魔法武器の一種だ」


 そこまで言って、ガルムさんはいっそう険しい顔をした。


「……魔法武器っていうのは」


「その名の通り、魔法が込められた武器だな。正確には魔法陣が刻まれた武器だ。魔導石と一緒に運用することで魔法が放てる。今は生産技術が失われているが、はるか昔には何千振りと作られていたらしい。今使われているのはその時代の骨董品だ。もしかしたら所有者を識別して重量を変える魔法なんてのもあったのかもしれない」


 ガルムさんの語る魔法武器に心当たりはある。王都にいた奴隷商が使っていた剣なんて、まさにそういった類のものだろう。

 納得仕掛けたところで、「ただし」とガルムさんは首を横に振った。


「その、グングニルとやらは一般的な魔法武器とは何かが根本的に違うな。魔法陣が刻まれているわけでもなければ、魔導石を必要ともしていない。……正直なところ、手に負えない代物だ」


「……詳しいですね」


 ああ、と言ってガルムさんは苦い顔。


「少し前にな、そいつみたいな魔法武器を補修する依頼がきたんだ。だが、修理する前に盗まれたよ」


「盗まれた……?」


 踏み込んで訊く俺にまた顔をしかめるガルムさん。


「サターンの蜂起だ。その時のドサクサにまぎれて、な。補修を依頼してきた人間も騒動の中で死んじまったから、責められることは無かったが……」


「そう、だったんですか」


 騒動についての話が出てきた。……武器についてはこれ以上探るのは難しいだろう。ここで話を戦争に切り替えても良いかもしれない。

 ……その場合、どうやって切り出すかだけど……。


「騒動が気になるか?」


 考えていると、見破られていたかのようにガルムさんに先制された。


「あ、ええと……」


「無理に隠すな。興味があるのがバレバレだ」


 彼は大きなため息をついて、俺から視線を外す。


「……今日の昼から闘技場で義勇軍が決起集会をするそうだ。俺とてめえがよく知っている人間から話もされる。……俺に教えられるのはこのくらいだ」


「……ガルムさん」


「あんまり、若えもんが深入りするなよ」


 そう言うと、彼は俺に背を向けて工場の方へ戻っていってしまった。その背中を少し眺め、ハッとしてから大声で呼びかける。


「……あ。……ありがとうございます! ……行ってみます!」


 返事はない。だが、そのかわりに奥の工場から鎚の音がまた聞こえ出した。それを合図に俺はガルムさんの店を後にした。


 ガルムさんから見たら俺はまだまだ子供だ。そんな人間が殺し合いに近付こうとしている。闘技大会とは違う。本物の命の奪い合いだ。『深入りするな』という言葉は文字通りの忠告なのだろう。


 ……それでも、行かねばならない。俺が前に進むために、必要なんだ。


「……闘技場か。ミアと別行動を提案しといて、正解だったな……」


 あの戦いで俺は『覚悟』を手にして恐怖を乗り越えて戦った。あの戦いがあったからこそ、俺は今、俺であることが出来る。

 何となく痛むような気がして、ふと、自らの左手を見る。傷一つ無い、でも、武器を握ってきたせいでマメだらけの手のひらだ。

 俺は懐かしい回想を脳内に浮かべながら、闘技場へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ